第五章28 決着。 夜に響く葬送句
《三人称視点》
ドンッ。
何か、硬いものが柔らかいものにぶつかったような、鈍い音がした。
次の瞬間。
今まさにフィリアを焼き尽くさんと燃えさかっていた炎の渦が、まるで蝋燭の火を掻き消すかのように消滅した。
「な、何事かも!? ……ま、まさか!!」
カモミールは、唐突に起きた異常事態の原因を理解した。
自身の左手を見やれば、握っていたはずの鼠がいなくなっている。
その近くには、腹部に血が滲んでいる鼠と、血が付いた小石が転がっていた。
「くっ!」
カモミールは、ロディの方を睨みつける。
案の定と言うべきか。
ロディは何かを投げたかのように、右手を前に突き出した格好で、制止していた。
「まさか、その位置から小石を投げて、鼠をピンポイントで弾き飛ばしたのかも!?」
カモミールは、驚愕のあまり目を見開いて。
「へっ。確かに、剣術は攻撃の形や速度なんて変えられないがな……剣術じゃなけりゃ、話は別だろ?」
そんなカモミールを、頬を吊り上げながら見据えるロディ。
「くっ! 誇りの無い奴かも!」
「そりゃどうも。剣術に拘って、みすみす助けられる仲間を見殺しにはできないんでな」
そんなロディのキザな発言に答えている余裕は、今のカモミールにはない。
〈契約奴隷〉としての役割を担う鼠が殺されたことで、カモミールの魔術が掻き消されてしまったのだ。
この瞬間、いかなる魔術も起動できなくなったカモミールは、魔術師として死んだも同然である。
(は、早くスペアの鼠を……ッ!)
焦ったカモミールは、万が一のために用意してきた鼠を取り出そうと、ポケットの奥へと手を伸ばす。
しかし、カモミールの指先が鼠に触れるよりも早く、次なる攻撃が加えられた。
「よくもフィリアを火炙りにしようとしてくれたね! 倍返ししちゃうんだからぁああああああああああッ!!」
魔術が消滅したことで拘束を解かれたフィリアが、叫び声を上げ、上空から猛速度で落下してくる。
そして――激突。
重力も上乗せした渾身の蹴りが、カモミールの腹部に炸裂した。
「ぐっ! ぁああああああああッ!」
腹から背に駆け抜ける衝撃に耐えきれず、カモミールの身体は大きく軋む。
再び地面に何度も身体をぶつけながら、転がっていった。
△▼△▼△▼
「……ぐっ」
カモミールは呻き声を上げて、なんとか身体を起こす。
身体の状態は、控えめに見ても酷い有様だった。
全身が傷付き、最早腕一本動かすだけで精一杯だ。
立ち上がることもままならない。
立ち上がれたとしても、スペアの鼠が今の衝撃で死んでしまったから、どのみち魔術を行使することは不可能なのだが。
「終わりだぜ」
そんなカモミールの元へ歩いてきたロディが、悪鬼のごとき声色で告げる。
「わかっていると思うが……慈悲はかけねぇぞ。大切な部下達を散々殺してくれた報いだ」
「ふっ……わかっているかも」
カモミールは、自嘲気味に笑う。
カモミール自身、抗うつもりはないし、抗う力も残されていない。
いつか死ぬ運命を知って魔術師になった覚悟を思い出し、自身の最期を受け入れた。
その様子を、ロディはどこか陰鬱な表情で見つめ――
「そうか。……ならいい。地獄でずっと土下座していろ」
そんな葬送句を最後に、カモミールの胸部にバスターソードの先端を突き立てる。
それをカモミールは、穏やかな気持ちで受け入れ――
夜の闇に、命を絶つ音が静かに響いた。
 




