第五章10 必要な覚悟
「やぁああああああああッ!」
雄叫びを上げ、どんっと地面を蹴る。
舞い上がる土埃を置き去りに、僕はテレサへと迫る。
瞬く間に縮まる彼我の距離。
一息に踏み込み、剣を振り上げ、彼女のふところに飛び込んだ。
「覚悟ッ!」
「ふふっ」
余裕の表情を崩さないテレサめがけて、剣を振り下ろす。
虚空に翻る銀閃。
だが、刃が彼女に届く寸前、見切っていたかのように躱された。
捕らえ損ねた刃は、テレサの赤いゴシックドレスの裾を鋭く裂く。
「逃がさない!」
すぐさま、テレサの避けた先に重心を傾け、剣を正面に構えて突っ込む。
「その熱さは嫌いじゃないですわ? ただ……」
テレサは、光剣の腹をこちらに見せる形で構え、僕の突きを真正面から受け止めた。
鋼と光輝がぶつかり合い、火花が散る。
「逃がすつもりが無いのなら、ワタクシを殺すつもりで攻撃をしてくださいませ?」
「!?」
至近距離でいがみ合う中、テレサは不意に核心を突く。
図星だった。
僕自身、テレサに勝つつもりでこの勝負を挑んでいるけれど……その実殺すつもりなんて毛頭無い。
美女を殺すなんて、男(物理的にも)のポリシーが許さない! なんていうご大層な理由では無く、単純に人を殺せないのだ。
それが証拠に、僕は一度も〈ウリーサ〉の魔術師を殺していない。
人を殺すことに何の躊躇もない、あんな外道達であっても、やはり命を奪うのは気が引ける。
だから今まで、傷つけることはあっても、命を奪うことまではしなかった。
しかし――
「ワタクシを下すのは、部下達のように甘くいきませんわよ? 殺すつもりでかかってきてくださいな」
僕の心を読んだかのように、テレサはそう告げてくる。
テレサは強い。
たった一人で、王宮魔術師団を打ち負かしてしまうほどに。
そんな奴を相手に、生半可な覚悟で挑んでも、結果はたかが知れている。
故に、テレサに勝つには、それこそ命を奪うつもりで剣を振るわなければならない。
(だけど、僕にそんなことができるの……!?)
僕は自問する。
テレサに勝ったとして、同時に彼女の命を奪ってしまったとき――僕は、彼女の亡骸の前で、一体何を思うのだろう?
「できない――ッ!」
僕は、歯が全て割れ砕けるほどに噛みしめながら、絞り出すように言った。
するとテレサは、何故か少し残念そうに瞳を細めて――
「仕方ありませんわね。その精神さえ強ければ、ワタクシは貴方を頼ることができましたのに……」
そんなことを呟いて、不意に光の魔術を解除した。
剣の形を維持していた光が、ただの粒子となって霧散してゆく。
当然、今まで刃先を突き立てていたソレが無くなったお陰で、僕は勢い余って前のめりに転びかける。
テレサはというと、既に僕の横にずれており、その掌に膨大な魔力が集っているのが見えた。
「永久にさようならですわ、呪われし期待の冒険者様。……《削命法―火炎》」
何かを知っているかのような物言い。
しかしそれを詮索している暇などあるはずもなく、彼女の右手が真っ赤に燃えあがり、炎の玉が形成される。
その圧倒的な熱が、僕の視界を赤一色に染め上げた。




