第五章11 テレサの思惑とは?
脊髄反射で目を瞑る。
それでも尚、瞼の裏を焼く炎の赤。
至近距離で炸裂した火の玉が、僕の全身を容赦なく焦がす――かに思えた。
(あれ? 熱く……ない?)
いつまで経っても、全身を覆い尽くす熱を感じない。
恐る恐る目を見開くと、僕の瞳に飛び込んできたのは炎ではなく、僕を庇うように立つレイシアの後ろ姿だった。
そんな彼女の前には、半透明の魔術障壁が展開されている。
「あ、ありがとうございます……」
状況を悟った僕は、レイシアに例を告げる。
「気にするな。お相子だ」
「お相子?」
「以前、似たような状況で貴様に助けて貰ったからな」
振り向かずに、淡々とそう答えるレイシア。
あー……。確かに、ピンチに陥ったレイシアを庇った記憶が、あったり無かったり。
「だが……ふん。どうやら今回は、庇う必要など無かったようだがな」
「え? それってどういう……」
不機嫌そうに鼻を鳴らすレイシアに聞き返す。
「炎の魔術が貴様を襲う直前、内包する魔力量が極端に減ったのだ。余が障壁を展開しなくても、貴様が火傷で済むくらいの威力まで抑えられていた。つまり――」
そこまで言って、レイシアは言葉を切った。
琥珀色の瞳が、猛禽類の目のように鋭く細められる。
その視線は、真っ直ぐにテレサを射貫いていた。
「貴様、カースを殺す気は毛頭ないらしいな?」
そんな物言いに、テレサは口の端を吊り上げて応じた。
「ええ、ご名答ですわ。カース様含め、貴方様も殺す気が無いという点で差異はございますが」
「そうか」
「あら? 随分とあっさりした返事ですわね。てっきり何か聞き返してくると思いましたのに」
「何が目的だ? などと益体もないことを聞くつもりはない。どうせまともに答えるつもりはないのだろう?」
「ええ、その通りですわ」
バチバチと、二人の視線の間に火花が散っているかのような錯覚にとらわれた。
一見会話そのものは噛み合っているのに、何かが明確に噛み合っていない。
「しかし、安心してくださいな」
不意に、テレサはにっこりと微笑んだ。
今までのように何か裏がありそうな、怪しげな笑みでは無く――無邪気な子供が母親におもちゃを見せるときのような、正真正銘、曇りのない笑顔だ。
その姿を前に、僕は困惑を隠しきれない。
レイシアも、より一層目を細めてテレサを睨んでいる。
そんな僕達を全く意に介していないのか、向日葵のような笑顔のママ、テレサは言葉を続けた。
「時が満ちれば、貴方様方にも真実をお伝えしますわ。でも、まだ今はそのときではない。ですから、もう少し戦いを楽しみませんか? ワタクシ、こんなにも身体が火照る夜は久しぶりで。なんだかもう、昂ぶる気持ちを抑えられませんわ」
テレサは肩を両手で抱き、身悶えしてみせる。
余程の戦闘マニアなのか、それともただの変態さんなのか。
僕には何一つわからないけれど、今はテレサの言うとおり戦いを続けた方がいいだろう。
理解不能なことばかり口走るけど、少なくとも信用はできる人だ。
それは、セルフィスの居場所を教えてくれたという事実が、証明している。
「わかりました。続けましょう」
僕は再び剣を構え直した。
種が明かされるまで、テレサと戦わねばなるまい。
「……はぁ。まあ、そうだな。どのみち、この女に受けた屈辱を返すまで、余も気が済まないからな」
レイシアも頷いて、懐から新たな宝石を取り出す。
「ふふ。お付き合い、感謝いたしますわ」
テレサは、ドレスの裾を持って優雅に一礼するのであった。




