3.脱出
逃げるしかない!そう思った瞬間、出来るだけ音をたてないように、かつ、なるべく早く、集会所から離れる。
子供たちはみな殺され、老人達だけが残った。ここで俺が姿を現しても、どうなるかは結果は見えている。
覚悟を決めろ。きっと大丈夫!俺には前世の知識がある。
老人たちは子供の後処理に集中している。今はひとまず村をでて森の中に隠れる。それしかない!
村を抜け、森の中に入り、木陰に身を潜め、遠くから入口を眺める。
3年間過ごした村だ。その入り口はいつもと変わらない。
修繕され継ぎはぎだらけの開け放たれた門。魔物の襲撃があるたびに、木の板を打ち付け厚くしていった。
門の奥に広がる家々とその中心にある焼けた備蓄庫と煤けた燃料庫。
生まれてからずっとここで過ごしてきた。昨日までそこにいたのに、今は何故か懐かしさを感じる…ことはないな。
…育児放棄の両親のせいだろうか、それとも俺の性根なのだろうか。
どちらかというと、門から広がる家々が口と歯にそして村の中が胃袋に見えてしまう。
中に入ったが最後、生きては出られない。
とはいっても、食料が全くない状態だ。どうにか忍び込んで盗み出す必要がある。もしくは別の方法で調達するしかない。
まずは気を落ち着かせるために、少し休もう。今は昼過ぎ、冬とはいえ少しだけ日もあり温かい…気もする。
門から出た際に雪に足跡がくっきり残ってしまっているので、ここからは慎重に歩いていく。
少し歩き、ちょうど木の根の部分に子供一人が入り込めそうな穴がある。
体を隠すにはちょうどいい。蛇や虫がいたら嫌なので、中をそっと見る。枯れて茶色くなった葉が溜まっていたので軽く掻き混ぜ、中に何もいないことを確認する。
(大丈夫そうだな…)
穴の高さがないので、体を横に倒しつつ背中から体をねじ込んでいく。
「…イッて!」
左手の薬指に木のささくれがひっかかり指から細く血が流れる。ジンジンと痛むが我慢するしかない。その後、申し訳程度に葉っぱを体にかけ、体を丸めて思案する。
これからどうするか…、短期的な問題としては食料と水だ。次に魔物。最後に将来的な事。食料は村に忍び込むしかないか?水は渓流があるから何とかなるだろう。俺の記憶だと川の水は飲まないほうがいいんだが、しかしそもそも村には井戸がなく、川の水を引き込んで飲んでいたからな。今更だろう
寒さは少し気になるが、まぁ大丈夫だろう…昨日襲撃された際に服を着こんでいたからな。このまま寝ても風邪はたぶんひかない。
やはり食料と魔物だ。これを解決しないと俺は死ぬ。村にくる魔物は2,3か月に1回あるかどうかだが、ここは村の外。どれくらいの頻度で魔物が発生するのかが分からない。
せめて魔法でも使えれば…3歳の体では力も足の速度もない。
魔法に活路を見出したいがどうやったら使えるのか、そもそも俺に魔法を使うことができるのかがわからない。
いやいや、俺には前世の記憶がある。俺は3年前に転生した。こういう場合はなにかこう…スキルとかステータスとかが見れるんじゃないのだろうか。…よし…
「ステータス・オープン」
俺は小声で呟く。…何も反応はない。まぁ分かっていた。ステータスを確認しようとしてる村人なんていなかったからな。もしそんな便利なモノがあれば3年の間に一度くらいは見ているだろう…
(魔法、魔法、魔法…何かこう、へその辺りにぐるぐる回る魔力とか、体中を巡る不思議な力とか…そういうものを感じ取るんだ…!)
意識を集中して魔力を感じようとしてみる。先ほど切った指が少し熱を帯びている。あとは心臓の鼓動。それ以外には何も感じない。
(…クッソ!おじいちゃん先生は魔法をどうやって使っていったか思い出せ!確か怪我をした村人に手を添えて、手の甲に魔石を当てて何か詠唱していたな?)
…はっ!まさか魔法には魔石が必要か?それとも詠唱?どちらかが必須だとダメだ。魔石は手元にないし、詠唱なんて誰かに習わないと分からない。
魔法なんて村で使えるのはおじいちゃん先生だけだった。普通に、簡単に、誰でも使えるような代物ではないのだろう。
(くっそ!火の魔法でファイアボールでも使えればバルムンド達とも戦えるし、魔物だって対応できるのに…)
なんとなく、穴の中から目線の先にある石に向かって焚火のイメージを飛ばしてみる。なんで焚火かって?ファイアボールとか見たことないし、火って言ったら囲炉裏の下でパチパチと燃える火くらいしかイメージが湧かない。
と、その時、ボゥッ!という音が鳴り、熱の籠った風が顔に当たると共に石に揺ら揺らと焚火のような炎が上がる。
(ま、まじか…!魔法、使えるじゃん!すげぇっ!つかヤバかった…危うく自分の魔法で顔を火傷するところだった…)
焚火ほどの大きさの炎に当てられ石の周囲の雪が解け蒸気を出す。
雪一面の白い世界に輝く紅一点。これからの俺の未来の灯る小さな希望の光だ。
しばらく感動に震えていると、急速に体から力が抜け俺は意識を失った。