第六章30 闇を破って
『―《増幅》―』
ネイルの放つ不穏な魔力の胎動が、加速度的に跳ね上がる。
それと同時に、彼の輪郭が闇の中に溶け――完全に見えなくなった。
(夜との同化か!)
相手の姿が見えない以上、こちらから反撃することはできない。
(ちっ)
歯がみしつつ、素早く剣を抜く。
周囲にくまなく目を配るが、三六〇度どこを見渡しても、色濃い夜が辺りに立ちこめているだけだ。
完全に夜の中に溶け込んだネイルの気配は、微塵も感じられない。
やはり名前を、〈ネイル=ラ=ロストナイン〉から〈影薄 陰太〉にでも変えた方がいいのではなかろうか?
この世界に名前を変更できる制度があるかどうかは、知らないが。
まあ、それはともかく――
(どこから来る……?)
目を皿にして周囲の様子を窺う。
相手の姿が見えない今、迂闊に動けないというのは事実。
だが。
(もしかしたら、大体の位置くらいは掴めるかもしれない)
極限の緊張状態の中で冷静に冷え切った思考が、フル回転する。
彼の姿が見えなくなった絡繰りは、“闇の魔術を周囲に解き放ち、自身の姿をその闇の中に隠している“ということだ。
闇が立ちこめている直中に身を潜めている以上、動けばその箇所の闇が僅かなりとも揺らぐはず。
(そこを攻撃すれば!)
――勝機はある。
そう思った瞬間、目の前の空間が揺らいだ。ほんとうに、蜃気楼が見えているくらいの、ごく微かな空気の揺らぎ。
それを見逃す僕ではない。
「そこだぁッ!」
気迫と共に、一歩踏み出す。
剣を突き出し、揺らいだ空間を突き刺した。
だが――当たったという手応えがない。
(外したか!)
剣を突き出した格好のまま、静止する。
決め顔で「そこだぁッ!」とか言っておいて外すとか、恥ずかしすぎる。
恥ずかしさで精神が乱れるのを必死に堪え、再び周りに注意を配る。
(一体何処にいるんだ……!?)
しびれを切らし、思わず舌打ちしそうになった、そのときだ。
『ふっ……まさか居場所を嗅ぎつけられるとはな』
そんな声が、すぐ近くから聞こえて。
目の前の闇が大きく揺らぐ。
「なっ!?」
目の前にネイルが現れたのだ。
突き出した剣より、すぐ左側に立っている。
どうやら、僕の判断は間違っていなかったらしい。
あと数センチ剣を左側に突き出していれば、ネイルの左腕を穿っていたはずだ。
『勘は悪くないが、運は悪かったようだな。小僧』
「くっ!」
したり顔で話すネイルに、思わず苛立つ。
本当に運が悪かった。
だが、渾身の一撃を外しただけだ。これでネイルの居場所はわかった。
ならば、今すべきことは。
(また姿を消す前に、攻撃を仕掛ける!)
先手必勝。
僕は剣を素早く戻し、横薙ぎに大きく振った。
 




