第六章22 立ちふさがる悪魔
『まずは一人……』
突き出していた拳をゆっくりとおろしながら、ネイルは幽鬼のような声色で呟く。
全身からは、黒い靄のようなものが立ち上り、身体の輪郭があやふやになっていた。
「闇の魔術か」
レイシアが、ぼそりと呟く。
「本来ならば使い道の少ない闇の魔術。だが、全身に纏うことで夜と同化し、一瞬消えたように見せかけたのか……」
冷静に分析するレイシア。
そんな解説に耳を傾ける余裕など、今の私にはない。
「て、テレサさんは……どこに行って……!?」
必死に周囲を見渡すが、彼女の姿はどこにも見当たらない。
(まさか……そんなはずは!)
冷や汗が滝のように流れ、過呼吸気味になる。
テレサに限って、死んでしまったなんて事は……!
「落ち着け!」
そんな私の背中を、レイシアは勢いよく叩いた。
その衝撃で、上がりかけていた呼吸が、正常に戻る。
「あの女が、そう簡単にくたばるとは思えん。一撃でやられるようなら、王宮魔術師団が総掛かりで、あいつ一人に苦戦したりするものか」
「レイシアさん……」
なんだかんだ言って、彼女もテレサのことを信頼していたらしい。
背中を預けた仲だし、気持ちの変化があってもおかしくない。
「生き汚い上に、予想できない言動ばかりする奴だからな。しれっと生きてるに決まってる」
「あ、はい……そうですね」
苦笑しつつ答える。
地味にディスってるような気がするのは、私の気のせいだろうか?
「とにかく、今は目の前の敵だけに集中しろ」
凜と張り詰めた声色で、レイシアは告げる。
彼女の目は鋭く細められ、額には小さな汗の珠が浮いていた。
「わかっていると思うが……ヤツの殺気が、これまでとは比べものにならないレベルに膨れあがっている。先程のように取り乱せば、心の動揺に付け込まれるぞ」
「わかっています。一瞬の気の迷いが、命取りってことですよね」
そう答えて、ネイルの方を見る。
赤い双眼が不気味に光り、身体から闇が迸発する様は、まさに悪魔そのものだ。
見た目の威圧感も含めて、尋常でないパワーアップを遂げている。
僅かでも気を抜けば、狩られかねない。
『フハハハハッ! ビビっているようだな。この究極の姿にッ!』
今までに無いくらい上機嫌で、高笑いをするネイル。
どう見たって調子に乗っている雰囲気なのに、全く隙が見当たらない。
魔術触媒を懐から取り出す素振りを見せようものなら、たちまち腕を切り落とされそうだ。
そんな、攻めあぐねている私達を見かねたらしい。
ネイルは首をボキボキと鳴らしてから、死神のような声で呟いた。
『かかって来ないなら、こちらから行くぞ……』
 




