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1,襲撃の夜

深々と心まで染み込むような雪に上着を濡らしながら、俺、ニルヴァルナは僅か3歳にして覚悟を決めなければいけない。そう悟った。


(幸い前世の記憶がある。少しだが採取の知識もある。2週間前には冬の前の最後の採取に皆で森にだって入った。といっても飯のために無理をいってついていっただけだが)


ここはグレイブフルム大陸の中央西にあるマグドリア王国にあり、北は世界竜が住むという山脈、その入り口付近の山間にある小さな盆地にひっそりとある小さな農村だった。


北からの冷たい風と、鉱物が多いせいか、土地が痩せているため、作物の育ちは良くないし、隣の村にいくだけで1週間はかかる。平地があまりないので、急な斜面を削り、無理に畑を作っているような状態だ。


家だって小屋と見間違えるような貧相なものが23戸、総勢113人の小さな村。


何故そんな不便な場所に住んでいるのか、せめてもう少し、もう少しだけ南に下れば多少はマシな平地だってあるし、山で採取した山菜や動物を売るのだって苦労はしないだろうに…


そして町が近ければこっそり家を出て孤児院に逃げることだってできたかもしれないのに…などと昔(2歳の頃)はそんなことを鬱々と考えていたものだ。 


結局のところ、ここが開拓村であると知ったのは、半年ほど前に両親が税の免除と援助資金の話をしていたのを聞いたからだったか。


あと3年は一切の税なしで、その後はマグドリア王国のイースロー様とやらの領地となる予定だったらしい。


春先に来た数人の兵士と偉そうなおっさんはきっと代官かなにかなのだろう。


俺はそんな村にある7人兄弟の5男、一番下の子供だ。兄が4人に姉が2人いる。いや、今はもう2番目の兄がいないから「いた」というべきか…


2週間ほど前に突然魔物達が襲ってきたのだ。


魔物といっても、ゴブリンの群れ12,3匹くらい、冒険者であれば初心者に毛が生えた程度ですら数人いれば対処できたであろう。


それは村も同様だ。10数匹のゴブリンの群れごとき、普段であれば多少の怪我をするかもしれない。その程度のはずだった。


当然村には見張りもいた。武器は少なく、剣は数本しかないが鍬や鎌はある。弓矢もそこそこある。


普段ならゴブリンの小さな集団くらいは、苦労も少なくサクっと倒して「魔石」を取ってそれで終わりだ。


「魔石」とは魔物の核のようなモノらしい。「世界中に満ちる魔力に陰の気が混じり魔物と成す」とボロ小屋を教会として住み込んでいる高齢の司祭、おじいちゃん先生が言っていた。


要は何もないところから勝手に生まれてくるってことなのだろうか?まぁ本当かどうかは分からない。


村にとって大事なことは魔石は売れるという事実だ。使用用途が多岐に渡り、かなりの需要があるのだとか。少なくともおじいちゃん先生が怪我した村人の治療の際に補助的に使っているのは見たことがある。


(あれはきっと魔法だろう、あぁ…まだ3歳だからと思わずに無理やりにでも魔法の使い方を詳しく聞いとくべきだった…)


まぁ、魔石に需要があるといってもゴブリンのソレは安い。安いがそれでも貧乏な村には大事な収入源。暇な時期に大人たちが鹿や鳥などの狩りや魔物討伐をして、春先にまとめて町まで売りに行くのだ。


その売ったお金で日用品などを購入しているらしい。俺たち子どもは土産として買ってきてくれる甘いお菓子に歓喜したものだ。


冬が本格的に始まり、山道が閉ざされ、村人は竹で籠、麻で靴などを作ったり農具の修理をしながら、囲炉裏を囲んで慎ましくゆったりと冬を越す。


当然、寒いから村の外を歩く者も少ない。息を吸うだけで肺が凍る思いをすることもある。昼間だってせいぜい散歩や見回りをする程度で、夕方には見張り当番以外は家に籠る。


そのような中、厚い雲に覆われ月明りも幽かな冷たい雪の夜、最初の悲鳴が上がったのは村の中央付近、村長の家であった。


そこからは家々から火の手と悲鳴が次々とあがり、村は大混乱になった。


幸い俺の家にはゴブリンは来なかったが、兄達が鍬を片手に援護に行ったのは憶えている。


繰り返すが、見張りは当然いた。にもかかわらず村の中央付近で最初の被害があったのだ。


ゴブリンは集団で行動するが、普段は何も考えずにそのまま正面から襲撃をかけてくる。


ゴブリン以外にも魔物はいるが、俺の村に来るのはフォレストボアという猪の魔物や、フォッグウルフと呼ばれる狼の魔物くらいだ。フォッグウルフは連携はするし他よりは賢いが、いずれも基本正面からくる。


何故なら村の家々はできるだけまとまって建ててあり、入口以外は大人の身長ほどの柵で囲ってあるからだ。柵を壊せば大きな音が鳴る。


だから基本的に見張りといえば村の入口だ、時々見回りもしているみたいだが、それで十分なのだ。ゴブリンが村人に見つからないように、隠密に家々にいき、火をつけて一斉に襲撃するなど考えられない。


しかし魔物共を退治して、あとから死体を見てみれば、そこにあるのは「ただの」ゴブリンだけであった。


その数は12、もしくは13。怒りに任せた村人が力任せに剣や鍬で叩きつけた結果、体が散逸してしまい正確には分からないらしい。取得した魔石は10個だけ。残りはどこかの草むらにでも転がっているのだろう。


対して村人は死傷者41名、重傷者3名。家は半分が焼け崩れてしまった。致命的なのは村の備蓄庫が焼けてしまい。食料の大半が炭になってしまったことだろう。


おじいちゃん先生もゴブリンの襲撃で亡くなり、治療できる者がいないため、重傷者も長くはもたないだろう。


俺の家は両親は無事だったが、2番目の兄が殺されていた。喉を食いつかれたらしい。正直、年齢のせいなのか、前世の記憶があるせいか、それとも環境のせいか、感情は動かなかった。


5男ということで上の兄弟たちにご飯を取り上げられたり、村の仕事ができないことで虐められていたことが影響しているのかもしれない。3歳で何の仕事が手伝えると言うんだとは思うが。


そもそも両親も兄弟も俺を育てる気がさほどなく、食事も明らかに足りない量なのに頻繁に取り上げられてたのもあるかもしれない。


俺に飯をやったり、ぼろ布を着せたりしているのは育児放棄で死んだら村の醜聞になるからだろう。


1歳の頃は「コイツラはなんで俺を生んだ?」とも思ったこともあるが、何もない貧乏な農村、やることは余り多くないから俺が生まれたってとこか。


あの頃は本当につらかった。まともに動くこともできないのに、乳も気が向いたときだけしかくれないからな。


生まれた時から自意識があるせいか、歩けない、話せない時期というのはそれはもう牢屋の囚人もかくやという思いをしたものだ。


(だから2番目の兄が亡くなっても、なんとも思わないのかな?ってことは環境が原因ってことかな?)などと思いつつ周囲を見やる。


残された村人たちは比較的被害の少なかった家に全員集まり、亡くなった人たちを思い涙し、ゴブリンに怒りを向け、今後のことを話し合っていた。


嗚咽と怒号と不安が入り混じる中、俺は隅の方で水の入った樽に持たれながら、目立たないように座っていた。


家族を亡くした人が多く(俺も一応そのうちの1人だ)、残った食料も冬を越す前提なら20人が限界だろう。


そんな中で下手なことをして、その怒りが向いてこないとは限らないからな…


---そうして、夜が明けた。

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