第五章33 葉療術の発動
「それじゃあ、いきますよ」
セルフィスは、倒れ伏すテレサの側に寄ると、ゆっくりと彼女の胸元に手を置いた。
今から、治癒魔術を行使するのだ。
(あれ……?)
治癒の前準備のためなのか、呼吸を整えるセルフィス。
そんな彼女を見ていた私は、ある違和感を覚えた。
それは。
「あの、セルフィスさん」
「はい?」
「治癒魔術って確か、葉っぱを触媒にして起動するものなんですよね?」
「はいそうです。だから、左手に持ってるじゃないですか。ほら」
セルフィスは、左手を掲げる。
……何も持っていない左手を。
「えっと……持ってませんよね?」
「あれ?」
セルフィスは、何も持っていない手を見て、目をぱちくりさせる。
私が抱いた違和感とは、触媒として使用するはずの葉っぱが、どこにも見当たらなかったことであった。
当の本人は「なんでかな? さっきまで持っていたのに……」と首を傾げており、やがて思い出したらしく、にわかに目を見開いた。
「あー、そうでした。さっき自己治癒に使ったんでした!」
「自己治癒?」
「はい。カースさんと別れた後、治癒魔術を使っても問題ないくらいまで体力が回復したので、自分自身に治療を施したんです」
「そういえば、治癒魔術を行使すると体力を消耗すると言ってましたね」
「はい。治癒魔術の中には、体力を回復するものも含まれます。だから、行使時の体力消耗に目を瞑れば、ほぼ万全な状態で復活できるんです。それこそ、今の私のように」
つまり先程の状況では、体力回復の治癒魔術を使うだけの体力がセルフィスに残されていなかったから、使えなかった。
しかし私と別れた後、自然回復で得た体力を使って、体力回復の魔術を行使。
十分に体力を回復させて、ここへ来たということなのだろう。
「それで、そのときに葉っぱを触媒として使っていたことを、すっかり忘れていたと……」
「そういうことになりますね……」
セルフィスは、恥ずかしそうに頬を赤らめて頷いた。
なんというか、まあ……相変わらずおっちょこちょいな王女様である。
「とりあえず、その辺に生えている草で代用しましょう」
セルフィスは、凍っていない地面に生えている草を一つ掴んだ。
それから、「ごめんなさい。摘ませていただきます」と心底申し訳なさそうに呟いて、プチッと根元から千切った。
「これで大丈夫です。気を取り直して、治癒を再開しますね」
セルフィスは再びテレサの胸元に掌と千切った草を添えて、呪文を唱えた。
「《葉療術―蘇生》」
水が流れるように滑らかな声色で、セルフィスは二節の呪文を括った。
すると、草が淡い金色に輝きだし、徐々にその輪郭が溶けて、テレサの胸に吸い込まれていく。
「今回は、詠唱が短いんですね」
私は、少し前に腕を怪我した際、セルフィスに治療して貰ったことを思い出す。
あのときは確か、祝詞とも思えるほど長く、複雑な呪文だった記憶がある。
「まあ、あのときは体力が心許なかったので。治癒魔術は、基本的に呪文を切り詰めるほど、要求される魔力や体力が多くなるんです。……さて、一応これで大丈夫だと思います」
施術を終えたらしく、セルフィスはテレサの胸元に添えていた手を離した。
テレサの表情を見れば、明らかに顔色が良くなっている。
「どれくらいで目覚めます?」
「わかりません。ただ、二四時間を越えて目を覚まさないということは、おそらくないです。安静のまま眠っている状態ですし、丸一日経っても起きない寝ぼすけさんは、なかなかいないでしょう?」
セルフィスは、可愛らしげに人差し指を立てて力説する。
すると、そのとき。
「ん……」
テレサが身じろぎをした。
「う、うそ……もう目が覚めたんでしょうか」
セルフィスは、驚いたように口元を押さえる。
そして。
身構える私、レイシア、セルフィスの三人からの視線を受けながら、テレサは覚醒した。




