第五章17 君がいたから
《三人称視点》
「―《第壱円》―」
五芒星状に敷いた水晶。
身をかがめ、その中心の地面に水晶を一つ埋め込みながら、レイシアはぼそりと呟いた。
当然、今から起動する全身全霊をかけた大魔術の構築に必要な、手順の一つだ。
水晶を置く位置、詠唱する言葉の順番やテンポにまで、すべてに魔術的な意味がある。
魔力は透明で、言うなれば“気”のようなものであるが故に、目には見えないが……既に水晶の間には膨大な量の魔力が通っている。
手順を一度でもミスれば、暴発しかねない状態だ。
「―《第弐円》―」
そういった緊張感の中、続けざまに二つ目の水晶を、埋め込んだ一つ目の水晶の上へ慎重に重ねる。
水晶を置き終わり、上体を起こしたレイシアの目に映るのは――カースの姿。
両足を踏ん張り、無我夢中で魔術障壁に惜しみなく魔力を注いでいる。
しかし、それでもテレサの魔術の方が上を行くらしい。
結界はみるみる内にヒビ割れ、カースの全身は、入り込んで来た熱気に容赦なく晒されている。
その姿を見ると、レイシアの心臓は潰れそうなほどに悲鳴を上げた。
当然だ。
現在進行形で、自分を守っている人が、刻一刻と傷ついていくのだから。
それも――守っている人物は、レイシアにとっては大切な人だ。
絶対に失いたくない。
テレサなどという、動機不純で人を殺せる魔術を撃つような常軌を逸した女に、易々と殺されて良いような、ちっぽけな人間じゃない。
(くっ……!)
レイシアは、砕けんばかりに歯を食いしばり、頭を左右に振る。
今は、冷静にならねばいけない時だ。
焦って冷静さを欠けば、魔術の構築は失敗する。
命がけでテレサの攻撃を防いでいるカースの努力が、全て水泡に帰すのだ。
故に焦る気持ちを押し殺し、レイシアは再び身をかがめる。
「―《第参円》―」
呪文を呟きながら、三つ目の宝石を重ねる。
胎動する魔力が、また一段と高まった。
その高まりを感じながら、レイシアは物思う。
(もう少しだけ、耐えてくれよカース……ッ!)
思い直せば、彼女が心から頼れる相手は、カースしかいなかった。
類い希なる魔術の才能も持って生まれた彼女は、強くあることを強いられた。
女性であるにも関わらず、配下の人々を統べる、常に孤高で強い、完璧な女性でなければならなかった。
故に――いつしか彼女は、誰かに頼ることを忘れてしまっていた。
誰かに心を許すことが、怖いとすら感じるほど、臆病になっていた。
(だが……カースは、そんな余に誰かを頼ることの大切さを、思い出させてくれた。そして何より奴自身が、余の心の弱さを真正面から受け止めてくれたのだ)
今尚、自分を信じて結界を維持し続けるカースに思いを馳せながら、レイシアは四つ目の宝石を重ねる。
(ずっと貴様に頼ってしまっていたからな……今度は貴様が、存分に余を頼ってくれ!)
そう心の中で叫ぶと同時に口に出していたのは、魔術の構築に必要な最後の呪文だった。
「―《第四円》―ッ!」
呪文を括ると同時に、高まり続けていた魔力が、一際大きく胎動した。
次の瞬間。
今まで不可視だった魔力が淡い光を放ち、五芒星の対角線上と四つ重ねた水晶の間を縦横無尽に走っているのが、はっきりと見て取れる。
これで準備は整った。
いよいよ、起動の呪文を括れば、総数九個の水晶を使用する大魔術が発動する。
「カース、やるぞ!!」
今にも割れ砕けそうな程に亀裂の入った結界を、必死で維持している愛しい人物へ、レイシアは声をかけた。




