第一章8 〈ウリーサ〉の正体
「それで? お前が今日来るとかいう期待の新人か?」
「え、いや。僕じゃないですけど」
ここは、長机の置かれた長方形の部屋。おそらく何かの作戦司令室だろう。
数刻前、門で出会ったロディに「中で話をしようぜ?」と誘われ、王宮にあるこの部屋までやってきた次第だ。
今この部屋では、長机を挟んで、僕とフィリアがロディと向かい合う形で座っている。
「お前じゃない? じゃあ、そこの嬢ちゃんだってのか?」
ロディは、隣に座るフィリアの方を見た。
「そうです」
「何かの冗談だろ?」
「ちょっと、それどういう意味!」
感情を露わにしたフィリアが、食ってかかる。
「あっはっは! 悪ぃな! 気を悪くしたんなら謝る。なにぶん、嬢ちゃんみたいなのが、ウチの厳しい試験をくぐり抜けたとは、到底思えなくってな」
「ですよねー。僕もそう思います」
「ちょっ! おにいまでフィリアを苛める気? イジメ反対! フィリア強いもん!」
ぷくーっとフグのように膨れるフィリアなどそっちのけで、ロディは高笑いする。
ひとしきり笑い飛ばした後、急に真摯な顔つきになって言った。
「冗談はこのくらいにしようか。ここに入るのは嬢ちゃんだって知ってたよ。確か名前は、フィリアだったな」
「ひどい! 知ってたならなんで!」
「だーからさっき謝ったろ? 人をいびるのが性分でな。可愛い奴を見るとつい苛めたくなる。キュートアグレッションってやつだ」
「お手柔らかに頼みますよ。一応、可愛い妹なんで」
「わーってるよ。えーと、名前は?」
「カースです」
「おぉ、そうかそうか。随分とカッスカスな名前だが、これからもよろしく頼むぜ?」
「へ? これからもって……それはどういう……」
「言葉通りの意味だ。お前はこれから、俺の下で働く。さっき門番を一瞬で蹴散らしたあの強さ。あれを見たとき、俺の直感にビビッときたね! お前はいずれ、俺の右腕になる男だと!」
どこか感極まったように熱弁するロディ。チャラ男ではないようだが、見た目通り頭のネジは飛んでいるらしい。
「か、勝手に何を! そもそも僕はフィリアの付き添いでここまで来ただけで、王国騎士団に入隊したわけじゃ――」
「騎士団特例項第六条、第四項により、騎士長権限でカース=ロークスを聖騎長に抜擢。以降、騎士長権限をもってのみ失効を許すものとする」
「――って、なに無視して位階決めてるんですかッ! しかも、しれっと騎士長権限まで使って!」
「お前の腕にはそれほどの価値があるってことだ。言っとくが、この俺が直々に声をかけるなんてまず有り得ない。蹴るのは勝手だが、コネや人望がどれほど大切かは、よく知っておくんだな」
よくわからない奴だが、僕のことを気に入ったらしいことはわかった。今誘いを蹴ったとして、今後就く職業の当てもない。それに、フィリアと共にいられるというのは、今後の異世界生活で、どちらかというとプラスに働くはずだ。
「わ、わかりました。謹んで受けさせて貰います」
「ふっ。そう来なくっちゃな!」
にかっと笑い、ロディは手を伸ばしてきた。応じてその手を取ると、温もりと呼ぶには少々熱すぎる体温が伝わってくる。
「それから、その堅苦しい敬語は無しだ。俺達はもう同士なんだからな」
「同士?」
出会ったばかりでもう同士とは。なんとも清々しい奴だ。
「そうだ。よろしく頼むぜ! 戦友!」
「戦友?」
まだ闘ってもいないのに戦友とは。なんとも清々しい奴だ。
「つーわけで、お前ら二人は晴れて栄誉ある王国騎士団の騎士となったわけだが、さしあたって何か質問はあるか?」
「はいはーいッ!」
「はいフィリア選手早かったぁッ!」
(何これ、早押しクイズ選手権?)
意気揚々と手を上げたフィリアを、同じくオーバーリアクションで指名するロディ。騒々しい二人を前に、ため息をつくこともできない。
ていうかこの二人、意気投合しすぎじゃね?
「質問なんだけど、騎士団てこの国守るんでしょ? 誰と闘うの?」
「いい質問だな! 基本は王の護衛や、王宮の警護、街の哨戒や時に式典補佐なんかもやったりするが……最近はめっきり、〈ウリーサ〉の侵攻を阻止することが多くなった」
「その名前、聞いたよ」
僕は二人の間に割って入った。
「本当か? 誰から」
「レイシアさん」
「王宮魔術師団の総隊長から? お前ら西の港から来たのか」
「うん。「〈ウリーサ〉の者ではないな?」って、怖い顔で凄まれた」
「まあ、至極妥当な反応だな」
ロディは小さく息をついて、話を続けた。
「〈ウリーサ〉は東側の隣国〈ロストナイン帝国〉子飼いの魔術結社だ。早い話、この国の王宮魔術師団や王国騎士団と似たような立場だが……大きく違う点が二つ。一つは、他国への侵略が制限されている俺達とは違い、積極的に侵略可能な、帝国軍としての側面が色濃いこと。そしてもう一つは、非道な連中ってことだ。奴等の目的は俺達の領土の占領……なのだが、やり方が惨い。今まで、奴等の攻撃で幾つ街が焼かれたか、計り知れない」
ロディは苦々しく顔を歪める。野性味溢れる男には似合わない、悲壮な表情だった。
「資料を見た限り、お前ら出身は確か、〈リステイン村〉だったな。数年前までは、西の港から〈リステイン村〉まで出てる船もあったんだが……〈ウリーサ〉の活動が顕著になってから、〈リステイン村〉を代表とした小村なんかは〈渡航厳化政策〉で弾かれちまった。〈ロストナイン帝国〉が東側とはいえ、西側から攻めてくることも度々あったからな。国を守るためには、必然の政策だ。お陰で、こっちに来るまでに苦労しただろうが」
「いや、そんなことないよ」
いいえ、めっちゃ苦労しました。
ただ、ロディの説明を聞いて、これは仕方のないことだとは思った。
あれだけの巨大な港。どの船に紛れて〈ウリーサ〉の連中がいるかわからない。それで侵入を許してしまえば、大勢の人々がいる港全体がパニックに陥ること請け合いだ。収拾が付かなくなるのは、国の防衛に支障を来す。
「まあ、とにかくだ。俺達は〈ウリーサ〉の連中から市民を守れば良い。主な守備範囲は東の国境付近。西は王宮魔術師団がやってくれるから、無視しろ。つーか、西には行くな。向こうの総隊長殿がうるせぇからな」
「レイシアさんが? そういえば、確かに王国騎士団を嫌っているようなそぶりを見せてたけど……何か事情があるの?」
「あぁ、それはだなぁ……」
バツが悪そうに頭を搔いて、ロディが何事かを話し始めようとした――そのときだ。
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