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9.初めての戦闘

澄み切った空気はどこまでも遠くを見通し、空高く飛ぶ鳥の鳴き声がまるで俺の門出を祝福しているようだ。右手に短剣、服の腹には鹿肉3つ。腰に小袋1つをブラ下げてニルヴァルナはまだ見ぬ街へ向けて足を踏み出す。俺のいた村はグレイブフルム大陸の中央西にあるマグドリア王国北の北。一番北の端っこだ。大陸の西ではなくて中央西ってことはまだ隣に国があるはず…ここは信じて歩くしかない。


(…しかし2,3歩ごとに全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)を使いながら歩くのは想像以上に厳しいな…)


歩くたびに索敵魔法を張っていけば多少の警戒にはなると、自分を中心にたったの1m(前方には50cm)しか有効範囲のない魔法をひたすら使いながら歩く。洞穴では気にならなかったが1回使うのに3、4秒ほどかかるのももどかしい。


南西方向は緩やかな上りの傾斜になっているのでゆっくりと一歩一歩を踏みしめるようにひたすら歩く。途中で冷えた体を暖めるのに焚火 (キャンプ・ファイアー)を使って休んだのも重なり、結局出発の日は朝から歩いたのにたった2kmしか移動できなかった。脳裏に浮かぶ全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)でできた道を見ながら焦燥感に苛まれる。


(この魔法…線の形になってよくわかるが、警戒だけじゃなくて1日で歩いた距離や方向も分かるな…)


今のとこライン上に何らかの敵対するモノはいない。今日1日で2km歩いたということは凡そ4000回ほど魔法を使ったのだろう。魔法の使用時間だけで4時間半。休憩は1時間はしただろう。冬の日照時間を考えると足を動かしたのはどれほどなのか…せめて他の魔法とおなじように前方に展開することができれば少しは楽になるのだが。


明日も同じようにして歩くかかなり悩ましいが距離はまだしも方向は惜しい。北を向けば世界竜が住むという山脈はあるのだが「迷っていない」と確信が持てるのはたった1日にして希望になっているのだ。


出立の日から3日後、懐の肉もついにあと1つとなりニルヴァルナは一旦洞穴に戻るか真剣に考えていた。すでに村からはかなり遠い。初日こそたったの2kmだったがあれからもう14kmほど南西に移動している。なぜ正確にわかるのかというと1日の終わりに焚火 (キャンプ・ファイアー)を全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)の上に置いておいたのだ。当然探知されて目印になるので次の日はそこから距離を計測していた。


と、その時後方に6体の敵性反応が出た!数から考えてゴブリンかフォッグウルフだろう。俺の歩いてきた「道」を辿るようにこちらに向かってきている!


魔物とはいつかは絶対に戦わないといけない、むしろ今後も積極的に「狩って」経験を積んでいきたい。大丈夫、うまくいけば無傷でいく作戦は考えてある。位置的に魔物達はあと数分で来るだろう。


恐怖で足が固まり腕が震え全身が硬直しそうになるのを必死で押さえつけ、急いで周囲に木がないことを確認する。心情的には太い木を背にしたいところだが、後ろに避けることができなくなるのが怖いし作戦上後退できないのはまずいのだ。ニルヴァルナは自分を中心に10m分全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)を張り、狼の動きをすこしも見逃さないよう正面を向き息も少なく魔物が近づくのを待つ。


(先行して2体…右側が少し突出…そのすぐ後ろに1体、少し離れて最後尾に3体…移動速度がかなり速い…!これはフォッグ・ウルフだな…)


遠くから6匹の狼が2:1:3の陣形を維持したまま疾走してくる。近づいてくるほど命の残り時間が消えていくようで心臓の動悸がどんどん早まっていく…もうすぐ姿が見えるはず…!


「…来たっ…!ぅぇあ!はやっ…ヤバッ!」


視認してつい声をあげるが、その僅かな間で一気に詰められる!24本の足が雪を蹴り飛ばしながら真っすぐにニルヴァルナの元へと駆けてくる!


(むむむむムム無理!むりむりムリりムリ!待てマテマテマテ!とまっとまれとまれちょっととまれ!)


