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8.決心

翌朝目が覚めると焚火 (キャンプ・ファイアー)の周囲にある肉を確認する。表面は乾いているのだが少し押すと指が沈み乾燥している様子がない。いくら熱があっても洞穴の中では風通しが悪すぎるのだろうか、食事用に肉の1つを枝に刺して焼きながら、街への移動について考える。


(肉は大量にあるが持ち運ぶ手段がない、服の中に直接入れても持っていけるのはせいぜい2つか3つだ、あとは水だな…手元にある小袋に入れても1日持たない。まずは収納と水の魔法を覚えよう!)


半日水につけて血抜きをしたにも拘わらず血生臭さの抜けない肉をかじる。今日は雪がちらちらと降っており、枯れかけた苔のある岩に落ちるとゆっくりと水の染みを作り消えていく。雪の降る日の割にはそれほど寒くはない。焚火 (キャンプ・ファイアー)のおかげだろうか。ふと指に小さな痛みが走る。数日前に木のささくれでできた傷に鹿の油が付き疼く。


水や収納も必要だが、大事なことを忘れていた!回復魔法だ!これから魔法をある程度覚え、準備が整ったら道なき道の冬の山を延々歩くことになる。怪我することは必至だ。


ニルヴァルナはイメージを作る。怪我というと前世の記憶的には病院なのだが、できれば一瞬で治したい。傷が一瞬で塞がり、骨折も元通り、なんなら手足を失っても復活するイメージで行こう!


空から天使が舞い降りて羽をはためかせ清浄な光がゆっくりと降り注ぎ、全身にそれを浴びて傷が癒える。体に欠損ができてもその光によって失われた部分が補完され正常に戻す。そんな想像をする。


「天使の治癒 (エンジェル・ヒーリング)」


目の前に白い光の翼が現れ、キラキラとした輝きが優しく宙を満たす。やはり直径は1mほど。これが俺の魔法効果範囲なのだろう。射程50cm、直径100cm、ギリギリ球の端に当てることを考えると射程距離は1.5m。その中に足を踏み入れると、指の切り傷はおろか全身の擦り傷、そして体にこびり付いた垢まで浄化される。


(これは…すごい。怪我だけじゃなく、体まで綺麗にしてくれるなら街に付いたときに商売できるかも…!…しかし服が臭い…)


体の垢は落ちても服の汚れは落ちなかった。自分の体がきれいになると鹿の血や泥、そしてまともに洗ってない服がかなり臭い。渓流で洗濯したいが代わりの服を持っていない上に今は冬。裸で洗える季節ではない。綺麗になった分余計に気になる服の汚れの気持ち悪さに辟易としつつ、次の魔法を思案した。


(あとは水と収納にできればとっさに防御と攻撃両方できる魔法がほしい。)


竜の巣の咆哮 (ドラゴニック・サンダー)は威力だけならこの辺の魔物は倒せそうなのだが「止める力」に期待できないのが残念だ。例えばフォレスト・ボアが突撃して来た場合、感電したままこちらにぶつかってくる恐れがある。


金属の固い壁…チタンやタングステン、カーボンで、といきたいが前世でも身近になかったのでここは鋼でいく。この世界ならもっと強い金属もあるかもしれないが、あいにく貧乏農村にはそんなものはなかった。構造は単一の1枚の板ではなく衝撃に強い作りのハニカムだ!ここも本当は戦車や潜水艦、あるいは核シェルターの構造なんかを模倣したいところだが、知識にないので諦める。段ボールにも使われるおなじみのハニカム構造で満足するしかない。両手を突き出し鋼でできたハチの巣を強くイメージする。直径1mの壁なら強固な防御手段になるだろう!


