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5.揺れる炎

ニルヴァルナがゆっくりと意識から覚め、最初に感じたのは右半身を濡らすグッショリとした感触だった。


横になっていたせいか右腕が少し痺れている。穴の中が狭いため、モゾモゾ動くと水の染みこんだ服が肌にまとわり気持ち悪い。


(顔が仄かに温かい…気がする。熱源でもあるのだろうか…)


あと、少し頭痛がする。風邪を引いた感じはしないがさっき使った魔法の影響か?。起きたばかりで中々開かない瞼をこじ開けると、外はすっかり暗くなっていた。


穴の中から見える木々とそれを覆う雪、シンと静まり返り、虫の音も響かない寒い冬の夜、目の前に瞬く炎の明かりから温い微風が顔に当たる。宙に浮かぶ焚火くらいの大きさの炎は石の上面にかかり、周囲の雪を溶かしてニルヴァルナが籠る穴の中へ、細く小さな川の跡を作っていた。


火で溶けた雪はすでに乾いていて、ただニルヴァルナのいる木の根の穴に溜まった枯れ葉は距離が離れている為かグズグズになって服に水をしみこませている。


(俺が使った魔法、か…まだ火が消えていない?)


確か意識を失う前は昼過ぎだったはずだ。今はもうすっかりと夜も更けて厚い雲から覗く3つの月が、雪に覆われた暗い森を薄く照らしている。


この分だと少なくとも数時間は延々と魔法の火が灯っていたことになる。魔法というのはこういうものなのだろうか?ひとまずこのままではかなり目立つ。早急に場所を移動しないと魔物が来るかもしれない。


狭い空間で体をずっと丸めていたせいか強張る背中と腰を動かし、穴から這いずり出ようとするが、そこで問題が発生した。


(火が近すぎて出られない…出ようとすると熱い…)


すぐ目の前で明々と燃える炎は、昼過ぎに見た勢いのまま弱ることなくそこに漂っていた。


その距離は50センチほど。上手く火に当たらないように出ることは恐らく可能だが、そうすると自然、炎に近づき、その熱で顔を焼かれ出られない。濡れた枯れ葉と右半身に水の染み込んだ服でなんとか顔を覆ってでようとするが、そもそも身動きがあまり取れない。穴が狭くて芋虫のように体をクネらせることしかできないのだ。


(ううむ…覚悟を決めて一気に出るか?下手に時間をかけて熱に焼かれるくらいなら、思い切って一気に出たほうがいい気がする………ん?…あれは?)


光源の関係で見えにくいが、炎の向こう側に2つほど盛り上がった小山がある。意識を失う前、昼過ぎにはそのようなものはなかった。


子供くらいの大きさで頭髪はなく、深い緑の色の肌をしたソレは、1体は片腕をこちらに伸ばした状態で地面に伏せ、もう1体は仰向けなり、ピクリとも動かない。 間違いない、ゴブリンだ。


(ゴブリンが…寝てる!?…いやそんなワケないよな。呼吸してれば少しは体が動くはず、揺れる光で分かりにくいが身じろぎ一つない。どうみても死んでる。)


ゴブリンがいるのはまだ理解できる。ここはマグドリア王国の北の端の山の中。隣の村まで一週間という辺境だ。いつどこに魔物がいようが不思議ではない。

そして恐らく、木の根元の穴に入って意識を失っている人間、つまり俺を見つけて襲おうとしたのだろう。その結果正面から炎に突っ込んで焼け死んだ。


状況だけ見ればそうみえる。しかし、自分が死ぬようなとこを平気で通り抜けようとするだろうか?


もちろんこの世界のゴブリンの生態は知らない。もしかしたら魔物は呼吸をせず、本当に寝てるだけかもしれないが、これは死んでいると判断していいだろう。


ゴブリンという魔物が前世の漫画やゲームの知識の通りなら、森や平野、山岳、洞窟。あらゆる所に生息し、集団で行動する。繁殖力が強い。武器を使うこともあるし、上位種なら魔法だって使う。そして一部を除いて全般的に知能は低い。もちろん呼吸はする。そんな感じだったはずだ。


ただ、いくら知能が低いたって火を見たら野生動物だって避けるぞ。動物どころか蛇だろうが虫だろうが逃げる。さすがに虫以下の知能だとは思えない。何か原因があるはずだ。


可能性その1.驚くことにこの世界のゴブリンの知能は虫以下である。

可能性その2.ゴブリンは目が見えない。温度も感じない。

可能性その3.目は見えるし、温度も感じるが、人間を見て興奮して炎が目に入らなかった。

可能性その4.このゴブリン達は火を見たことがなく、その危険性が分からなかった。

可能性その5.実はゴブリンという種族は死にたがっている。その手段の1つとして人間を襲い、返り討ちにあうことで目的を果たしている。

可能性その6.ゴブリンの死因は炎ではない。別の何かが原因である。例えば偶然にも2体のゴブリンが寿命を迎えた。とか…


(どれもないな…考えにくい…いや、可能性6の「死因が炎ではない」はあり得るか。もちろん寿命以外の何か別のことが起きたという意味で。)


他にも可能性はいくつもある。ここで考えていても答えはでないだろう。まずはこの穴からでないといけないが、もしこの炎でゴブリンが死んだとするなら、一瞬とはいえ火に接触するのを覚悟して出るのはまずい。火傷どころか致命傷を負うかもしれない。


(火を出す魔法が使えたんだ、今度は火を消す魔法でも使ってみるか?)


