7.魔法の時間
翌日は少し感じる肌寒さと共に目が覚めた。昨日の肉体労働のせいかそれともここ最近の心労のせいか、体に残る倦怠感はあるが気分はすこぶる良い。なんせ生まれてこのかた常に心を砕かなければいけなかった問題。食料事情が一気に改善したからだ。
俺の食事量から考えるに1か月どころか2か月分はあるだろう。洞穴の奥に鎮座する切り分けられた肉の塊の山を見ると頬が緩んでしまう。もちろん肉ばかり食べるのも栄養が偏る気はするが、今までまともに食べることができなかったことに比べれば天国のような状態だ。
(ひとまず半日ほど川に入れて血抜きをして、そのあと火の周りに放置して乾燥処理をするか。そういえば渓流には魚もいるんじゃないか?魔法を使って魚も手に入れたいな。)
そんなことを考えながら昨日出した火の方をみると、そこには何もなかった。音も立てず、ただただ揺らめく炎の魔法には永久に続くものではなく効果時間があったようだ。
(焚火の魔法を使ったのは…確か朝少し経ってから…今は昼前くらいか?数時間から1日ちょっとの間に消えたことになる。もう少し正確に知りたいが24時間徹夜で見るのもつらいなぁ)
ひとまずもう一度焚火の魔法を使って昨日と同じ場所に炎を出しておく。魔法を使うとやはり何かがごっそりと抜けるような感じはするが昨日よりもさらに少ない。恐らくあと1、2回使えるのではないだろうか。魔法は毎日使うと誓ったしできれば限界まで使っておきたい。今日中に最低もう1回は使うことを心に決める。
今日の予定は血抜きと乾燥処理だ。日はすでに昼になっているので夕方くらいまで水に晒しておこう。肉の塊を流されてしまわないように川の中へと沈めていく。その作業を終えると昨日焼いた肉の残りを食べる。冷えて固まった肉は匂いこそ少しマシになったが矢張りおいしいとはとても言えない。
(血抜きで少しはマシになるといいんだが…あとは今後のことだな…)
正直に言ってもう村に戻るつもりは一切なかった。食料が手元にあるから忍び込む危険を冒す必要はない。村で救援を待つにしてもバルムンド達がいる以上戦うしかない。そして運よく勝てたとしてもそれからどうするのだ。備蓄庫の食料を手に入れてどうする?救援を待つのか?ラルグが食料を持って村に来た時に老人と子供は全員死んでいて俺一人だけが生き残っているなんて説明のしようがない。
(村に関してはもういい。大きく遠回りして南西か南東に行ってどこかの街に行こう。…そう…街だ!村じゃない町でもない「街」に行く。言葉の違いは良く分からないがとにかくある程度文化的な場所だ!そこに行って孤児院に入ろう。それで大人になるまでは安泰だ。最善手は冒険者になって自分でお金を稼ぐことだが、3歳の子供が冒険者になれるとは到底思えない。いや…いやいやいや弱気はだめだ…行けるのかもしれない…3歳で冒険者。前世の記憶だと3歳なんて本当にただの何もできない子供だがこの世界ではもしかしたら生まれた時から冒険者になることだってできるのかもしれない。先入観に囚われて可能性の芽を摘んはならない。)
将来の計画として街に行くことを決意すると、次に魔法に関して考える。いまだに魔力?という感覚がまったくないが、恐らく強くイメージさえできれば使える。口に出すとなお良い。差し当たって今必要な魔法は索敵と能動的な攻撃手段だ。この2つがあれば食料を持って移動できる。鹿丸々一頭分の食料を運ぶことを考えると荷物を収納する魔法も欲しい。
まずはこれらを検証しよう。最初は…索敵からだな。魔物が怖い。すぐ外を流れる渓流と、時折響く鳥の鳴き声に心を癒されながら洞穴の入り口に向けてあぐらをかいて座る。
(索敵魔法で直接敵性のある魔物を探知できればいいが…敵性っていうとなんだ?俺に攻撃しようとする意志のある生物及び物体ってところか…見えるのはレーダーみたいな感じがいいな。平面じゃなく半球、いや全球で地面の下からの危険にも備える!)
