139話 別れの時
舞は疲れていたのか、その日の朝は普段よりも遅く目覚めた。
昨夜はカクとヨクとたくさん食べて飲んで、夜遅くまで語り合ったのだ。
今日はもうお別れをしなくてはならない。
今回はこの家で過ごす事が少なかったので、少し寂しい気もしたが、私にも都合があるのだ。
次はのんびりと遊びに来ることが出来ればと思うのだ。
「じゃあ、洞窟まで見送るよ。」
カクは馬車の手配をしてくれた。
今回は魔人の国の森から戻るしか無いのだ。
カクの家にあった転移の魔法陣は、まだ復活できていなかった。
どうも複雑な魔法陣を以前と同じように縫い込むのが、大変のようなのだ。
そう考えると、あっという間に転移の魔法陣を作り上げた精霊はすごいのだ。
よく考えると、今までもすごい力で私は助けられていた。
いつも甘えてばかりで申し訳ない気がしたのだ。
「舞、準備できたよ。」
ヨクに別れを告げると、私とカクは異世界への洞窟に向かったのだ。
洞窟の入り口でカクが持参した通行証を見せると、すぐに入ることが出来た。
王室の薬師であるカクが一緒にということもあったが、その場にいた管理者が以前私に通行許可を渋り、シウン大将に怒られた人だったのだ。
あの一件で私の事を記憶していたようで、こちらを見ると頭を下げたままであった。
「舞、僕はここまでにするよ。
魔人の城に寄っていくんだろう?」
「ええ。
ブラックに城に寄るように言われてるから。
カクも一緒にどう?」
「いや、やめておくよ。
いい人達なのはわかっているけどね。」
カクにとって魔人は一目置いている存在であって、気軽に話すことが出来ないようなのだ。
少し臆病なカクでは何となく気持ちもわかるのだ。
そう言えば、私もブラックと初めて話した時は緊張していた。
何だかかなり前の事に感じるが、私の世界では1年も経ってないのだ。
「カク、いつもありがとうね。
また手紙を書くわ。」
私がそう言うと、いつものように寂しそうな顔をして抱きついてきた。
「・・・きっとだよ。」
私はカクに別れを告げ、魔人の世界へと繋がる洞窟を歩き出した。
少し歩くと見慣れた世界が目に入ってきた。
そこは心地よい優しい風が吹いていて、出口から見えるあの森は力強いエネルギーで満ちていた。
今は以前のように魔獣も戻り、ドラゴンに焼かれた草木からも新芽が出ているようで、生命力に満ち溢れていた。
それを横目に馬車で城まで向かおうと、魔人の国の通行管理所に入ろうとした時である。
後ろから声をかけられたのだ。
「お嬢さん、どこまでいくのですか?」
驚いて振り向くと、意外な人が立っていたのだ。
マントに身を包み大きな剣を腰元に携えたその人は、見覚えのある青年であった。
そこには黒翼国の王子であるブロムが立っていたのだ。
「ブロム!?」
私は久しぶりに見るブロムを見て驚いたのだ。
以前見た時は紳士的でブラックに似た雰囲気を持っていたが、目の前にいるブロムはとてもたくましい戦士の様に感じたのだ。
そしてその姿は、どこか山にでも探検に行った帰りのように見えたのだ。
「お久しぶりですね、舞さん。」
「驚いたわ。
こっちに来てたのね。
それに少し雰囲気も変わったような。」
「そうですか?
でも、クロルのことが落ち着いてから少し旅に出ていたのですよ。
自分の世界でもまだ行ってない場所もありましたし。
ちょっと危険なところもありましたが、いい経験になりましたよ。」
なるほど。
色々な経験をしてたくましくなったという事なのだろう。
「舞さんは城に向かうのですか?」
ブロムがそう聞いたので、答えようとした時である。
「そうですよ。
舞は今から城に向かうのですよ。」
私の後ろから首を出してそう言ったのは、ブラックだったのだ。
「もう、ブラックまで驚かさないで。」
「はは、すみません。
指輪で舞が来ているのが分かったので、迎えに来たのですよ。」
ブラックは私を後ろから覗き込むように話したのだ。
「ブラック殿、お久しぶりです。
実は私も城にご挨拶に伺おうと思っておりました。」
ブロムが丁寧に挨拶をする姿は、黒翼国の王家の者である事を思い出させたのだ。
私とブロムはブラックに掴まると、一瞬で城の入り口まで移動した。
城では幹部の魔人達が待っていたのだ。
私が帰る事を知って集まってくれていたのだ。
そして意外な来客も一緒でみんな驚いていたが、久しぶりに会ったブロムから黒翼国の話や旅の話を聞いて楽しんだのだ。
しかしその話の中で興味深い事を聞いたのだ。
ブロムの住んでいる世界の地下には暗い森があるのだ。
私も入ったことがあるが、怪しい巨大な生物がウヨウヨしている所で、正直二度と行きたくない場所なのだ。
そんな場所なので今まで誰も探索する事が無かったが、今回ブロムは一人で中に入ったようなのだ。
もちろん、危険な事も色々あったが、森の奥深くまで行くことが出来たようだ。
そしてそこには目を疑うものがあったと言うのだ。
それは太古の遺跡のような物で、かつてその森の奥に文明が存在していた事がうかがえる物だと。
まだ詳しくは調べてないようだが、今後部隊を出す予定との事なのだ。
スピネルやアクアは目を輝かせて聞き入っていた。
私も気になったが、やはりあのイモムシを思い出すと二度と近づきたくないと思ったのだ。
そしてブロムは長時間この世界にはいられないので、私より一足先に城を出て飛び去っていったのだ。