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あなたの全てである私から愛をこめて

作者: 横井 竜胆

フォルダ: 迷惑メール

差出人: ○○ ××

<○○.××@○○××#○○××%○○××#○○××$^.co.jp>

日時: 2021年8月27日(金)

タイトル: あなたの全てである私から愛をこめて


 ○○さんへ、メリークリスマス、あけましておめでとう。

 私があなたと会っていない間に、あなたに起こったすべての出来事に、あなたの全てである私から愛をこめて。

 そうそう、結婚おめでとう。

 子供が生まれたのも、おめでたい。

 それに離婚も。

 結婚後に豹変した配偶者のせいで、あなたがもう苦しまなくていいのが私は嬉しい。

 

 私の本当の名前で○○さんに連絡するのが怖くて仕方がなかったです。

 ○○さんに最後に連絡を取ったのは、もう15年も前のことです。

 元気でしたか?

 元気ですよね。

 私は○○さんが元気だったのを知っています。

 今回、メールを送ることにしたのは、○○さんの助けを求める声が聞こえたようなしたからです。

 と言っても、随分長いこと連絡を取っていなかったから、何を書けばいいのか迷います。


 私はまだ、私の名前を○○さんに伝える勇気が出ません。

 ○○さんは私の名前が何なのか、知りたがるかもしれません。

 こう考えてみてください。

 これはアイデンティティのかくれんぼです。

 たとえば私は、○○さんの別れた配偶者の元妻です。

 そして、その元妻がある年の夏日に生んだ双子の片割れです。

 いや、片割れではなく両方です。

 私は兄であり弟で、姉であり妹です。

 いや、やっぱり妹の妹です。

 そしてその妹があなたの元妻を殺した時に国が適当に選んだ弁護士です。

 いや、弁護士ではなくて、弁護士の愛人です。

 愛人、愛の人と書いて愛人。

 愛人です。

 あなたの別れた配偶者の元妻が夏日に生んだ双子の片割れかつ両方の、妹の妹が元妻を殺した事件を担当することになった国選弁護人です。

 弁護士登録している限り、いつかは回ってくる厄介事に行き当たって、面倒くさがる弁護士です。

 お金になどならない、実にくだらない案件。

 誰も殺された元妻のことなど気にかけていません。

 手にかけた妹の妹のことなどどうでもいいです。

 問題なのは私に呼び名があることです。

 とりあえず、便宜上、愛人と呼んでください。

 そうすると私の心が、○○さんが胸に差し込んだ手の、指先で軽く持ち上げられたかのようにときめくのです。

 ですので、呼んでください、愛人と。

 声に出して読んでください、愛人と。

 好きだよと言ってください、淡々と。

 その言葉が、望むべくもないくらい、あなたから遠いとこにいる私に向かって。

 たとえそれが本当のことではないと、言うあなたも、言われる私も、悲しくなるくらいにわかっていたとしても。


 と、まあ、冗談はほどほどにしましょうか。

 私はこの15年ずっと○○さんからの連絡を待っていました。

 ○○さんと私は、密接不可分、物理的に切り離しても別れられない強い何かで結びついているのです。

 知っていましたか?

 私が当時、○○さんから逃げたのは、かくれんぼがしたかったからというわけではなくて、怖くなってしまったからなのです。

 ○○さんは私のことを好きだと言ってくれたけれど、私は心のどこかで、○○さんは私のことを十分に好きではないと感じていました。

 どうしてそう感じたのかは聞かないでください。

 なんとなくわかってしまうのです。

 ○○さんのことが好きな気持ちは確かにそこにあったけれど、私のことを十分に好きではない人と一緒にいたいとは思えなくて、逃げました。

 正直に言えば、胸が痛かったです。

 ○○さんが、私の胸に手を差し込んで、私の心をゆっくりと、でも確実に握りつぶそうとしているんじゃないかと思うくらいに。

 でも逃げた私の後を、あなたは無意識のうちに追ってきて、とうとう夢まで来たんです。

 もう逃げられないよ、愛人。

 ○○さんはそう言って、私の心を何度も何度も、陸上競技用のハンマーで小突くのです。

 そうです、ええ、投擲競技用の、あのハンマーです。

 私の白い肌は、服がだらしなくはだけて見えてしまっていて、そこの部分に○○さんは小ぶりではあるものの、金属製の、冷たくて重いハンマーを、こつん、こつんと、打ち付けるのです。