最初に頭の中で考えていた作戦はすべて吹き飛んでしまった!あと数秒で詰められる!狼狽したニルヴァルナは地面に尻もちをつく。その隙に先頭のうちの1体が飛びかかってきた!鋭い爪がニルヴァルナの腕をざっくりと切り裂きながら逃げられないように胸を押さえつけて圧し掛かり、先行していた残りの1体と少し後ろを走っていた1体は横に移動し三方から囲むように密接してくる!


勢いによってそのままニルヴァルナは後ろに倒れ込み、狼が放つ殺意の眼とその後ろに広がるどこまでも澄んだ青空が目に映った。


「止まれ!!!」


無我夢中で叫ぶ!すると呼吸が止まるほど強く押さえつけてきたフォッグウルフは、顔を少し横に傾けて口を開き喉元に食らいつく姿勢のまま動きが止まった!両側から覗き込むようにしていた2体も同様だ。落ち着く間もなくニルヴァルナを回り込むように後ろに来た3体が目の端に映る!


「りゅ うの す の ほう こう (ド ラゴ ニ ッ ク ・ サン ダー)!」


今まで頭の上に出すなんてしたことはないが動くことができない!何故かゆっくりとしか動かない口を必死に動かし魔法を発生させる!喉が枯れるほどの大声で叫ぶと頭上後方から幾十幾百もの雷が落ちているかのような轟音が響き渡り1体の魔物が巻き込まれ、2体が警戒して一気に後ろに飛び下がる!


(…くるか?来るのか?…いいぞ!来いよ!雷に焼かれろよ!)


俺は仰向けに倒れている。胸の上にはフォッグウルフ1体、その両脇に固まった2体。そして頭上後方には放電させながら渦巻く雷の巣とそこに巻きこまれ体から煙吹く1体。左右に5mほどの距離を置きこちらを警戒するようにうろつく2体。


硬直状態になった途端に切り裂かれた腕が熱く痛みだす。脈打つたびに血が溢れ出てくる。上に乗られたフォッグウルフの重みに浅い呼吸しかできずに息苦しい。このままでは失血死するだろう、早く怪我を治さないと死んでしまう。


どうせ雷で近寄ることができないんだろ?襲い掛かるにしても去るにしても早くしてくれ!一瞬でも気を抜くとそのまま意識を失いそうになるのを必死に堪え、2体のフォッグウルフに頭をゆっくりと振り睨みつける。思い通りに動けない…これはまず間違いなく時を止める魔法の影響だろう…。こちらを旋回しながら観察していた2体は、しばらくすると体勢を低くし全身に力を籠め飛びかかってきた!


(はぁ?マジで来るのか…?目の間にすげぇ雷あるだろう!仇討ちに頭に血でも上ったのか?)


今も轟音立てて四方に雷を放つ1mの球体をまるで何事もないかのように一息で迫るフォッグウルフ2体。当然の如くそのまま全身を雷に貫かれ感電によって胴と四肢そして首をまっすぐにのばしたまま固まり絶命する。


魔物っていうのはもしかして恐ろしく知能が低いのだろうか…?一番最初の焚火 (キャンプ・ファイアー)で死んでいたゴブリン2体の時もだ…前に検証した「可能性その1.驚くことにこの世界のゴブリンの知能は虫以下である。」が現実味を帯びてきたぞ…不可解な思いはするが6体の魔物を倒せたのは大きい。怪我を治して肉を取ろう。あとできれば魔石も取っておきたい。街に付いたときに換金するのだ。


ニルヴァルナはひとまず竜の巣の咆哮 (ドラゴニック・サンダー)と止まる魔法を分解する。耳をつんざく音は消え静かになった。同時に空に釘付けされたかのように動きを止めていた胸の上の1体が倒れ込んできて、その重みで余計に身動きが取れなくなる。


(…うぅ…ダメだ…まずは回復だ…)


戦いが終わって体から一気に力が抜ける。痛みと流れ出る血で思考が遠くにいきかけるがこのまま眠ったら失血死一直線。それで終わりだ。この死んだ魔物も復活しないよな?頼むよ?と祈りつつ魔法を使う。


「…天使の、治…癒 (エン…ジェ、ル・ヒー…リン、グ)」


朦朧としつつ口にすると白い光の翼が現れ光の粒子が舞い降りる。切り裂かれた腕から流れる血が止まり傷が塞がった。魔物が生き返る様子はない。助かった、これでひとまず大丈夫。胸の上に乗るフォッグウルフを「空間収納 (スペース・ストレージ)」で一旦収納し、起き上がってから「取り出す」と雪の上に置いておく。