だが、それも危険だ。さっき使ったときは意識を失った。次に使ったときに前回同様意識を失ったのでは身を守る術がなくなってしまう。


今回は運が良かったのだ。たまたま魔法を使って消えない炎を作り出し、その火によってにニルヴァルナは守られた。

皮肉なことに今はその火のせいで穴の外に出られないのだが…


そして、この炎がいつ消えるのか分からない。1秒後かもしれないし、1時間後かもしれない。もしかしたら永遠に消えないということだってある。


(このままここに居るわけにはいかないが、どうすればいいのかが分からない…)


答えを出せないまましばらくの間、消えない炎を見つめ続ける。  

魔法で出した炎は焚火のようにパチパチと音を出すこともなく、ただ揺ら揺らと揺らぎ瞬くだけだ。その周囲だけは明るく、溶けた雪の下にある丈の短い草と灰色がかった土が照らされているが、その向こう、森の奥は果てしなく暗く、闇が染み出してくるようだ。それこそ魔物が滲み出てきそうな雰囲気がある。


もしかしたら既に魔物はいて、こちらを見ているかもしれない。火が消えるのを待って舌なめずりをしているかもしれない。そう思うと悪寒が走る。

しかしこのままこうしていても仕方がないのは事実だ。いつまでも出られないのは困るし、穴の中で餓死とか勘弁してほしい。ただ、夜の闇は怖い。


(こんな夜に火を消す魔法を試すのはやめておこう。せめて朝になってから。それまでは一旦待とう。ただ、水に濡れた服をどうにかしたいな…ずっと同じ姿勢も辛い。あとお腹が空いた。喉も乾いてる。水を飲みたい。)


そんなことを思いつつ、どうせ日が昇るまでは何もできないし、するつもりもないのだ。何も考えず唯々時が過ぎるのを感じるのは辛い。ならばせめて体を休めようと目を瞑るが、緊張して寝られない。仕方がないので薄く目を開け、思案する。


目下のところは火だ。現状身動きが取れない唯一の要因。朝になるまでにこの火が消えた場合はすぐに穴から出て移動する。どこに魔物がいるかわからないが、こんな目立ってる場所よりはどこだっていい。


次に、朝まで火が消えない場合は周囲をよく見てよく聞き、魔物の存在を丁寧に慎重に確認する。気配一つだって見逃せない。

魔物が居た場合はどうするか?これは決まっている。殺る(ヤル)しかない。意識を失うこと覚悟で火の魔法を使う。居ない場合は当然火を消す魔法を試す。


では穴から出てまず最初にすることは?


服を乾かしたいし渓流にいって水を飲みたい。魔法の確認もしたい。あとは食料確保だ。村に忍び込む方法を考えなくてはいけない。


(村か…どうするかな。バルムント達にあったらまず間違いなく殺される。魔法は使えるが一回使っただけで意識を失うようじゃ戦うなんてとてもできない。家から包丁でも取ってきて暗殺を狙うか?それも無理だろう、3歳の身体能力じゃぁせいぜい1人2人がやっとだ。全員殺しきれる自信がない。こっそり行って盗むのがいいだろうな…ただ、備蓄庫は見張りが居る可能性が高い。どれだけ食料が残ってるかは不明だが老人だって13人もいる。誰かがこっそり盗むことを警戒してるはず。一番いいのは食料を巡って殺し合いをして全滅していることだが…何せ自分たちが生き残るために落とし穴まで掘って子供を皆殺しにする連中だ。やりかねない。)


ふと老人達の作った落とし穴に違和感を覚える。そう、奴らは襲撃のあった夜からラルグ達がオルト村へ出発する昼までの間に用意しているのだ。これは手際が良すぎる。


(もしかしたら魔法なのかもしれない。俺が魔法を使えるのを知ってるのはおじいちゃん先生だけだったが、他の村人が使えないという話を聞いたことはない。)


ニルヴァルナが焚火をイメージしてイチかバチかで使ったら炎が出たくらいなのだ。おじいちゃん先生以外の村人の誰かが使える可能性だって考慮しなくてはならない。


そうすると、落とし穴は魔法で作ったのだろうか。土の魔法ならきっとすぐにできるだろう。まぁ魔法が使えるならそれで子供を殺した方が早い気はするが、何か事情でもあったのか。


いずれにしても、直接戦闘だけは回避しなくてはならない。忍び込んで食料を盗むのも難しい。備蓄庫の見張り以外にも、そもそも村の中の家々はひしめき合い、道は狭いのだ。門を潜って物陰に隠れながらでも見つかる危険性が高い。


(詰んでないかこれ…詰んでるっていえば生まれた瞬間から詰んでた気がしないでもないが。)


結論の出ない考えで暇を潰していると、遠くから鳥の鳴き声がして夜明けを迎え、朝焼けの光は白い雪を橙色に反射し、キラキラとした輝きが辺りを包み込み始めたのだった。


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