「鋼でできたハチの巣の壁 (スティール・ウォール)!」


勢いよく叫んでみたものの(叫ぶとうまく出そうな気がするのだ)魔力だけが減り何も発生しなかった。昨日寝る前に使った魔法と同じだ。昨日は四方八方へ飛ぶ銃弾を出せなかった。今日は鋼の壁。…もしかして金属は出せないのか?まだあと数回は魔法を使える。念のため検証しよう。


岩の上に適当に放り出された錆びの酷い短剣を手に取り、指で軽く叩いたり軽く振ったりしてよく確認をする。そして目の前にかざしてすぐ横に同じ刃物をイメージする。


「短剣作成 (クリエイト・ダガー)!」


一瞬、ほんの一瞬だけ、砂のように細かい粒が短剣の刃を形作ろうとしてそのままあっさりと散り空に消える。やはり魔力だけ持っていかれて発生しない。金属はダメなようだ。魔法が発動しない。では土はどうなのか?岩は?試してみるが同様に一瞬何かできそうになってそのまま霧散してしまった。もう魔力が残っていないので先ほど使った天使の治癒 (エンジェル・ヒーリング)を分解して少し魔力を補充する。


(俺はあれかな?土属性とかそういうのが使えない感じなのか…な?)


この世界の魔法に属性があるのかはもちろん分からないが、あえて分類するなら今のとこ火と雷、あとは探知と回復は属性不明だが使えることになる。当然全く違う理由で使えないことも考慮しなくてはないけないが、これは「街」にいってある程度生活が安定する目途が経ってからだろう。


少し休憩がてら外の様子を見に行くと、本降りになった雪は大地と森に新たな白い化粧を施していた。風がないため見た目よりは寒くない。木の根の穴からの移動時は一応気をつけて歩いてきたが、鹿肉を切り分けるときに何度も往復し多少は残っていたであろう足跡もこれでさっぱりと消えてくれるだろう。しばらく渓流に溶けていく雪をボゥ…っと眺め、寒さが気になり始めたころ洞穴の中へ戻る。


(次は収納…いや水で行こう。川沿いに移動できるか分からないし、水が使えないと相当キツイものになる。)


正直収納魔法には期待できない部分もある。全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)の前例があるので魔法自体が使えてもその場で収納するだけ、別の場所で取り出すことができない可能性が高い。


と、その時ちょうど昨日一番最初に張った探知魔法が消えた。細かい時間は分からないが大体丸1日24時間で効果は切れるようだ。しばらくしてから次々と効果が切れ始めたので昨日と同じように洞穴とその周囲一帯に張りなおす。この魔法は魔力消費が殆どないのがありがたい。


(さて、水の魔法いくか。まぁ飲み水だし何でもいい。目の前に流れる渓流でも樽を満たす水でもいいだろう。なんならお風呂に溜まった水でもいい…そうだな、ミネラルウォーターにしよう前世ではフランスから輸入される軟水を良く買って飲んだものだ。)


「飲み水作成 (ミネラル・ウォーター)!」


目の前50cmほどの位置に直径1mほどの透明な水の球が発生する。1mというと大したことないように思えたが波一つたてず隙間なくみっちりとつまった大きな水球は実際に目の前にあるとなかなかの迫力だ。コップはないのでそのまま口をつけて1口飲む。無味無臭ただの水。樽にある水や渓流の水は普段は気にならない程度にも味が匂いがあるのだが、この水は全くない。ミネラルウォーターというより混じりっけなしの純水といったところか。


(この魔法…壁の代わりになるのでは?少なくとも突進されても勢いはだいぶ抑え込むことができるだろう…、違う名前にしとけばよかった…)


とはいえ、一度使うとどうにも魔法のイメージが固まってしまい別の名前を付ける気がしない。モヤモヤするが仕方がないのでこれも一度分解し魔力に戻す。


感覚的なので曖昧ではあるがいま俺が使える魔法は現時点で4、5回、魔力に戻す前提なら8回くらいは使えそうだ。最初に魔法を使ったときに比べれば格段に使用回数が増えている。今後も増えることを考えると魔力消費はあまり考えなくてもいいかもしれない。