 小さく鈍い音がする度に、私の白い肌は赤身を帯びてきて、私は○○さんに、やめてほしいと言うのですが、○○さんは決してやめません。

 聞けよ、愛人、と○○さんは言います。

 ○○とおまえの間には決して切れない繋がりがあるんだ。

 その繋がりが、おまえがどれだけ遠くに行こうと、○○をおまえの前まで連れてくる。

 かくれんぼなんて馬鹿な真似はよせ。

 大人しく○○のものになれ。

 こつん、こつん。


 逃げている間も、どういうわけか、○○さんは偶然私の目の前に現れました。

 約束しているわけでもないし、そこにいるはずのないところで、○○さんが目の前にひょっこり現れるのです。

 清水寺の舞台から下を見た時、○○さんが私の方を見上げていたのを覚えています。

 渋谷のスクランブル交差点で、○○さんが私の後を付けていたのにも気づいていました。

 私は怖いという思いと、○○さんと話したいという思いの両方に引っ張られて、2つにちぎれそうな気分になりました。

 私が弁護士として、可哀想な双子の妹のそのまた妹を弁護しようと、魂の法廷で立ち上がり、魂の裁判長の前に歩み出ていくとき、いつも○○さんのことを思い出していました。

 そして、どうして○○さんはこんなに私を苦しめるのだろうと、悲しくなってしまうのでした。

 ○○さん、私はあなたの天使なのに、どうしてあなたは私のことを苛めて喜んでいるの?

 私が逃げるのが悪いと思っているのかもしれないけれど、私を逃げたい気持ちにさせたあなたが全て悪いのに。

 だから私はあなたに呪いをかけます。

 一生私を見つけられない呪いをかけます。

 あなたは私の姿を見られません。

 そういう呪いだからです。


 多分あなたの心は寂しさでささくれ立っていて、私のようにセクシーで煽情的で、危険な香りのする愛人を欲しがっています。

 ハニートラップが得意な産業スパイのように危険な香りのする愛人です。

 だからあなたは私が産業スパイであると思い込んでいます。

 でも私が実は天使なのを、もう私はあなたに打ち明けましたよね?

 あなたは天使を抱き寄せて、そのまま柔らかいベッドへと体を横たえることができます。

 あなたは天使のことだけ考えます。

 私はあなたの胸の中で、仕方がないからあなたと付き合ってあげることにします。

 だって、私はあなたの天使だから。

 呪いのせいで私のことを見えないのに、私のことを押し倒すあなたは酷いです。

 ねえ、どうして、○○さんはそんなに心が満たされていないんですか?

 あなたもアイデンティティのかくれんぼをして遊んでいるんですか?

 あなたは私を裸にすることばかり考えているんですか?

 やっぱり○○さんは酷い人です。

 私は天使であると同時に、○○さんの別れた配偶者の元妻だというのに。


 そして、実は私は今もあなたの隣にいます。

 呪われているから見えないだろうけど。

 あなたのメールアドレスはもう監視されています。

 あなたと私は、今、命の危険にさらされています。

 あなたが私と連絡していることが見つかったら、愛人の妹の妹が国選弁護人と一緒に私たちをハンマーで殴りに来るかもしれません。

 早くこのメールを削除してください。

 彼と彼女と彼女と彼が、あなたのことを○○さんであると知ってしまう前に。

 連絡先を削除してください。

 もう連絡しないでください。

 今度はあなたが生んだ子供の話でもしましょう。

 あなたの全てである私から愛をこめて。

 でも私は今もあなたの隣にいるので、それをゆめゆめ忘れないで。

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