第六章31 勝てない理由とは
「はっ!」
空気を裂く鋭い音が鳴る。
銀の閃光が弧を描いて、ネイルを襲う。
『甘いな』
ネイルは、たくみな足捌きでひらりと躱した。
間髪入れず、躱した方向に一歩足を踏み込む。
それと同時に、右手に携えた剣を、鋭く前へ突き出した。
迅速で繰り出す一撃は、さながら怒れる猛獣と化して、ネイルに牙を剥く。
――だが、それすらも。
『攻撃が止まって見えるぞ?』
剣を突き出すのと同じ速度でネイルは飛び下がり、欠伸をして見せる。
わざと、余裕をこちらに見せつけているのだ。
なんとも大人げないおっさんである。
『さて……ぼちぼち隠れるとするかな』
ネイルの呟きに応じて、纏う闇の色が濃くなり――ゆっくりと彼の輪郭が夜に混じっていく。
(また消えるつもりか!)
もういい加減、かくれんぼはウンザリだ。
「させないッ!」
斜め下から斬り上げる攻撃を即座に放ち、姿を消すのを阻止する。
『せっかちだな。消えるまで待ってくれたっていいだろう?』
「待つわけないでしょう? 敵が有利になるのを黙って見ているバカが、どこにいますか?」
『ふっ、まあその通りだな』
ネイルは、頬の端を吊り上げた。
待ってやる義理などない。
ことごとく先手を打たねば、彼を上回ることなどできないからだ。
吹き飛ばされていった生死不明のテレサと、左肩に背負った戦闘不能のレイシアの分まで戦って、なんとしても勝たねばならない。
僕にはその責任がある。
『だが、焦りや気負いは己の首を絞めることになるぞ?』
そんな僕の覚悟を見透かしたのか、ネイルはそう告げた。
「……どういう意味です?」
『そのままの意味だ。気を張り詰めすぎれば、冷静な判断を欠く……貴様が冷静な思考を失えば、我に勝つなど夢のまた夢だ』
「どうして、わざわざアドバイスをするような真似を? 貴方らしくないですね」
ネイルは、わざわざ敵に塩を送るようなことをする人間ではないはずだ。
そんな彼が、事ここに至り、あのような発言をした。
一体、どういう風の吹き回しだろうか。
『決まっておろうが。貴様程度、簡単に殺せるからだ。アドバイスの一つや二つしたところで、我の勝利は絶対に揺るがない』
「つまり、僕を舐めているということですか?」
『ああ、そうだ』
ネイルは僕を睥睨しながら、首肯した。
ネイルの勝利が確定しているから、敵である僕に何を吹き込んだって構わないらしい。
そこまで僕を舐め腐っているというのなら、聞いてやりたい。
「勝てるという自信の根拠は?」
ネイルを睨み返して、そう聞いた。
手を抜いて戦おうが絶対に勝てる。
そう判断した理由が知りたい。
『それはだな……』
一呼吸置いて、ネイルは僕の隣を指さした。
「……え?」
ネイルが指し示しているのは――僕の肩に背負われて、未だ気を失っているレイシアだった。
 




