11話 異世界での生活 I
私はマサユキの代わりに来たことを告げると、相手の青年は驚いたまま言葉を発しなかった。
「あの・・・私の言っていること分かります?」
恐る恐る青年に尋ねてみた。
「すみません。とても驚いてしまって・・・。わかります。大丈夫です。
私はカク=ケイシと申します。祖父からの手紙が届いたんですね。
マサユキ様がいらっしゃると思ったので・・・。」
「ああ、そうですね。おじいちゃんのことを話さなければいけなかったですね。」
マサユキが数ヶ月前に亡くなったこと、自分は秘密の扉や書物について最近知ったこと。
そして自分が代わりになればと思い転移した事を話したのだ。
「そうだったんですね・・・,
まずは自宅にご案内いたします。祖父であるヨク=ケイシを紹介しますね。
マサユキ様は昔からのご友人と伺っています。祖父がその話を聞いたら、がっかりするでしょうね。
・・・本当に残念です。では、こちらに。」
カクの案内で、二人は薬草庫から住まいである館の方に向かったのだ。
私は自分が何もわからないまま転移した事に少し不安になっていた。
この手紙を書いた人は、マサユキが来てくれる事を期待していたわけだし、自分にその代わりが務まるだろうかと、心配になったのだ。
私の顔が少し曇ったのを感じたのか、カクは歩きながら、優しく話を続けた。
「舞様が、先程立っていた時、本当に驚いたのですよ。まさか、このような綺麗な方がいらっしゃるとは夢にも思わなかったのですから。」
カクは少し頰を赤らめて話していた。カクは普段から女性と接する機会があまりなく、若い女性と会話をする事自体、久しぶりであった。
もちろん、恋人もできたことはなく、女性とどう話せば良いかも、よくわからなかったのだ。
「舞でいいですよ、私もカクって呼びますから」
お世辞とは分かっていたが、カクの言葉に気分が良くなった。周りに、そんなストレートな言葉で褒めてくれる人はいなかったので、なんだか新鮮に感じたのだ。
自宅は大きなお屋敷で、中は中世のヨーロッパを思わせる佇まいをしていた。
庭には色々な植物が栽培されており、観賞用というより薬草のたぐいの物のようだった。
待つようにと通された部屋は、カクの祖父の書斎のようで、この部屋にも沢山の書物と生薬を思わせるものが綺麗に並べられていた。
さっきと同じで、この部屋も舞の好きな匂いで満たされていた。
カクが厳格そうな老人と一緒に戻ってきた。
この人が手紙の差出人である事はすぐにわかった。
「お嬢さん、マサユキの事を聞きましたぞ。とても残念ではあるが、人間は死を避けられないものじゃからのう。もう一度、話をしてみたかったが、仕方がないことではあるな。」
私は自己紹介をした後、今回、何故祖父マサユキをこの世界に呼んだかのかを、聞いてみた。
洞窟や魔人の話、この世界にも舞が譲り受けたのと同じような秘密の書物があるという事、そしてそこに書かれている調合をする事が今回、この国の助けになる事を聞いたのである。
ヨクから教えていただいた事が、あまりにも自分が住んでいる世界とかけ離れており、なかなか実感する事が出来なかった。
もちろん、異世界に来てること自体、私の世界では現実的ではないのだが・・・。
書物に載っている生薬が入っている漢方を全て持って来てはいるのだが、それ以外は自分は何の役にも立たないのではと思った。
つまり、使用する生薬は分かってはいても、調合の仕方や使い方などいっさい、何もわからないのだ。
「あの・・・、私おじいちゃんから何も聞いてないんです。亡くなった後に扉や書物を見つけて。
それに、おじいちゃんのように、ここに載っている生薬に詳しくないんです。
ごめんなさい。私では、お役に立てないかと・・・」
私は祖父マサユキの代わりになれると思っていたが、ヨクの話を考えると、そんな簡単なことでは無い事がわかった。
何もわからないまま、勢いで来てしまった事を後悔した。
そして、自分が情けなくなって、涙を堪える事が精一杯で、それ以上何も話す事ができなかった。
「お嬢さん」
ヨク=ケイシは優しく話しかけた。
「ここに書かれておるのもがどういうものか知っておるかな?」
私は途切れ途切れ、ここに書かれている生薬のもとの作用、そしてこちらに存在すると思われる物質を調合する事で、得られる作用がある事について話したのだ。
この1週間で書物に載っている事は全て暗記してあったのだ。
「うむ、十分ですぞ。カクなどはそこまで把握しておらぬぞ。調合の仕方はそんなに難しいものではないのであるよ。」
「それに、昔手紙を見て、来てくれたマサユキと、今回駆けつけてくれた舞殿と、なんの違いも無いではないかな?」
「なんと、私を引き合いに出さないでください。まあ、確かにそれは事実ですが・・・」
カクは恥ずかしそうに言った後、微笑んだのだ。
ヨクの言葉とカクのその顔を見て舞はとてもホッとしたのだ。
「ハハッ、舞殿が来てくれて、本当に良かったのだよ。カクと一緒に色々学んでもらえると助かるのだが、よろしいかな?」
「もちろんです。よろしくお願いいたします。」
私は涙を手で拭いながら笑顔で答えた。
ヨクが楽しそうに笑っている姿を見て、大好きだったおじいちゃんを思い出したのである。