(明日収納の魔法を試して、それから街に向かって移動するか。)


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次の日になり昨日とおなじように肉の乾燥具合を確かめると、表面は完全に乾燥され指で押してもあまり沈まない。1つを手に取って焚火 (キャンプ・ファイアー)で焼いてから口に入れてみると、乾燥しているせいかかなり歯ごたえがあり何度も咀嚼しないと飲み込めない。しかし血の匂いはだいぶマシになっていた。こんな物かと思いつつ今日の予定は収納の魔法だ。これを試してから移動を開始する。


その前に便意を催してきたので外に出ると昨日降り始めた雪は一層強くなり、風も出てきて吹雪いてきている。正直今日移動できそうにない…むしろこれから冬山を横断して南西の街に行くならこの風をどうにか対処しないと遭難するだろう。


ちなみに南東は目指さない。俺が生まれて3年間、冬の風は東から西に吹くことが多いことを思い出したのだ。ただでさえ辛い旅になるのに向かい風の中を強行して歩く気が起きない。


洞穴の中に戻るとしばし体を暖め昨日の続き、収納魔法の検証を行う前に全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)を張りなおす。1日で消えてしまうので重ね掛けだ。面倒臭いとも思うが移動するときには1mごとにこの魔法を使うと決めているのでその練習も兼ねて張りなおした。


作業を終えると洞穴の奥のほうへ移動し収納魔法を試す、


(そうだなぁ…無限に広がる宇宙に空間が繋がって…いやこれはマジで宇宙に繋がると死ぬ。宇宙はやめよう宇宙は…。どこまでも広がる四角い箱にしよう…いくらでも入る広大な何もない空間…)


何もないと言っても先日も焚火 (キャンプ・ファイアー)を打ち消そうとしたときのように完全な無を想像することはできない。延々と地平線まで続く白い空間をイメージする。


「空間収納 (スペース・ストレージ)!」


白い空間のイメージに反して全てを飲み込みそうな真っ黒な闇が目の前に生まれる。恐る恐るひと塊の肉を掴みそっと差し入れると、フッ…と肉の塊は無の中に消えていった…これで収納されたのだろうか?指先を恐々と闇に付けると脳裏に鹿の肉塊が浮かぶ。収納はできたみたいだ。思い切って手を入れ、取り出すイメージをすると肉の重みを感じ取り出すことができた。闇の中はどうなっているのか好奇心が疼くが怖いので顔を入れるのはやめておく。


さてこの魔法は当然1日で消えるのだろう。消えたあとは中にいれたモノはどうなるのか。そして別の場所で空間収納 (スペース・ストレージ)を使った場合に「取り出す」ことはできるのだろうか。そのためにわざわざ奥まで移動して使ってみたのだ。今度は入口の方へ移動しもう一度空間収納 (スペース・ストレージ)を使用する。


最初に使った魔法と全く同じ真球の闇が浮かぶ。見た目が全く同じなのでもしかしたら洞穴の奥で収納した鹿肉がこっちで取り出せるかも?と淡い期待を込めて手を入れるが脳裏には何も浮かんでこない。もう一度奥に戻り最初の闇に手を入れるとしっかりと鹿肉が脳裏に浮かぶ。


(やっぱ別々の収納空間になってるなコレ…使い勝手が悪い…)


これでは肉の大部分はここに捨てていくしかないだろう。道中どうにか食料を確保しないといけない。どうせ1週間分くらいしか持っていけないからギリギリまでここで魔法の練習をするか?とニルヴァルナは少し弱気になるが、それをすると余計に危険になるのだ。冬は始まったばかりでここで2か月近く待つと本格的な冬になりますます移動が困難になる。少しでも状態の良い今のうちに出立したい。


(あとは風だ。風を防ぐ魔法を試さないと…風にはやっぱ風かな?防風用の風。防風風とでも言おうか…)


などと考えながらクルクルと時計回りに廻る筒状になった風をイメージする。筒状なところがポイントだ。どうせ直径1mになるのだから連続使用して筒の端と端を接続し、その中を歩けるようにする予定だ。


