第六章25 劣勢へと追い込まれて……
「またか! コソコソと隠れて猪口才な!」
起動しかけていた魔術を取りやめ、レイシアは周囲を見回す。
「どこへ行った!」
『ここだ』
低い声が響き渡り、彼女のすぐ真横にネイルが現れる。
「な、に!?」
ネイルの出現に気付いたレイシアは、再び魔術を起動しようとする。
――が。
『やはり遅いなぁ!』
勝ち誇ったように叫び、ネイルは拳を振るう。
繰り出すパンチも、早すぎて見えない。
引き絞っていたはずの拳が、次の瞬間にはレイシアの肩を直撃していた。
拳が触れた瞬間、盛大な爆裂音と共にレイシアの身体が炎に包まれる。
「レイシアさんッ!」
私は、たまらず悲痛な叫びを上げた。
拳と爆発の威力で数メートル吹き飛ばされたレイシアは、ゴロゴロと地面を転がる。
「姑息なくせにこの強さ……全くもって忌々しいなッ」
地面を転がる勢いで、身体の上をのたうち回る炎を鎮火させたレイシアは、小さく舌打ちする。
「マズいな。早く決めないと……こっちが持たないぞ」
レイシアの額から、汗の珠が浮き出て頬を伝う。
だらりと垂れ下がった左腕は、拳の爆裂をもろに喰らったせいで血が滲み、皮膚は半ば炭化しかかっている。
あの様子では、骨も折れているだろう。
冷静沈着で負けず嫌いな彼女が、弱音をこぼす。
その有り得ない光景が、ネイルの次元の違う強さを何よりも裏付けていた。
『ふん。精々無様に死ぬがいい』
ネイルは淡々と呟き、右手をゆっくりと向ける。
「させるか! 《珠玉法―》」
応じてレイシアも宝石を取り出し、呪文を唱え始める。
だが、その声が途中で途切れた。
ドスッ
硬い何かが柔らかいものを突き刺す鈍い音が響き、
「ぐぅっ!」
次の瞬間、レイシアはくぐもった声を漏らす。
いつの間にか彼女の背後に出現していた氷柱が、背中に突き刺さっていたのだ。
(まさかッ!?)
私は、今起きた現象を即座に理解した。
ネイルがレイシアに右手を向けたのは、彼女に「右手から魔術を撃つだろう」と思わせるフェイクだ。その動作を行うことで、レイシアに、“魔法を打ち返して相殺する”という選択を取らせた。
その結果、レイシアも私も全く予期していなかった、背後からの不意打ち攻撃が効いてしまったのだ。
「くっ……不覚を取った」
レイシアはがくりと膝を折る。
流石の彼女も、二回も大きな攻撃を喰らってしまっては、負ったダメージは無視できないようだった。
『これで――終幕だ』
ネイルは、その場に蹲るレイシアに告げる。
それから風の魔術を起動し、天高く舞い上がった。
『―《増幅》―』
右手に巨大な炎を灯す。
掌の上で荒れ狂う炎は、やがて三つ叉の槍――トライデントを形成。
『逝ね!』
炎のトライデントを握りしめ、レイシアめがけて急降下を始めた。




