第六章1 親と子の口論
第六章スタートです!!!
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時刻は、午前二時三〇分。
丑三つ時であり、草木もぐっすりと眠っていたのだが――今、一人の男の登場によって叩き起こされた。
男――ネイルを中心に荒い風が吹き、ざわざわと草木が揺れている。
『ふん、くだらん……』
風や植物ですら怯え竦む程の威圧感を放ちながら、ネイルは唾棄する。
テレサの何倍も深く昏い闇を湛えた瞳に睨まれて、思わず膝が砕けそうになってしまう。
『たかが女子四人で我を倒そうなど、我も舐められたものだ……なぁ、テレサよ』
「――ッ!」
隣に立つテレサが唾を飲み込む音が聞こえた。
「ええ、そうですわ。ここにいる四人は、誰も彼もが高い能力を誇る方々です。お父様一人を倒すことくらい、わけないですわ」
テレサは負けじと、そう言い返す。
しかし、その声は乾ききっていた。
紛れもなく、テレサがネイルに恐れおののいている証拠だ。
『そうか……やはり貴様は、アンナの血を引く愚かな娘よ。非力なくせによく吠える。むしろそれは、貴様が女だからなのかも知れないが』
「お母様の侮辱は、許しませんわよ……ッ!」
その瞬間、テレサの周囲の温度が下がった――気がした。
「お母様は、貴方と違って深い愛がありました。血も涙も通っていない貴方に、お母様を侮辱する資格も……殺める資格もありませんわ!」
テレサは、烈火の灯る深紅の瞳で、ネイルを睨みつける。
『ふん、そういえば貴様は、気味の悪いほどアンナに心酔していたな。帝国の名ではなく、母方の性を名乗っているというのは、風の噂で聞いたことがある』
そういえばそうだった。と、私も心の中で頷く。
テレサ=コフィン。
私が聞いた彼女の名は、それだ。
しかし帝王の血を引いている以上、彼女はセルフィスと同じ、れっきとした王女なのである。
テレサ=ラ=ロストナイン。
それが、この帝国内で知られている真名に相違ない。
聞いた感じ、彼女が人目を憚って、母方の性である“コフィン”を名乗っているのだろう。
普段“帝国のお姫様”兼“〈ウリーサ〉の〈総長〉”として行動をする際は、父親に叛意を悟られぬよう、使いたくない父方の性を名乗っていたのだと思う。
『貴様は今、我が貴様を愛さなかったと言ったな』
「ええ、そうですわ。その冷たい拳に幾度となく打たれたことは、忘れたくても忘れられません」
『知ったことか。貴様も憎きアンナの血を引く身だ。現に貴様は、こうして裏切った。妻になったにも関わらず、我の策謀に反感を示した、貴様の母と一緒でな』
「ワタクシは裏切ってなどおりません。お父様に従っていても、心を許したことは一度たりともありませんわ」
『ふん。やはりアンナも貴様も我の意に沿わない。だから女は信用ならんのだ』
「デタラメなお考えをして――ッ!」
テレサは、怒りが抑えきれないといった様子で、ネイルを睨み続ける。
対してネイルの表情は、まるで感情を失ったかのように涼やかだ。テレサの憤怒など、全く意に介していない。
「そんなにも臆病だから、〈ウリーサ〉の魔術師に殿方しか任命なさらないのでしょう?」
『そういうことだ。貴様の場合は、我の手が届く範囲にいた方が始末する際に都合がいいから、〈総長〉の椅子に座らせたが……他は全て、謀反が起こらないように従順な男のみを起用している。貴様やアンナを見ていればわかる。女は、裏で何をするかわかったものじゃない』
「ワタクシやお母様が貴方を信用しないのは、貴方の腐敗しきった性根のせいですわ。自分のことを棚に上げて、勝手な偏見を押しつけないでくださいませ!」
二人の言い争いは、加熱してゆく。
それを聞いていて、私はもう一つ、気付いたことがあった。