完璧だ。完璧すぎる!索敵魔法が使えれば逃げるもよし、勝てそうなら殲滅するもよしだ。早速索敵魔法をイメージして、そうだな…名前はこれにしよう。
「全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)!」
ニルヴァルナの中心から薄い緑の球が発生し広がり拡散していく。同時に意識の片隅に薄い緑の全球が浮かび上がってくる。周期的に球全体に検知の波が流れ探知してるのが分かった。今は敵性のある存在がいないため何も反応がないが、きちんと足下にある岩の中まで探知しているのが分かる。
(これはすごい…!こんなの遠くの敵どころかどこに潜んでいても丸わかりじゃないか!攻撃手段さえ手に入れれば全周囲が俺の射程になるぞ!魔力だってほとんど減っていない…常時使えるし最高だ!……ただ1点を除けばな…っ!)
そう、この魔法の最大の弱点。それは有効範囲だった。ニルヴァルナの周囲を確かに探知しているが範囲はへその少し上を中心として半径50cm。たったの50cmだ。隠れるとか遠くの敵が分かるとか以前に目と鼻の先までしか探知できない。地面の下や真後ろも「視える」のだが、上下の方向は1mには届かないニルバルナの身長を考慮すると数センチ分くらいしか探知できていない。背後からの不意打ちには対処できるだろうか?50cmの距離で気が付いたところで奇襲を防げる気がしない。ほぼ気休めだろう。
無いよりはマシ…なのか?と疑問に思いつつも試しに少し歩いてみる。するとなんと2,3歩の時点で索敵魔法の範囲外に出てしまった。魔法が消えたわけではない。頭の片隅にはまだ全球のレーダーが映っている。つまりこの魔法は使った場所を中心として半径50cmを索敵する魔法なのだ。てっきり自分を中心にして索敵範囲も移動するのだと勘違いしていた。
(入口なんかに使っておけば監視カメラの代わりにはなるか?なんか思ってたのとだいぶ違う気がするが…)
使い道はあるのだが、移動時に索敵をしたかった。もう一度しっかり色々な光の流れを織りなす魔力を周囲へ拡散し広がるイメージをして使いなおす。
「俺の魔力よ!なんかこぅ…広がって敵を探しだせっ…!全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)!…っあ!ついでに俺が移動すると一緒に動く感じで!」
最後の方は少し早口になったが、魔法を使う。先ほどと同じように緑の薄い膜のようなものが体の中心から発生し広がる。やはり焚火の魔法のように一気に何かの力を持っていかれるということはなく少し抜けた程度で済むが、結果は同じく歩いても全球は動かずその場所に残る。そしてニルヴァルナを中心に広がった半径50cmの新たな球は、先に作った緑の球と10cmほど重なり、縦方向に2m弱の楕円形になる。脳裏に映る全球レーダーも同様だ。
(ふむ…つまり延々と全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)を使いながら歩けば、俺が通った場所限定で後方に対してはそれなりに索敵ができるんじゃないだろうか…ひとまず今日もここに泊まるし、洞穴の中と入り口付近をこの魔法で埋めてしまおう。)
ニルヴァルナは歩き回りながら洞穴の中、入り口、すぐそばを流れる渓流と次々に索敵魔法で埋めていく。効果時間が長いのと魔力をほとんど使わないのがこの魔法の利点だ。使いまくらない理由はない。一通り周囲を埋めると、周期的に走る探査で2か所に敵性反応の緑のシルエットができる。焚火の魔法と渓流の川だ。
(焚火の魔法はある意味期待していた。渓流が引っかかったのは溺れたら死ぬからか。意外だったな…これ何を基準に「敵性」を判断しているんだろう?イメージは「攻撃される意志」なんだが川に魔物でも潜んでたりするのか?)
