第五章31 戻ってきた理由
「どうしたんです? 急に私の名前を大声で叫んだりして」
「す、すいません。あまりにタイミングが完璧すぎたもので……」
きょとんと首を傾げるセルフィスに、頭を下げる。
「それより、どうしてここへ? 王国に戻っていてくださいと、伝えたはずでは?」
「あー、えーっと。それなんですが……」
問い詰めると、セルフィスは決まりが悪そうに目を泳がせる。
「どうしてもカースさんのことが心配で、来ちゃいました。それに……私を迎えに来た人が、皆男の人だったので、少し怖かったというのもあります」
「男の人が? どういうことです?」
私は、セルフィスの不可解な言動が気になって、聞き返した。
男の人が怖いというのは、流石に聞き流せない。
世の中には男性恐怖症という、対人恐怖症の一種があるが、それと同じものを患っているのだろうか?
(そういえば、以前セルフィスさんを助けたときも、妙なことを言っていたような……?)
――「……え? 女の人の、声……?」――
地下牢でセルフィスと対面する前、彼女の口から発せられた台詞。
そのときはあまり気にとめていなかったが、今思い返すと、私の呼びかけに対して答えた台詞としては、少しばかり不自然だ。
(そのことと、何かしらの関係があるのかな?)
私はそんなことを思いながら、セルフィスの口から答えが紡がれるのを待つ。
しかし、彼女の口から真相を聞く前に、レイシアが割って入った。
「どんな理由があれど、貴方のような御方が戦場に赴いたことは大問題です。お立場を弁えていただかねば困ります」
口調こそ丁寧だが、有無を言わせぬ言葉が、容赦なくセルフィスに注がれる。
いくらセルフィスのとった行動が、叱責に値するものとは言え、王女相手には少々過ぎた物言いな気はする。
だが、そんなキツい発言に対して。
「申し訳ありません、レイシアさん」
セルフィスは反省を示すように頭を下げて、それから穏やかに微笑んだ。
まるで、レイシアに怒られるのが慣れているかのような、そんな自然さがある。
その様子を目にして、私は図らずも驚いて――同時に、今しなければならないことを思い出した。
「そうだ! セルフィスさんにやって欲しいことがあるんです!」
「私に?」
「はい。セルフィスさんにしかできないことです」
「なんでしょう?」
「実は、ここに治療して貰いたい人がいまして――」
私は、足下に倒れているテレサを指さした。
セルフィスもまた、私の示す方向に視線を向ける。
「えぇっ!」
次の瞬間、セルフィスは驚いたように声を上げた。
「こ、この方は〈ウリーサ〉の偉い人!? さっきまでここに居ませんでしたよね!? 誰かが空間転移の魔術で送り込んできたんですか!?」
「あ、えっと……すいません、ずっとここにいました」
狼狽えまくるセルフィスに、そっと真実を伝える。
「え? じゃあ、私の早とちり……? ご、ごめんなさい」
セルフィスは、首がもげそうな勢いで頭を下げる。
「い、いいんです! 気にしないでください!!」
私は慌てて、セルフィスに頭を上げるよう促す。
王女様が私なんかに頭を下げるなんて、あってはならないことだと思う。
「それはそれとして……見ての通り、テレサさんの容態がかなり危ない状態でして。セルフィスさんに治療して貰いたいのですが」
「この方を、ですか……」
セルフィスは立ち上がって、テレサの方に歩み寄る。
「この人を……」
立ち止まり、逡巡するかのように呟く。
しばらくして、意を決したセルフィスが力強く言い放った。
「ごめんなさい、嫌です」




