幼なじみに冗談で「好き」と云っていたら、逃れられなくなりました
私には、ずっと一緒の幼なじみがいる。
名前は、千冬。
家がお隣同士で年齢も同じだから、昔っから行動を共にしていた。
千冬は女の子女の子している子で、控えめでおとなしいけど、家庭的で愛嬌があるから、昔から、密かな人気のある子だった。
かく云う私も千冬のことがお気に入りだったので、ことあるごとに、「大好き」「愛してる」と云うようになった。
具体的にいえば、「ありがとう」や「おはよう」「おやすみ」の代わりに、愛の言葉を投げかけていたわけだ。
「はい、ハルちゃん、お弁当だよ?」
「千冬、愛してる!」
「お部屋のお掃除、しておいたからね?」
「千冬、大好きっ」
まあ、こんな感じだ。
いつの頃からか千冬は私のそんな言葉に、真っ赤になって俯くようになっていった。
「千冬、愛してる」
私がそう云うと。
「……う、うん……。わ、私も、ハルちゃんのこと、大好き……」
耳まで赤くして、呟くようにそう返してくれるようになったのだ。
そんな千冬が、本当に可愛いと思った。
中学三年になると、千冬の人気は更に増していた。
もともと抜群の美少女だったことに加えて、小柄で華奢な体躯に、大きな凶器がたわわに実るようになったからである。
あんなにちいさいのに、たゆんたゆん、ぷるるんとさせているのだから、そりゃ狙わない男はいない。
いつしか千冬は、告白されることが日課になっていた。
けれども私の幼なじみは、誰にも靡かない。
それがとても、不思議だった。
外見目当てで寄ってくる連中は論外だとしても、中には誠実で、ちゃんと千冬という個人を愛してくれている『優良物件』もいたのに、である。
あまりにも気になったので、私はその日、千冬がどうやって『ごめんなさい』しているのかを、コッソリ隠れて見に行ったのであった。
「ごめんなさい、私――つ、付き合っている人が、いるんです……」
ゴーンと、頭の中にショックの鐘が鳴り響いたね。
何? マジ? ホントに?
本当に千冬、彼氏いるの!?
だって千冬、私としょっちゅうつるんでいるし、クリスマスや連休の時にデートに誘っても、笑顔で応じてついてくるよ!?
彼氏の『か』の字も出たことがないし、のろけ話を聞かされたこともない。
これは一体、どういうこと!?
だって断り文句なら、『好きな人がいる』で良いわけじゃん?
わざわざ『付き合ってる人がいる』って、生々しいことを云わなくても良いじゃない?
(いや、だからこそ、お断りの威力が増すって考えることも出来るけども……)
真実が気になった私は、翌日の夜、千冬本人に問いただしてみることにした。
※※※
「いらっしゃい、ハルちゃん!」
我が家から、徒歩一分未満の友人宅を訪ねる。
可愛い幼なじみは、笑顔で自室に通してくれた。
暫くの四方山話の後、私は何気ない風を装って、彼女に話題を向けてみた。
「ねえ、千冬」
「なぁに、ハルちゃん?」
「アンタさ、その、つ、付き合ってる男はいるの……?」
私の問いに、幼なじみは笑いながら首を傾げた。
「ハルちゃん、何の冗談? そんな人、いないに決まってるでしょ?」
うーん。
私の言葉を、完全に戯れと思っている反応だ。
じゃあ何か。
やっぱり『付き合ってる』うんぬんは、ただの断り文句か。
私がフゥと息を吐くと、千冬は潤んだ瞳をこちらに向けてきやがったのだ。
「だって私には、ハルちゃんがいるもの。他の誰かとお付き合いするなんて、とても出来ないよ」
「はい?」
キュッと手を握られた。
何、その赤い顔。
まるで恋人を見るかのような表情じゃん。
この私が、千冬の『彼女』みたいじゃん。
幼なじみは愛おしそうに、私の手に頬ずりをした。
「私が好きなのは、ハルちゃんだけ。貴方以外と、お付き合いするつもりなんてない」
待って。
マジで待って。
私いつ、アンタに告白したのよ? 一体、どこの世界線のお話よ?
「私、とても幸せなの。ハルちゃんは、毎日毎日、私に愛を囁いてくれる……。大好きって云ってくれる……」
「え、ちょ……」
「ハルちゃんに『愛してる』って云われるの、凄く恥ずかしい……。だけどね、とっても心がぽかぽかするの。だから私、今もこうして、どんどんどんどん、ハルちゃんのこと、好きになってる……。だから、今日は私から云うね? ――ハルちゃん、愛してる……っ」
のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
この子、私の冗談を真に受けてたあああああああああああああああああああああああ!
ヤバい、ヤバいよこれ、どうする!? どうしたら良いっ!?
何なの、これ。
もしかして、もしかすると、いつも私の部屋の掃除を甲斐甲斐しくしてくれたり、嬉々として毎日のお弁当を作ってくれていたのは、『幼なじみとして』じゃなくて、『恋人として』なの!?
(マズい……っ。この子、思い込む上に繊細な子だから、『実は違った』なんて知ったら、自殺くらいしちゃうかも……っ!)
私の顔から、血の気が引いていく。
そりゃ私も千冬は好きだよ? 可愛いと思うよ? 理想の女の子だと思えるよ?