そういえば焚火の魔法にもちゃんと名前を付けたいな…囲炉裏の下でパチパチする焚火だしボーン・ファイアーとでもつけるか?いや野外で使うしキャンプ・ファイアーにしようかな…よし!焚火の魔法よ!お前は今日からキャンプ・ファイアーだ!分解は…分解の方は前世での英語が分からないしそのままでいいか…。
魔力はまだまだ残っている。焚火 (キャンプ・ファイアー)の魔法だって1回は使えるだろう。次は攻撃する魔法が欲しい。
ふと、もうすぐ夕暮れになりそうなので川のほうへいき様子を見ると魚が数匹沈んだ肉をつついていたので思わず手を突き入れ掴もうとする。するりとすり抜けて体を左右に振りながら岩の陰へとあっさり消えてしまった。…焦ったとはいえ魚を手づかみとかさすがに無謀だった。雪の溶け込んだ水が冷たい。
溜息と共に沈めた肉を引き上る。多少は血が抜けたのか肉の色は少し薄くなっていた。美味しくなりますようにと願いながら焚火 (キャンプ・ファイアー)のそばに積み上げ乾燥させる。
(さて、攻撃魔法だが…出来るだけ速度があって威力もあり、当然射程が長いのがいい。あ、あと連射もできるといいな。)
そうすると火の魔法はだめだ。威力は強そうだが速度がイマイチな先入観がある。魔法はイメージだからきっとそういう風になってしまうのだろう。一番いいのは機関銃から全方位に向けての機銃掃射なのだが、この世界になさそうなものをイメージすると全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)みたいに思っていたのと違う魔法になる気がする。ここはやはり一瞬で長距離を打ち抜き威力も高そうな雷で行こう!
前世の記憶にネットで見たちょうどよいイメージがある。南米のどこかにある夜の湖、上空を覆いつくす黒雲から数多の雷が走り、そこから1本の白い雷が落ちる写真だ。狙いをつけやすくするように右手を前に突き出し、洞穴の入り口から渓流の向こうへ広がる森に向かって放つ。
「竜の巣の咆哮 (ドラゴニック・サンダー)!」
瞬間、山全体に響くような轟音と共に手の平から真っ白な光が打ち出された!想像を絶する圧力を感じ、体から一気に力が抜ける。放電現象のようにバチバチと四方へ光の枝を伸ばし全身を包み込むほどの大きさの円を形作ったソレは、突き出した手の平から50cmほどのところでその進行を止めている。
轟音をさせながら止まることのない雷の嵐に内心驚愕するが、それはニルヴァルナにとって残酷な事実を物語っていた。
(もしかして…魔法ってこんな射程しかないのか…?それとも…俺だけがこうなのか?全球探知網 (グローバル・レーダー・ネットワーク)の有効範囲が異様に狭いのも同じ理由なのか?)
これでは遠距離から魔物を打ちまくるなんてとてもできない。他の魔法を試そうにも今日はもう魔力がなく、次は発動する前に意識を失うだろう。いや、魔力を戻す方法はあるか。
(分解。)
幾筋もの光の帯の魔力が織りなし、竜の巣の咆哮 (ドラゴニック・サンダー)となり、それをまた元の魔力に戻す。そんなイメージでした結果、魔力が完全に戻った感じはしないがそれでも半分くらいは力が戻るのを感じた。あと1回くらいはいけるだろう。ためしに機銃掃射もやってみよう。これで50cmの距離で銃弾が止まるようならもう確定だ。他人はどうなのか知らないが少なくとも俺の魔法の射程は極端に短いということになる。
気を取り直し機関銃から連射される銃弾が全てを穿つイメージをする。銃そのものは必要ない、必要なのは真っすぐにどこまでも遠く飛ぶ何十、何百の連射される銃弾だ。
「打ち出される鈍色の狂気の嵐 (トリガーハッピー・パラダイス)!」
叫ぶとともに竜の巣の咆哮 (ドラゴニック・サンダー)の時のように魔力を一気に失う。よろめいて倒れそうになるが足を踏みなおして耐えた。が、しかし、洞穴中を弾痕だらけにするかもしれないという期待と、それで崩れたらどうしようという不安に反して何も起きなかった。ただ魔力を失っただけで1発の銃弾すら出ていない。
冷たい夜風にのってひとひらの雪がニルヴァルナの頬にかかる。叫んだ魔法の名称が遠く山にこだまするのがl聞こえた。
何故魔法が発生しないのか?何か条件があるのだろうか?…もうそのまま岩に寝そべって眠りにつきたい。いいじゃないか。魔法は打ち止め。肉も乾燥中、今日の予定はすべてこなした。