実際どのくらい防げるのかを試すために一度外にでて渓流のすぐ傍まで移動すると、強い風に煽られて体が傾く。吹雪が酷くなると体がもっていかれそうになるな…と思いつつ、魔法が使える世界なのだ。どうせならいるかどうか分からないが風の神様にでも守ってもらうイメージも追加しよう。風の神様が気流でできた両手を筒の形に組み、俺を包み込むイメージをする。


「風神の慈悲の手 (チューブ・ウィンドブレーカー)」


口にした瞬間、目の前に降る雪と足元のゴツゴツした岩が俺の使った魔法で豪快に弾き飛ばされる!想像通りの大きさにしっかりと筒の形をしているのだが回転する風の勢いが半端ない!台風どころではなくうっかり触れたら風に巻き込まれて地面に体を打ち付けて死ぬだろう。そして筒状なので足を踏み入れることができない。地に足をつける前に風に触れてしまう。なにより魔力が普通に持っていかれるので連続使用できない。昨日よりは使用回数は増えたが分解しながらでも十数回使ったら打ち止めだろう。


(こりゃだめだ…日に日に魔法の使用回数は増えてるからその辺はそのうちクリアされるかもしれないが、こんなの使いながら移動とか危なくてできない。)


別の魔法を検討しようか?吹雪の間はどこかに退避することも考えるがちょうどいい場所が常にあるとは限らない。しかしいい感じに魔法を使えたとしても連続使用できないのでは意味がないな…いっそのこと今ある吹雪が落ち着いたら移動開始してしまうか…?どうせ山なんだし木々はそこらに生えている。吹雪いたら木の陰に隠れて焚火 (キャンプ・ファイアー)の魔法で身を守る手段でいくか?山を下りるほど少しずつ気温も道も良くなってくるだろう。と信じるか…


その後ニルヴァルナは吹雪の止むまでの数日間、トンネル状に風を作る魔法(筒状と同様に風の勢いが強すぎるのと中腰にならないと歩けない高さだった)や空気を固定する魔法(発動しなかった)、あるいは風の代わりに水を使って、火を使って…等、なんとか風を防げる魔法を試すが悉く失敗した。理由は様々だが主に想定以上に威力が強すぎるのと1mという有効範囲の問題が大きい。


そして吹雪の落ち着いた夜、雲間に見える3つの月を眺める。1年前に文字の勉強で読んだ神話によると、白く輝く月は神々の住まう地、至高の域からこの世界を創生したのだという。


赤黒い月は冥府の門。この世界を滅ぼすために魔界から魔族がやってくるのだそうだ。北の山脈に住む世界竜はこの魔族を対抗するために神々によって精霊の月から遣わされたという。


真ん中で優しく輝く蒼い月がその精霊の月。神様の偉大な御力はこの世界に直接行使すると簡単に壊れてしまう。故に精霊を仲介して奇跡を起こしているのだそうだ。神官や司祭いわゆる聖職者の使う魔法は精霊にお願いして神様からの奇跡を授かる魔法。神聖魔法ってやつだ。精霊に申請するなら申請魔法じゃないのか?なんて昔おじいちゃん先生に茶化して聞いたらとても怒られた。


対して魔法使いの使う魔法は精霊にお願いすることはなく、使用された精霊の力の残滓が魔力となってこの世界に満ち、それを身振りと詠唱で操作して発動させるとのこと。詠唱魔法というらしい。(おじいちゃん先生がいうには)嘆かわしいことに近年は神聖魔法の意義や根本を理解せず、信仰心薄く利便性を求めて魔法を覚える者が増えてきてるそうだ。その最たる者が冒険者だとか。信仰心なくても使えるなら精霊はお願いすれば叶えてくれるお役所仕事なのだろうか?などと思いながら決心する。


(明日、ここを出て街に出立しよう。)


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