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2.予想外

いつの間にか眠っていたらしい。


木の格子窓から差し込む寒々しい光が瞼の奥に差し込んでくる。樽に持たれながら寝てしまったせいか背中が痛い。


大人たちは車座になり話し合っていた。

その中心にいるのは村長の息子であるラルグ。村長は昨夜の襲撃で亡くなっているので実質的に村のまとめ役だ。


「ンだからな、俺たちの村はもうだめだ。領主様ンとこ行って助けてもらうしかねぇ」


昨日から一睡もしてないのであろうラルグは、赤くなった目をグルリと周囲へ流し宣言する。皆の目も赤く、ところどころ血や泥で汚れている。昨日の襲撃の時から寝てないみたいだ。


まぁそれはそうだろう、心労極まるって感じだし、今後のことを考えると寝ている場合ではないな。といいつつ眠っていた俺は、どうなんだと思ったがまだ3歳なのだから仕方ない。なんといっても3歳なのだ。子供は良く寝るのだ。


「行くのはいいけどよぉ、誰が行くんだ?こんな時期じゃ2週間はかかるぞ?俺はまぁ…飯さえあれば歩けるから大丈夫だけどよ。まずはオルト村にいこうぜ」


村人の一人、猟師のカルティスが言う。オルト村はここから一番近い隣村だ。といっても春でも片道一週間かかるのだが…。

オルト村の土壌はここよりも良く、それなりに山の麓ということもあって畑は広く、さらには小規模の炭鉱があり、冬もそれなりに暖かく過ごせる夢のような場所らしい。


(恐らく領主がいるであろう)町までだって3,4日でいけるだろう。行ったことがないから分からないが。


俺の地理の知識はマグドリア国とオルト村、この2つしか名前を知らない。町の名前すら不明だ。村のみんなは「町」としか言わないからな。

そしてこの村にはまだ名前がない。3年後に正式に領地としてイースロー様とやらの管轄になるまでは「開拓村」という名前がこの村の名前だ。


「もちろンだぁ。どっちみち通り道だ。オルト行ってから領主様のとこに行く。今年の冬はさみぃ。早くいかねーと立ち往生しちまう。オルトまでみんなで行って、そこでしばらく世話ンなるしかねぇ」

「あー、俺はシールト出身だからそっちに身を寄せるよ。前から弟夫婦が爺の世話しに来てくれって言ってたしな。まぁオルトまでは一緒に行くぜ。」

「それなら俺もロックブロウに戻るぜ。あんま良い思い出ないけどな、しばらくは大丈夫だろう」

「俺はシールトだ。そもそも税金免除たってここはもうダメだ。村に戻って肩身狭く小作でもしたほうがいい。」

「俺も…だな」

「俺はロックブロウだけどオルトじゃだめかな?ウィンディがいるしさぁ…」


村人たちがそれぞれに自分の希望を述べていく。

シールトにロックブロウ。新たな地名(村名)だ。どちらもオルトから続く近郊の村なのだろう。そうか、カルティス始めこの村はシールト村出身かロックブロウ村出身が多いのか。新しい発見だ。どこにあるのかはわからないが。


「わかったわかった。ひとまず全員で行くぞ。準備しろ。こんな寒さじゃ墓作るのも無理だからな。死んだ親父やほかの奴らにはわりぃが、このまま行く。」

のっそりとラルグが立ち上がり、首を軽く回す。

「…だけどよ、年寄りと子供はどうする?オルトまで歩けねーだろ。まさか担いでいくのか?」


カルティスが弓の具合を確認しつつラルグに問う。

そうだ、普通に考えて全員で歩いていくのは無理だ。春だって片道一週間かかるんだぞ?冬が始まってこの時期に俺みたいな子供や高齢者は体力が持たないだろう。


「ンなの決まってんだろ。置いていく。もちろん見殺しにするつもりはない。だけど連れて行くのは現実的じゃねぇ。俺がオルトにいったら食料持って戻ってくっからよ、それまでここで耐えてもらうしかねぇな。」


