第六章26 新しい魔術の発動
(まずいッ!)
その様子を見ていた私は、はからずも冷や汗を流す。
レイシアは致命傷一歩手前の大怪我を負っている。
ネイルの攻撃を避けられるとは思えない。
仮に避けられたとしても、ネイルは完全にレイシアをマークしている。追いすがり、たちまち串刺しにしてしまうだろう。
なんとしても、私がそれを止めなければならない。
(でも、どうやって……?)
少ない時間の中、私は頭をフル回転させる。
刻一刻とレイシアに近づく、炎で出来た三つ叉の刃先。
それを持つネイルの全身には、相変わらず闇の魔術で生み出した黒い靄がかかっている。
(ん? 闇の、魔術……?)
閃いた。
ネイルが使っている技を、ちょいと拝借させて貰おう。
私は、懐から初めて実戦で使う宝石を取り出した。
黒光りするその宝石の名は、黒瑪瑙。闇の魔術を使う時の、魔術触媒である。
(これを使えば、たぶんレイシアさんを助けられる!)
確信を持つと共に、黒瑪瑙をレイシアがいる付近の地面めがけて投擲した。
「《珠玉法―黒瑪瑙・暗晦》ッ!」
呪文が完成した瞬間、レイシアの周囲を闇のカーテンが包む。
闇の魔術はドーム状に広がり、レイシアへ肉薄するネイルまでも包み込んだ。
おそらく、ネイルから見たら目の前が黒一色に塗り潰されているはずだ。
端から見れば、ネイルの視界を奪っただけの時間稼ぎに見えるかも知れない。
実際、実力のある魔術師達は皆、魔術的視覚が扱える。それは、本来見えないはずの魔力の流れを、視覚として捉える高等テクニック。
闇の魔術でレイシアの周囲を覆っても、彼女の体内に流れる魔力を探られれば、たちまち居場所が見つかってしまうだろう。
――しかし。
(今までの経験から、おそらくその可能性は低いはず……!)
ある根拠を元に、その仮説を導き出した。
果たして、上手くいくだろうか。
祈るような気持ちで漆黒のカーテンを見つめていた私の目に、別のものが映り込んだ。
闇の中から飛び退いた、ネイルだった。
『ちっ、味な真似を……ッ!』
苛ついたように舌打ちをして、ネイルは私の方を見る。
(やっぱビンゴだったか)
私は、不敵に頬を吊り上げた。
十中八九、あの暗闇の中でネイルはレイシアの姿を見失ったに違いない。魔術的視覚においてもだ。
(私はまだ魔術的視覚を習得してないからわかんないけど。魔術的視覚は、魔力の流れだけを可視化するテクニックのはず。闇の魔術が覆い尽くしている場所は全部、魔力で溢れてるから、必然的にレイシアさんの体内に流れる魔力だけを察知するのは、不可能に近い)
思い返せば、レイシアとテレサが戦っていたとき、土埃が立って視界が劣悪な中で、二人はお互いの場所を完全に把握していた。しかし、ネイルが闇の魔術を周囲に放って夜の色と同化したときには、彼の居場所がわからないようだった。
周囲に流れる闇の魔力に惑わされ、ネイルの正確な位置を把握できなかったのだ。
(ネイルがやったことと同じようなことを、やり返したわけだけど……どうにか上手くいったみたい)
とりあえず危機が去ったのを確認して、ほっと息をつく。
そんな私の元に、闇のドームから出てきたレイシアが走ってきた。
「すまん、助かったぞ」
「いえ、お気になさらず」
素早く私の隣に並ぶレイシアは、満身創痍。
ちらっと見ただけで、限界が近いことがわかる。
(もう、まともに戦えるのは、私しかいないんだ……)
図らずも、ごくりと唾を飲み込んだ。
 




