第五章29 ロディの秘密
《三人称視点》
「ったく……寝覚めの悪い」
カモミールを始末し終えた後、ロディは毒突いた。
ロディとて、人を手にかけて何も感じないような、狂人の類いではない。
確かに、カモミールは確実に仕留めねばならない相手だった。
テレサを含め、今までどれほど彼らに苦しめられてきたことか?
罪の無い国民を殺され、多くの部下を失った。
王国の損害という点で見れば、計り知れない。
ただ、それでも――
(嫌みな役をやらされるもんだな)
ロディは、皮肉げに笑みをこぼす。
元々、ロディやレイシアが所属していた組織は、国防のためのものだった。
つまり、万が一敵が進軍してきた際、命がけで国を守ることが務めというだけであって、好き好んで戦争を仕掛けるための軍隊ではないのである。
〈ロストナイン帝国〉さえ攻めてこなかったら、きっと殺さずに済んだのだろう。
そんな、有りもしない仮想への渇望が、ロディの心中に渦巻いていた。
(俺はただ、強い奴と戦うのが楽しいだけで、人殺しをしたいわけじゃないんだがな……)
思えば、騎士団に入団したのは、自分の強さを磨き、そして強い人物と手合わせをしたかったからだ。
騎士団長という身分にまで上り詰めたのは、上の連中が勝手に決めたことで、彼が望んだことではない。
国を守るために十字架を背負う覚悟が必要だということがわかっていたなら、強さに憧れただけの昔の自分は、騎士団なんかに入らなかっただろう。
ロディがそんなことを考えていると。
「終わった~?」
いつの間にか側に寄ってきていたフィリアが、間延びした声で問いかけてきた。
「ああ、終わったよ」
「そう、それならいいけど……あれ? あれれ?」
不意にフィリアは、何やらカモミールの周りを回り始め、舐め回すようにロディの表情を窺う。
「な、なんだよ。俺の顔に何か付いてるか?」
「いや? 何もついてないけど、なんか凄く暗い表情だなって」
「当たり前だ。人を手にかけておいて、何も思わない人間がいてたまるか」
「ふ~ん」
すると、フィリアはどこか驚いたような顔をした。
「今度は何だ?」
「ロディさんでも、そういうこと思うんだなって。戦ってるとき、楽しそうだったから……ちょっと驚いただけ」
「戦うことと殺すことは別だ。戦いたくて騎士団に入ったのは事実だが、殺したくて剣を振るってるんじゃねぇよ」
ロディは、吐き捨てるように言った。
その様子を、やはりまん丸の瞳で見つめるフィリア。
しばらく二人の間を、無言の時が流れた後、フィリアが口を開いた。
「でも、そうだよね。ずっと騎士長として〈ウリーサ〉と戦ってきても、人を殺めるのは、辛いよね」
「そういうことだ。頭の悪いお前でも、ようやくわかったか?」
「ちょっと、フィリア頭悪くないもん! フィリアだって、おにいとか、おにいとか、あとおにいとかを守りたくて戦うことはあるけど、人は殺したくないもん!」
「守る対象が一人しかいないことはさておき……まあ、つまるところ人殺しは、ごめん被りたいな」
ロディは苦笑し、うーんと背伸びをする。
それから、気持ちを切り替えるように深呼吸をした。
「よし。とりあえず、田畑の方へ戻るぞ。部下達がまだ〈ウリーサ〉の雑兵と戦っているはずだ」
「そうだね。そこに加勢すればいいわけ?」
「いや、〈ウリーサ〉の連中にカモミールを討ち取ったことを伝える。指揮官を失った組織なんざ、烏合の衆だからな。余程のことが無い限り、降参するはずだ」
「おお~、確かに!」
フィリアは、ぽん! と手を叩いて頷いた。
「じゃあ早速、レッツゴーだね! ……って、あれ?」
田畑のある方角へ足を一歩踏み出したフィリアが、そのまま硬直した。
「ん? どうした?」
「いや……なんか、見慣れない人が歩いてるんだけど」
「一般人か? やれやれ。まだ戦闘は続いてるし、この辺りを通るのは危ないんだがな」
ロディは、フィリアの視線の先を見据える。
確かに彼女の言うとおり、一〇数メートル先を右から左へ早足で歩いて行く、一人の少女の姿が見えた。
「なんだ? 一般人にしては、妙に高そうなドレスを着てるな。あちこち破けてっけど。それに、あの長い白髪……どこかで会ったことがあるような……?」
だが、思い出せそうなのに思い出せない。
ロディが、白髪の少女の正体を探っている間に、その少女の影はみるみる小さくなっていき――やがて、地平線の彼方へ消えたのであった。




