第六章4 非情なる帝王
カッ!
突如、眩い紫色の光が夜を裂いて、私の頭上を通り過ぎる。
「なっ!」
驚愕と共にそれを目で追った。
間違いない。
雷撃の魔術だ。
(なんで!? 今、詠唱なんて聞こえなかった!!)
故に、完全に不意を突かれた形だ。
しかして、驚いている暇はない。
雷閃の赴く先は――こちらに背を向けて走り去っていくセルフィスだったから。
間違いなく、ネイルの放った魔術だ。
「させないッ!」
私は、焦燥に背中を押されて、懐から宝石を取り出す。
それを指先で弾きながら、口早に呪文を叫んだ。
「《珠玉法―琥珀・光輝》ッ!!」
弾いた宝石が眩い光を放ち、一条の光線が発射される。
駆け抜ける光は迅速。雷閃よりも遙かに速い。
私の放った光線は、ネイルの雷閃に追いついて――
ネイルの魔術が無防備なセルフィスを穿つ寸前、光線が雷閃に激突して、雷閃の軌道を変えた。
軌道を変えられた雷撃魔術は、セルフィスの頬を鋭く掠めて通り過ぎる。
「え? な、何?」
突然のことに理解が追いつかないらしく、セルフィスは脚を止めてきょろきょろと周囲を見回す。
「早く安全な場所へ隠れてください!」
そんな彼女へ、私は一喝する。
「は、はい! わかりました!」
セルフィスは促されるままに走り出して、雑木林の奥に身を隠した。
「くっ……!」
セルフィスの無事を見届けた後、振り向いた私は、ネイルを睨みつけた。
「卑怯じゃないですか! 戦う意思のない者を後ろから攻撃するなんて!」
『ふん。戦いに卑怯もなにもあるものか。殺し易いヤツから順に始末していく。戦いの基本だ』
ネイルは、にべもなくそう言い捨てる。
血も涙もない奴とは、彼のような人間のことを言うのだろう。
テレサの瞳以上に、混沌と狂気の闇に沈んだネイルの瞳を覗き込んで、そう確信するのだった。
『しかし、愚者にしてはやるではないか。我の雷撃魔術に即座に反応して、光の魔術をぶつけ、進行方向を変えるとは。“愚者も千慮に一得あり“とはよく言ったものだ』
ネイルは、にんまりと薄い唇を笑みの形に変える。
一応褒められているのだろうが、貶されているようにも聞こえるから、全く嬉しくない。
「愚者ではありませんわ。見ての通り、常に冷静に戦況を見分け、確実に対処する……素晴らしい御方でしてよ」
テレサは、何故か得意げに答える。
他人のことなのに、凄く嬉しそうだ。
『ふん、どうだかな。所詮、詠唱しなければ魔術を扱えない時点で、我の足下にも及ばん』
(……な、なんだって!?)
とんでもない発言をさらっと言うものだから、一瞬聞き逃しそうになった。
先程詠唱が聞こえなかった理由がわかった。
ちらりとレイシアの方を確認すると、険しい表情が、ほんの僅かだけ動揺に揺れている。
(そりゃそうだよね、詠唱無しで魔術を扱うなんて、一度も聞いたことないし……)
あまりに異次元過ぎる敵を前に、図らずも脂汗を流す。
そんな私達の反応を愉しむかのように睥睨して、ネイルは宣言した。
『さて、そろそろ始めようか』




