第六章7 ネイルの隠し球
「逃がさない!」
着地したネイルへ、間髪入れずに突撃する。
男の状態では、魔術を使っても然程威力が出ない。だが、代わりに得た筋力と胆力がある。
『やらせん!』
ネイルは後ろに飛び下がり、右手を振るう。
次の瞬間、空中に三つの氷柱が出現。
弧を描いて、三方向から接近する。
(やっぱり、また小規模の魔術……)
全ての氷柱を意識の内に入れながら、僕は、これまでのネイルの攻撃で気付いたことを整理する。
ネイルが男であることも幸いしてか、魔術の威力そのものは、異次元レベルに高いわけでもない。
無詠唱で複数の魔術を同時起動できるのには舌を巻くが、逆に言ってしまえばそれだけだ。
故に――
(数が多いだけの攻撃なら、捌ける……ッ!)
確信すると時を同じくして、一つ目の氷柱が真正面から迫る。
左に重心を傾けてそれを躱す。
冷たい冷気が脇腹を掠めるのを尻目に、二つ目の氷柱に目を向ける。
右前方から地面を這うように低空飛行で突っ込んでくるそれを、跳躍してやり過ごし――休む暇無く三つ目。
左後方から迫る氷柱に視線を移し、着地した瞬間、左足を台風の目にして回転。
暴風のような回し蹴りを、肉薄してきた氷柱に喰らわせる。
「はぁあああああああッ!」
その勢いを利用して、ガラ空きとなったネイルに踏み込む。
剣を斜に構え、その切っ先をネイルへ向けて。
『ふん、見事。だが……』
ネイルは短く賞賛の言葉を述べた後、不意に体勢を変える。
腰を落とし、脇を締め、脇腹より少し下で拳を握りしめる。
(この構えは、まさか――!?)
前世において、よくテレビで見ていたから気付いた。
「くっ!」
反射的に剣の腹を正面に向け、攻撃から一転、防御の態勢を取る。
刹那。
『はぁッ!』
ネイルは、迫真の掛け声と共に、引き絞った拳を胸の前に突き出した。
ズンッ!
拳を受ける剣がしなり、鋭い衝撃が駆け抜ける。
それと同時に、ネイルは風の魔術を起動する。
「うわッ!?」
風の加速を上乗せした一撃に耐えきれず、僕の身体は後ろへ吹っ飛ばされた。
拳を突き出した形で制止しているネイルが、どんどん小さくなってゆく。
それだけ、もの凄い速度で吹き飛ばされたということだ。
「今のは、正拳突き……しかもかなりの練度ッ」
歯がみしつつ空中で体勢を立て直し、両足と左手の三点で着地する。
靴底をすり減らしてどうにか勢いを殺した僕は、遙か彼方にいるネイルを見据える。
前世で父親が好きだった、格闘技。
空手や合気道なんかの試合を、テレビでよく見せられていたからわかる。
基本中の基本である正拳突きだが、極限まで高めれば、鋭く重い一撃になり得る。
今ネイルが放ったのは、まさにそれだ。
(なるほど。魔術と格闘技を組み合わせられたら、ちょっと厄介かな……?)
つーっと、額を脂汗が伝う。
男と女の身体を入れ替えられる僕が持つアドバンテージを、相手も持っている。
何ソレずるい。
その事実が、この決戦を苛烈なものにしていくことを予感させた。
 




