第二章2 素っ気ないデート
しばらく歩いて、西地区に着いた。
「さてと、この後どうするかだけど……」
今回の任務の件、おそらく王宮魔術師団の方にも情報は伝わっているはずだ。そうだとすれば、その辺りを哨戒している魔術師に聞けば早いだろう。
「とりあえず、もう少し歩いて魔術師を探してみよう」
そう心に決めたときだ。
ふと視界に、見覚えのある服が映った。
金の刺繍の入った黒いローブ。それを羽織っているのは、二十歳くらいの背高の娘。腕を組んで、建物の壁に背を預けている。
(あ、あれは……)
一目でわかった。王宮魔術師団総隊長にして、筋金入りの騎士団嫌い。レイシア=バームその人だ。
たまたま見つけたのが彼女であったことが、幸か不幸か。
どちらにせよ、嫌みを言われること請け合いだが、話しかける他あるまい。元々、この任務を引き受けた理由も、彼女と会うことに一存している。
「あのー」
勇気を出して近づいた。
「……。」
だが、レイシアは無言。こちらを振り向く気配も無く、依然壁にもたれている。ひょっとして、聞こえてないのかな。
「あのー!」
少し声を大きくしたところで、初めて口を開いた。
「――王国騎士団、カース=ロークス聖騎長だな。話はロディの奴から聞いている。ふん、とんだじゃじゃ馬を寄越してくれたものだ」
レイシアは、感情の読めない表情で淡々と言った。
「さっさと行くぞ。時間が惜しい」
「いや、行くって何処へ……」
「哨戒だ。余と貴様の二人でな」
「……はい?」
てっきり、他の誰かとやるんだと思っていた。そもそも、騎士団と手を組むのは、レイシアが一番拒みそうなものだ。
「無論、余は不服だ」
そんな僕の心中を察したらしく、レイシアはにべもなく言い捨てた。
「だが、上からの命令でな。大方、魔術師の長が貴様らを嫌い続けるのは、まずいと判断したのだろう」
「はぁ、なるほど」
「そういうわけだ。足を引っ張ったら承知せぬぞ貴様」
鋭い瞳が、真っ直ぐに僕を射貫く。
その後、ふんっと鼻を鳴らして踵を返し、そそくさと歩き出した。
「何をしている? 置いて行くぞ?」
「は、はい!」
振り返らずに言葉だけ投げるレイシアの後ろを、慌てて追いかけた。
三十分ほど、西地区を回った。
僕は、前を行くレイシアを流し見る。艶やかなブロンドの長い髪と、凜々しい横顔しか目に入らないから、その表情は窺えない。
おまけにさっきから徹底的に無言を貫いているから、いくらなんでも気まずくなるというものだ。
「あの……」
流石に耐えられなくて、口を開いてしまった。
「なんだ?」
「何か、話してくれませんか?」
「なぜ、貴様などと話さなければならない。何か理由があるのか?」
「いや……ないですけど。相当嫌いなんですね、僕のこと」
「なぜそう思う?」
哨戒中、一度も振り向かなかったレイシアの顔が、僅かにこちらに向けられる。
「いやだって、こっち見てくれないですし、話してもくれないから」
「阿呆が。余が嫌いなのは貴様のいる組織だけだ。貴様など、その変の空気となんら変わらん」
(う……なんかもっと傷つく)
僕=空気。
存在そのものを認められていないとは、ショックだ。これは……意地でもこちらから話しかけるしかない。
「そ、そういえば、なんでレイシアさんは騎士団を嫌ってるんです?」
「余が騎士団を忌み嫌う理由など知って、どうするつもりだ?」
「いえ、別にどうにもしないです。ただ知りたいと思っただけで」
「物好きな奴だな。……良いだろう。少し教えてやる」
「本当ですか?」
「何故嘘をつく必要がある?」
「え……あ、いや。ないです」
そういう意味で聞き返したんじゃないんだけど。
やはりどこかズレているレイシアに答えつつ、彼女の口から理由が紡がれるのを待った。




