第五章23 見極める策略
《三人称視点》
「それじゃあぼちぼち、続き始めよ!」
フィリアは「う~ん」と伸びをして、それから剣を構える。
それに応じて、カモミールも構えを取った。
対人戦に対応するため、今回カモミールが連れている〈契約奴隷〉は、一匹の鼠だ。
基本的に〈契約奴隷〉はクスリ漬けにした人間を使うため、《削命法》は、立ち位置が変わる戦闘を苦手とする。
故に対人戦を目的とする場合には、暗殺部隊が使っている球根や、小動物を魔術触媒として使用するのだ。
その分、《削命法》が誇る圧倒的な攻撃力は、幾分か失われてしまうが……対人戦ではさして問題にはならない。
もちろん、魔術触媒である鼠が死ねば魔術を起動できなくなるために、予備の鼠を革袋に詰めて持ってきている。
(とにかく……できるだけ距離を取って、魔術で一方的に攻撃を仕掛けるのが最良の選択かも)
冷静に状況を分析するカモミールへ、フィリアは元気よく告げた。
「来ないんなら、こっちから行くね!」
フィリアは、向日葵のようににっこりと微笑んで――次の瞬間。
プンッと、フィリアの姿が横振れする。
一瞬遅れて、フィリアが居た地点に土埃が立った。
「なっ!?」
カモミールは目を見開く。
(ひょっとして、また死角に移動したのかも……ッ!?)
霞と消えたフィリアの姿を探すべく、慌てて周囲を見回す。
(い、いたかも! あんな所に……一瞬で!?)
フィリアが居たのは、およそ一〇〇メートル左にズレた場所。
そこから、残像すら見えるような速度で迫ってくる。
何もしなければ、数秒後には刃の切っ先が届く距離にまで、詰められてしまうだろう。
だが。
(これは、ひょっとしてチャンスかも……!?)
カモミールは、己が幸運にほくそ笑んだ。
今フィリアがしようとしたことは、なんとなくわかる。
カモミールの視界から消えて、死角まで移動してから一気に接近しようという魂胆なのだろう。
加えて、背後ではなく横に移動したのは、デジャブを回避するため。
フィリアは先程後ろから攻撃したが故に、カモミールの死角に移動したとなれば、真っ先に後ろが警戒されると判断したに違いない。
(だけど……そう簡単に僕は倒せないかも!)
カモミールは呪文を叫んだ。
「《削命法―暴風》ッ!」
渦巻く風を纏い、カモミールは後退を開始。
風の魔術を利用して、接近するフィリアから距離を取る。
「君が真横に移動したのは失策かも! 背後に移動するという同じパターンを避けるためとはいえ、真横に移動して僕の視界から外れるには、今君がやったようにかなり僕から距離を取る必要があるかも!」
カモミールは、迫り来るフィリアへ語りかける。
そう。
人間の視野角は真横まで見えるために、有効視野から外れるためには距離を離さないといけないのである。
しかし、フィリアがカモミールから距離を取ってすぐ、居場所がバレてしまった。
その結果、開けてしまった距離を再び詰める前に、カモミールが後退を始めたのである。
もし、カモミールがフィリアの居場所をすぐに突き止めることができなければ――フィリアに分があったはずだ。
そして、カモミールは風の魔術をブースターのように浸かっているのに対して、フィリアはなんの補助もなくカモミールを追っている。
いくら彼女の身体能力がずば抜けていると言えど、この場においてカモミールには追いつけない。
「僕の勝ちかも!」
そう叫んで、カモミールは右手をフィリアの方に向ける。
だが、その状況の中でもフィリアは全く慌てた様子を見せない。
そればかりか。
「本当にそう思う?」
フィリアは不敵に問いかけてきたのだ。
「な、何が……かも?」
その様子を見て、カモミールは一瞬狼狽える。
そのときだった。




