第六章29 守る覚悟。
『さあ、これで一対一になった。貴様の身体も丁度男になったことだし……ここは一つ、男と男の真剣勝負と行こうじゃないか』
「言われずとも、そうせざるを得ないでしょう?」
『ふっ、まあそうだな」
ネイルは微笑を浮かべる。
いかにも悪役チックな、何かを企んでいそうな表情だ。
(なーんか、絶対真剣勝負とかするタイプじゃないよな)
はっきり言って、胡散臭い。
こういう人間こそ、言葉とは裏腹に残虐で冷酷な行動をとるものと、相場が決まっているのだ。
腕の中のレイシアをちらりと見ると、精神と肉体が限界を迎えたからか、既に気を失っている――
「Zzz…Zzz……」
――というか、寝てる。
この絶望的な状況の中、不思議なほど穏やかな表情で寝息を立てている。
神経が図太いのか、あるいは――僕の腕に抱かれていると安心するのか。
後者だとしたら、男冥利に尽きるというものだ。
(よし、決めた)
僕は横抱きに抱えていたレイシアの身体の向きを変え、左肩に羽織るような形で抱え直した。
こうすれば、右手がフリーになる。
『……何をしている?』
僕の行動を訝しんだのか、ネイルは眉をひそめる。
「決まってるでしょう? 彼女を抱えたまま戦うんですよ」
『なるほどな。いざという時は、そいつを盾にして身を守るってわけか』
「なんだって? そんなの冗談じゃない」
声色に怒気を混ぜて、ネイルに告げる。
「どうせ貴方は、サシの勝負をするような人じゃないでしょう? もし彼女をほったらかして戦いに臨もうものなら、貴方はまず動けない彼女から始末する……違いますか?」
『ガキのくせに、なかなか勘が鋭いではないか』
心底感服したように目を細めるネイル。
風が吹き、周囲の草や遠くの森がざわざわと揺れた。
『その通りだよ。そいつを生かしておけば、我の脅威になりかねん。動ける奴よりもまず、動けない奴の息の根を確実に止めておく。それが、我の戦いの流儀だ』
何の悪びれもなく、それが当然とでもいうように淡々と話す。
やはり思った通りだ。
戦闘不能となったレイシアに手をかけず、僕との一騎打ちに集中する――そんな騎士道精神は、このおっさんには無いらしい。
『貴様は、その女を守りながら戦うというのか?』
不意にバカにしたような口調で聞いてくるネイルに、「もちろん」と即答する。
僕が守りながら戦わないと、彼女はたちまちネイルに殺されてしまうだろう。
もちろんネイルは強い。
彼女を守りながら戦える保証なんてない。――でも。
僕は再度レイシアの表情を確認する。
疲労が色濃く浮かんでいるが、やはり優しげな表情だ。
そんな顔をされては、意地でも守るしかない。
(分の悪い戦いだけど……なんとか勝機を見つけるしかない)
覚悟を決め、あまりにも強大すぎる相手を見据える。
夜の闇すら取り込んで魔力を高めているネイルが、ゆっくりと口を開いた。
『ふん、言っておくが我は一切容赦しないぞ。守りたいなら精々頑張ることだ』
「言われるまでもないです」
少しの間、僕達は睨み合う。
一瞬の静寂が辺りを支配して、次の瞬間。
激しい魔術戦が再び幕を開けた。