「…そうか…それしか、ないな…」


「考えてみろ、ここに全員分の冬を越す食料はねぇ。このままじゃ餓死するだけだ。歩ける奴は全員でオルトまで行く。それ以外はここで残って助けを待つ。これしかねぇ」

「赤ん坊は連れてくぞ、乳飲ませねーと死んじまうからな」

「そりゃ勝手だが、送れるようだったら置いてくぞ?」

「わかってる。」


まぁ、そうなるだろうな。しかしだとすると、だ。何人が残ることになる?危険があるにしても、歩けそうな年齢というと11歳から60歳手前くらいまでだろう。おそらく40人くらいか。

40人が二週間分の食料を持って行って、残りの29人でそこから助けが来るまで待つ。


うん、このままだと俺は死ぬな。


まぁこうなることは昨日寝る前から分かっていた。ただ実際に何人が残って、どれくらいの食料が残るのか。それが問題だ。もしかしたら死なずに済む程度には残るかもしれない。


「じゃぁいいか?村のみんなを集めろ、荷物まとめて出発だ」

ラルグはそういうと、家の外に出て行った。


ん?みんなを集めろ?昨日の夜は全員いたはずだが?よく見ると女子供と高齢者がいない。きっと狭すぎるから分散したのだろう。俺は水樽の陰に隠れてて気が付かれなかったか。


さて俺も念のために準備をしないとな。全員が外にでるのを確認すると俺も家を出て、既にある雪の足跡をできるだけなぞるように、足跡が残らないように注意して備蓄庫の様子を見に行く。


幸い備蓄庫の前には通称「嘆き岩」と呼ばれる3人くらい人が乗れる大きな岩がある。これは元々は大きすぎて壊すのも移動させるのも手間だからと放置されていた岩なのだが、春になると、雪解けを祝って酔っ払った村人が岩の上で踊り、足を滑らせて転んだり、愛の告白をして振られるなどの悲しみに溢れた曰く付きの岩だ。


よく岩の前で泣く村人が多いことからいつの間にか嘆き岩と呼ばれている。

俺は嘆き岩の陰に隠れつつ、村人たちの作業を見守る。バレないようにな。


なんで身を隠しながら行動してるかっていうと、何となく村の雰囲気が嫌な感じなのと、出来れば備蓄庫から食料を集めたいからだ。俺は俺が生き残るのに必死なのだ。


村人たちは泣きながら作業をしていたり、高齢者に子供の世話を頼んでいる村人もいたり忙しそうにしている。普段騒がしい子供たちも、昨日の一件からか、これからのことを思ってか、静かにしており、口数も少なく手伝っている。


…これはダメだな。食料をこっそり盗むのは無理だ。隙あらばと様子を伺っているが、そもそも村人全員が集まっているのでさすがにどうしようもない。


しばらく様子を見ているとラルグが備蓄庫の前に立ち大声を放った。


「よし!準備完了だぁ!俺たちは今からオルトに行く!必ず戻ってくるからなんとか耐えてくれ!」

「あぁラルグ…必ず戻ってきておくれよ…老人を見捨てないでおくれ…赤子だっているんだよ…」

「あぁ、絶対に戻ってくる。信じて待っててくれ!」


どうやら出発するらしい。オルト村に行く者が47人、残る者は高齢者、まぁ老人が13人、子供が俺を含めて9人だ。(乳飲み子は親たちが連れて行ったので俺が最年少。その次が1個上の、ティーナとアレンの4歳組だ。)彼らはお互いに手を取り合い、別れを惜しむが、しばらくするとラルグ達は荷物を背負い村を出て行ったのだった。


ちなみに俺の両親と兄弟たちは全員オルト村行き組だ。もしかして俺のこと死んだと思ってるのかな?どっちにしろ予想通り歩く体力のない10歳未満は置いて行かれてるから姿を現したところで何も変わらないが。


