第六章11 太陽の猛追跡
――とはいえ、ネイルの持つ桁外れの能力は看過できるものではない。
魔力の量に関係なく、魔術の威力を高められるというのは、魔術触媒の量・質×魔力量で決まる魔術理論を逸脱している。
「ばかな! 魔力の量を変えずに威力を高めるのには限度がある! 一体どういう絡繰りだ!?」
故に、レイシアは鬼気迫る表情でネイルに問いかけていた。
『ふん、青い奴だ。そんなこともわからんとは』
「水をかければ増えるとか、そういう理屈じゃないんですか?」
『そんなわけあるか、小僧! それこそどういう理屈だ!』
横やりを入れた僕に、すかさず言い返すネイル。
テキトーに予測して言ってみたが、違ったようだ。
水をかけて増えるのは、わかめだけだったか。
『愚鈍な貴様らに、教えてやるとしよう。触媒の質・量×魔力の量で魔術の威力が決まる。だが、男の身体に含まれる魔力の量は、生まれつき少ない。ならば、もう片方を……触媒の量を多くすれば良い。実に簡単な話だろう?』
得意げに告げるネイルの左手は、周囲の空気から光の粒子を取り込んでいた。
「あれは、テレサさんのと同じ、《削命法》の応用技! 大気中から際限なく生命力を取り込むっていう――ッ!」
「いえ、違いますわ」
思わず叫んだ僕に、テレサがすかさず訂正を入れる。
「確かに、ワタクシと同じ、大気中の生命力を奪ってそれを触媒として利用していることに、変わりはありません。ただ……同じ技でも、練度・精度共に桁が違いますわ」
ゆっくりと話すテレサの声は、微かに震えている。
つまるところ、テレサより遙かに多く、純度の高い生命力を、より短い時間で取り込んでいるということなのだろう。
桁外れの魔術触媒の精度が、貧弱な魔力量をものともしない、圧倒的な威力の魔術を生み出しているのだ。
《増える魔術ちゃん》などというふざけたネーミングだが、恐ろしい代物である。
『さてと。種明かしは終了だ。それでは一発目、張り切っていこうではないか』
にやりと笑い、ネイルは右手を振るう。
応じて、太陽のごとく燦然と輝く炎が、高速で移動を開始した。
向かう先は――嘘でしょ、僕の方!?
「避けろ、カース!」
「逃げてくださいませ!」
レイシアとテレサの悲痛な叫びも、爆ぜる炎の音に掻き消される。
「言われずともッ!」
踵を返し、猛ダッシュで逃走を開始。
『ふっ! 逃がすと思うか!』
景色が後方へ流れていく中でも、背中に感じる熱はどんどんと大きくなる。
こちらが逃げる速度よりも、炎が追う速度の方が速い。
「待っていろ! 今なんとかする! 《珠玉法―蒼玉・水禍―水晶・結氷―接続曲》ッ!」
レイシアの放った水と氷の魔術が、互いに絡み合い、一本の長大な氷の槍を形成。
「ええい、喰らえ! このストーカー太陽!」
レイシアの投擲した槍は、音速を優に超える速度で飛翔し、炎の塊に衝突。
次の瞬間――跡形も無く溶けて霧散してしまった。
「ッ! やはり付け焼き刃の魔術では、威力が足りんか!」
そんなレイシアの言葉を置き去りに、炎は更に僕の背中を焦がす。
このままでは追いつかれ、たちまち消し炭になるだろう。
(何か、良い方法はないの!?)
焦る心を飼い慣らし、冷静に思案する。
男状態の筋力でも振り切れない、剣で跳ね返そうものなら、剣ごと燃え尽きる。
かといって、女状態になって、この炎をどうにかできるほどの魔術を詠唱する暇はない。
(どうすればいい……! どうすれば!)
駆ける速度はそのままに、思考だけを加速させていく。
やがて。
「あったッ!」
突如として閃いた。
――あのときと同じ、あの作戦でいこう。
僕は懐からある宝石を取り出し、男状態のまま、ぼそりと呪文を呟いた。




