第六章6 賢者に諭す
「カースッ!」
「カース様ッ!」
レイシアとテレサの悲痛な叫びすら追いつけない速度で、ネイルはこちらに突進してくる。
それ、即ち音速を超えた速度。
衝撃波を周囲に撒き散らしながら、残像霞む速度で肉薄する。
「くっ!」
私は全速力で後退しつつ、新たな宝石を取り出す。
「《珠玉法―翡翠・蔦葛》ッ!」
矢継ぎ早に呪文を唱えると同時に、空中に置いた翡翠が割れ、四本の蔦が出現。
突っ込んでくるネイルめがけ、四方から襲いかかる。
が。
『笑止。その程度の攻撃で我を止めようなどと!』
ネイルは速度を緩めることなく、真っ直ぐに駆ける。
そんな彼を狙って突撃する緑色が、彼に触れる瞬間。
何かに行く手を阻まれたように、ぐにゃりと先端が曲がり、明後日の方向に逸れてしまった。
(ま、まさか! 衝撃波がバリアの役割を果たしているの!?)
弾かれた原因を看破した時には、ネイルはもうすぐそこまで迫っていた。
『チェックメイトだ』
至近距離で睨みつけるネイルの古井戸のような瞳を前に、思わず身震いがする。
次の瞬間、ネイルの姿が消えた。
「えっ!? どこに!?」
慌てて周囲を見回すが、ネイルの姿はない。
「バカッ! 上だッ!!」
遙か遠くで、鬼気迫る表情のレイシアが吠えた。
「えっ!」
慌てて頭上を見上げる。
いた。
レイシアの言った通り、上空五メートルほどの位置に静止している。
そんな彼の、両手の掌には、バチバチと紫電が弾けていた。
『喰らえ』
ぼそりと呟いて、ネイルは両手を直下に突き出す。
弾ける紫電が白紫色の光の玉を形成し、こちらへ落ちてくる。
(マズい!)
あの玉には、触れただけで即死するくらいの電流と電圧がかかっているだろう。
そして、もう玉は目と鼻の先。
呪文を唱えている暇は――ない。
だけど、私には奥の手がある!
「《男》ッ!」
ただの言葉も、私と僕にとっては特殊な呪文に成り上がる。
一瞬白い煙が視界を覆い、晴れた時には溢れ出さんばかりのパワーを身に纏っていた。
男、カース。今ここに見参する。
『な、なにぃッ!?』
造り変わった僕の身体を見て、ネイルは驚愕の表情を顔面に貼り付ける。
そんなネイルへ、腰に佩いた剣を抜きながら告げる。
「ねぇ、おっさん……さっき、女は裏切るから信用ならないって言ったけど」
刹那、繰り出すは迅速の斬撃。
垂直の太刀筋が肉眼で見えた頃には、玉を真上に弾き返していた。
「男だって、こうして裏切るよ?」
『ぐっ!』
今度は自分の方に跳ね返ってきた玉を見て、ネイルは焦りを露わにする。
しかして、動揺は一瞬。
咄嗟に風の魔術を起動して避け、近くの地面に着地した。