でも、『そういう好き』じゃないんだ。
幼なじみとして、友だちとして、或いは家族としての『好き』なのだ。
そ、そうだっ!
千冬のほうから、『違う』と気付いて貰おう……っ!
「ね、ねえ千冬……」
「なぁに、ハルちゃん」
「わ、私たち、その……き、キスも、まだよね……?」
気付いて!
そういうことしてない間柄だって、気付いてよっ!
しかし私の言葉に、千冬は顔を真っ赤にして微笑んだ。
もの凄く、『恋する乙女』な表情だった。
「そ、その……っ。き、キスとか、は……。け、結婚をするときまでって、思ってたんだけど……」
ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
何で結婚前提になってるのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
私たち、いつ婚約したのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
チラッと、上目遣いの幼なじみは。
「も、もしもハルちゃんがしたいっていうのなら……。い、良い、よ……?」
良くねぇよ!?
私ゃまだ、完全無欠に清い身体よ!?
何で同性の幼なじみに、そんなものを捧げなきゃならんのよ!?
(逃げよう! そうしよう!)
今日は一旦、仕切り直しだ。
で、後日、誤解を解くための策を練ろう。
私は勢いよく立ち上がる。
けれども焦っていたせいか、思い切り前につんのめってしまった。
ガバッと、千冬に抱きついてしまったのだ。
「は、ハル、ちゃん……!?」
「あ、いや、この、それは……」
マズいだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
これ絶対、私が暴走したように見えちゃうだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
『良いよ』に対して、食い付いたように見えちゃうだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
「…………」
ギュウッと、赤い顔の千冬は私の身体を抱き返した。
もの凄く強烈な『意志』を感じる。
あと、おっぱいの圧も。
「あの、千冬さん……?」
「嬉しい、ハルちゃん……っ」
ちょっと待って。
ちょっと待って!
ちょっと待ってぇっ!
私は慌てて身を離し、後ずさる。
背後にある千冬のベッドに脚が当たって、体勢が崩れた。
「ハルちゃん! ハルちゃん、ハルちゃん! ハルちゃぁぁぁぁんっ!」
それを知らずに、私に飛びついてくる千冬。
重心がブレているときにそんなことをされたら、後ろに倒れるのは当然の成り行きで。
気付けば私は、千冬に押し倒されていた。
「…………」
「…………」
潤んだ瞳の幼なじみと、ジッと見つめ合っていた。
「ち、ちふ――」
瞬間。
唇に柔らかい感触。
何をされたのかなんて、考えるまでもなくて。
私は一気に、涙目になる。
ファーストキスを失って、ショックだったのだ。
しかしこの子には、私がどう見えたのか。
「赤くなってるハルちゃん、可愛い……」
熱にうかされたような瞳で、再び口づけをして来る。
(こ、今度は、舌まで……っ!)
千冬だって、初めてじゃないの!?
何でこんなに積極的で、どうしてこんなに、巧いのよ!?
「ハルちゃん、ハルちゃんっ。ハルちゃん、ハルちゃん……っ! 好きぃ……っ! 好きなのぉ……っ!」
千冬の唇は、額に、頬に、首筋にと、留まるところを知らない。
私が逃れようと身を捩ると、すぐに口内に舌を入れられてしまう。
頭の中が真っ白になり、動けなくなる。
抵抗が、出来なくなる……っ。
最早私は、自分のものとは思えない程の、か弱い声を上げることしか出来なかった。
「ゃぁ……っ」
――許して。
私はそう呟いたけれども。
「ハルちゃん……。そんな可愛い声をあげられたら、私、もう我慢できないよ……」
火に油を注ぐだけだった。
千冬の白い手が、私の胸をまさぐる。
徐々に衣服が脱がされていく……。
「お願い、これ以上は――」
「――ハルちゃん、愛してる」
「待って……っ」
「ハルちゃんは、私のもの……! 今日ここで、私たちは結ばれるの……っ!」
「ゃ……っ」
抵抗なんて、どこまでも無意味で。
――そうして私は、愛していない幼なじみに食べられた。
※※※
「はい、ハルちゃん! あーん」
「あ、あーん……」
今私は、学校の中庭でお弁当を食べている。
千冬様の、愛情たっぷり手作り弁当だ。
周囲を通るクラスメイトたちが、熱々だと囃し立てている。
――結局、私は千冬から逃れることが出来なかった。
『初めて』を奪われた日以来、毎日のように蹂躙され続け、彼女から離れられない身体にされてしまったのだ。
今では『そういうこと』を想像するだけで、お腹が甘く疼いてしまう。
そんなふうに、変えられてしまった。
一方で、私を陵辱した千冬は、一貫して恋人同士の営みがあり、愛を共に育んでいると思っているようだ。
日々、甘々に甘えてきて、幸せそうな彼女生活を満喫しているようだ。
尤も、主導権は完全に千冬に掌握され、私に発言権は微塵もないのだが。
「ねえ、ハルちゃん?」
「……なぁに、千冬?」
「私ね、ハルちゃんが大好き! だからこれからも、一緒にいようね?」
無邪気に笑う、私の恋人。
そんな幼なじみに対して、私は云うのだ。
今度は冗談ではなく、熱の籠もった言葉で。
「――千冬。愛してる」