ふと、これで地面を削り空間を作ることはできるのだろうかと思い、半球だけでるように魔法を使ってみるが。闇のような真っ黒な球の為、うまく穴を空けることができたのか分からなかった。「分解」しても元のままだったので恐らくダメだったのだろう。俺の認識の問題だろうか。右腕を目の前にもっていき破れた服を見やる。


切り裂かれた右腕は治ったが服は戻らない。もともと鹿の解体時に返り血で酷いことになっていたが、さらに血が重なり凄惨な状態になっている、まぁ着替えがないのでそのままだ。大きく深呼吸すると少しだけ戦いを振り返る。


正直言って舐めてたと言わざるを得ない。当初は迫ってくる魔物に対して「飲み水作成 (ミネラル・ウォーター)」で衝撃を止め、水に溺れたところを「竜の巣の咆哮 (ドラゴニック・サンダー)」で倒す予定だった。頭の中では次々に襲い掛かってるく敵に対して後ろに下がりつつ、これを連続して使えば無傷で殲滅だって不可能ではないだろうと信じていた。実際にはあまりにも素早い魔物の速度に目を取られ、慌てて使った即興の魔法で事なきを得たのだが。


(というか時を止める魔法だって!?完全に失念していたがそういう理不尽な魔法もイけるのか…?それなら射程の短さや有効範囲の狭さでもなんとかなるかもしれない…!)


希望が湧いてくると共に冒険者になって魔石と素材を次々に集め美味しいものを食べる未来を夢想する。年齢的に孤児院しか選択肢がないかもしれないし、それも無理でスラムに住むことになるかもしれない。それでもお腹いっぱい美味しいものを食べて将来は学校には行きたいのだ。現状知識が足りなさすぎる。できれば一刻も早く冒険者になりたい。


ニルヴァルナはその辺りに放り出していた短剣を拾うと解体作業を始める。肉はどうせそんなにたくさん持てないから適当に切る。フォッグウルフの魔石は胸の辺りにあるのは分かっている。村にいたときは唯一まともに口に入る肉だったので楽しみで解体するところを見ていたのだ。相変わらず錆びた刃は切れ味が悪く、皮に突き刺しつつ引っ掛けてノコギリのように押し引きしながら必要な分の肉と魔石を取りだす。腐りかけの柄も動かすたびに少しずつ崩れていって手が真っ黒になる。


…感電した魔物は筋肉が固くなって所々炭化いたので魔石だけ取り出すが随分と時間が掛かってしまった。時を止める魔法で死んだフォッグウルフから持っていけるだけの肉、1週間分ほどを切り出すと血抜きになるかは分からないが「飲み水作成 (ミネラル・ウォーター)」でできた直径1mの水の球に漬けておく。


(さて、早速さっきの魔法に名前を付けよう…そうだな…)


ニルヴァルナは前方に手をかざして、呟く。


「悠久の爆心地 (クロノス・ゼロ)」


魔力は減るが見た目には何も変わらない。感覚としてそこに何かがあると分かることもなく、「焚火 (キャンプ・ファイアー)」で熱が漏れるように「悠久の爆心地 (クロノス・ゼロ)」の周囲では時の流れが遅くなるのか自分の動きがゆっくりになったので成功したのだなと判断するしかない。影響範囲を考えると大体球から2mほどか…


少し離れて小石をいくつか投げてみると球の表面付近と思われる個所でそのまま空に停まる。なんか強力な瞬間接着剤みたいだ…しかし使うと自分も動きが遅くなるという欠点はあるものの、これは強力な武器になるだろう。遠くの攻撃を防げるし至近距離でこれを使えば一撃だ。腕を伸ばしてそこから50cmの距離に1mの球を発生させると考えると最大射程は2m弱(影響範囲込みで4m程)だ。それが俺の間合いということになる。


前後を挟まれたり周囲を囲まれると動きが鈍る分かえって不利になるかもしれない。先出して使っておいてすぐに退いてまた使うという対応でなんとかいけないだろうか…いやこれは最初の作戦の時のように失敗するかもしれない。引き撃ちという考えはやめた方がいいかな…。


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