残された老人達と子供達はしばらくラルグ達の去ったほうを見る。サァっと冬の乾いた風に揺られて一陣の粉雪が舞う。44人が亡くなり、47人が去り、村は急速に寂しくなった。


家の半分は焼け崩れ、ゴブリンに殺された遺体は放置され、そしてここには老人と子供しかいない。


これから少なくとも片道2週間、最速でも4週間は耐えるしかない。備蓄庫の中は確認していないが、残った食料は決して多くはないだろう。

置いて行かれた不安感と、死ぬかもしれない焦燥感に苛まれるが、耐えるしかないのだ。


「お前たち、ずっと外にいると寒いだろう。ワシたちが湯を張ったから順番に入りにきなさい、一度家に戻って着替えをもってくるんだよ。ティーナとアレンはワシ達が面倒みるから用意ができたら集会所に来なさい。」

老人たちの中のご意見番バルムンドが子供たちに優しく話しかける。


おぉ!風呂か!この寒い中風呂は良い、なにせ体が温まる。心も少しは温かくなる。かもしれない。

いつもなら冬に風呂なんてまず入れない、夏だって入れない。お祝いの日だけだ。基本は渓流で体を洗うだけだ。


そういえば昨日の襲撃で備蓄庫は焼かれてしまったが、燃料庫は無事だったな。

元々村人全員23戸が一冬過ごすだけの薪があるのだ。手間はかかるが、風呂を沸かす燃料には困らない。


いいな、俺も入りたいな。でも今出ていくのはなんか気が引けるな。なんで嘆き岩にずっと隠れてたんだとか言われそうだし。でも3歳だから許されるかな?どうしようかな。


こっそりと子供たちに紛れ込もうかな?でもバレるよな。そう思いながら集会所までバルムンドたちの後をついていく。

集会所に到着した彼らはそのまま中に入っていったので、俺は風呂場にある木枠からこっそり中を除くと、湯船から暖かそうな湯気がもくもくと漂っている。

とても暖かそうだ。ティーナとアレンも風呂からくる暖気に心なしかほっとしているように感じる。


「さぁ、服を脱がせてあげるから、後ろを向いて手を上げなさい。」

「「はーい」」

そういうとティーナとアレンは両手を挙げて、後ろを向く、バルムンドたちは軽く目を見合わせると、そのまま後ろ手に持っていた縄で2人の首をグッと絞めつけた!


…え?まじか…


2人の口から絞られ掠れた声が風呂場に響く。声というより音といった感じだ。両手で縄をつかみ抵抗するが、しばらくすると動かなくなった。


「…あと6人。悪く思わんでくれ、これも生き残るためじゃ。」

バルムンドはそう呟くと、ティーナとアレンの死体を隠すように片付け始めた。


俺は風呂場の木枠の陰で放心していると、集会所の入り口から重い音が響くと共に悲鳴が沸き上がった。その声を聴くとバルムンド達は鉈や斧を片手にいそいそと集会所の外に出ていく。


腕が震え緊張と寒さで固くなった指を無理やり動かし、これから起こることを想像し、恐怖しつつも様子を見る。


そこには落とし穴に嵌った子供たちに無表情で鉈を斧を振るう老人たちの凄惨な光景があった。


…はぁ?落とし穴。なんでそんなものが、というか、なんだ?バルムンド達はわざわざ昨日のうちに落とし穴掘って、板でも置いてたってのか?昨日の襲撃の時点で?こうするって決めてたってことか?


絶叫が、苦しみの声が子供達から弾け飛ぶ。タスケテといくら言っても老人たちの手は止まらない。苦しそうに体を丸め、頭を抱えるその上に容赦なく振り下ろされる凶器。


頭を打ち、体を切りつける重い音が寒空に響き、白い雪と赤い血が茶色い土に混ざって飛び散っていく。


何度も何度も。動かなくなるまで打ち付ける。


そうして老人たちは、残った子供を俺以外皆殺しにしたのだった。


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