第六章21 波乱の第三ラウンド
『見事……愚者の民草でここまで我を追い詰めるとは』
ネイルは、落ち着いた声色で言う。
しかし、私達を見据える目には、身震いがするほど冷たい闘志が湛えている。
『ここまで我をこけにしてくれたんだ……ただでは帰すまい』
「ご冗談を。ご自身の状態を今一度よく確認してから、言ってくださいませ」
テレサは一歩前に踏み出して、ネイルに告げる。
ネイルの全身は痛々しい程に傷付いている。
この状態では、戦闘継続なんてできるはずがない。ネイルの取るべき選択肢は、負けを認める以外にないのだ。
『我が最早戦闘不能だと……そう言いたいのか?』
「ええ、そうですわ。お父様がいくら化け物じみているとはいえ、ここまでダメージを喰らってしまっては、弱体化は避けられません。ワタクシ達三人を相手取るには、少々分が悪いかと」
『ほぅ? つまり我に負けを選べと……貴様も随分と、偉くなったものだな?』
ネイルの纏う闇が、より一層濃くなった気がした。
彼にとって私達は、取るに足らない雑魚という認識のはずだ。
そんな格下の人間に圧倒され、あまつさえ「負けを認めろ」と言われ、見下される。
そのことが、彼の逆鱗に触れたらしい。
『我が自ら負けを認めるなどということは、万に一つも有り得ない。貴様らは、一人残らずこの場で我に消される運命だ』
「強がりますわね……勝てるとお思いですか?」
テレサの赤い瞳が、酷薄に細められる。
たぶん、余裕から来る物言いではない。
未だ健在の三人対ズタボロの一人。
どちらに勝利の女神が微笑むか、冷静に判断しての発言だろう。
私はともかく、レイシアやテレサは十分に強い。
万が一にも、負けの目はないはずだ。
『ふん、舐められたものだな』
ネイルは乾いた笑いを浮かべ、諭すように告げた。
『貴様らとの格の違いを……見せてやろう』
「ええ、期待していますわ」
応じて、テレサは臨戦態勢を取る。
場に緊張が走ったのを感じて、私も油断なくネイルの方を見据えた。
第三ラウンドが、じきに開幕する。
『……いくぞ』
低い声で、ネイルは呟く。
次の瞬間、彼の姿が霞と消えた。
「くっ!?」
「消えた!?」
「一体どこに?」
焦る私達。
周りを見渡すが、どこにもネイルの姿はない。
『ここだ』
どす黒い声が聞こえて、そちらを見る。
ネイルは、いつの間にかテレサの背後にいた。
「い、いつの間に!?」
振り返ると同時に飛び下がり、テレサは呪文を唱える。
「《削命法―》」
『遅い』
だが、彼女が魔術を放つよりも早く、ネイルの拳がテレサを捕らえた。
同時に、ネイルの拳が紅蓮を纏い、凄まじい音を立てて爆裂した。
爆発が起きた地点を中心に、突風が吹き荒れる。
私もレイシアも二の足で立っていることができず、無様に地面の上を転がった。
やがて、突風が嘘のように収まる。
(そ、そんな……!)
私は、一気に青ざめた。
佇んでいるのは、ネイルだけ。爆裂するパンチをもろに喰らったテレサの姿は、影も形もなかった。
 




