こんなこと相談出来ないんだが!?
教室が騒がしい。すでに昼休みだと言うのに教室中でとある話題が持ちきりになっている。
──そう、今朝の俺、もとい八重洲の件だ。
普段ぼっちで教室の隅っこにいるような奴がいきなりテンションマックスで、しかもアイドルのように『キラン!』みたいなポーズをとって現れたのだ。しかもその直後いつもの俺に戻るという。
教室ではついに俺がラリったのでは? と言う派閥と、ウケを狙ったが滑ってやめた派閥に分かれていた。
教室を2分するとか俺まじモーセ! このまま聖人とか呼ばれちゃうかも知れない。……なんてアホみたいなことでも考えていなければ耐えられない。なんだよその2派閥、特に後者とか容赦なさすぎだろ……あ、今の韻を踏んだ。
「ごめんねなっくん、あたしが遅刻ギリギリな時はああやってクラス笑わせてたからつい癖で……」
「いいよもう……お前がいなきゃ間に合ってないことは事実だしな」
まぁお前がいなきゃ遅刻ギリギリになんてなってないんだがーーと言う言葉は一応飲み込んだ。
「あいつ誰もいねえのに1人でぶつぶつ言ってんぜ」
「うわキモっ!」
「あんなんだから友達できねぇってなんで気づかないのかねぇ?」
本当……散々だな。因みにあいつらは聴こえてないと思っているのだろうか? ああやってこそこそ出来てない話をしている奴らは知らないんだろうが、ぼっちと言うのは往々にして耳がいい。特に自分の悪口を聞き取る能力にかけては自慢できるレベルだ。
……まぁ悪口言われてる時点で自慢できることではないのだがそれは置いておこう。
とにかくその耳の良さは世界に通用するレベルだ。これによって面白いことがある。それは悪口収集ができることだ。普段スッゲェ仲良さそうなのにそいつがいなくなった瞬間始まる悪口大会。何がすごいってそいつが戻ってきた瞬間マジで何事もなかったかのようにテンションが戻ることだ。
あれは見ていて面白かったりする。だが悲しいかな、そんな風に離れてから悪口を言われるせいで、彼らは耳が発達していない。その証拠に先生の「静かにしなさい!」は基本無視だろ?
つまり何が言いたいかと言うと、そんな気が使えるんなら俺にも使ってくださいと言うことだ。悪口が聞こえて耳が良くなるのも、やることなさすぎて遠くを見つめていたことで、視力が全然落ちないのもなんだか凹むんだよ!
「なっくん大丈夫? なんだか泣きそうになってるけど……そんなに恥ずかしかった? だったらあたしが弁明して回るけど」
「別にいらん。それに回っても意味ないだろうが見えないんだから」
「そっか……ごめんね」
「ぅ……」
八重洲は本気でしょんぼりした顔を浮かべる。そんな顔はずるいだろ……許すって選択肢しか表示されなくなってしまう。
そんな時、教室の入り口から顔と右手だけを覗かせて俺をよぶ城端先生を見つけた。
俺は席を立ち廊下に出る。「なんですか?」と無言で尋ねると、無言で「付いてきたまえ」と返された。
やって来たのは職員室──ではなく、ほとんど使われていない用具室、というかまぁいってしまえば物置部屋に案内された。こんなところになんだろうか?
誰もこない密室に男女が2人……はっ! まさか!ドキドキ……
なんて展開などあるはずもなく、城端先生は壁に背中を押し付け手を組んだ。すごい様になっている。
「因みにここに呼び出した理由はわかるか?」
「心当たりが多すぎて絞れませんが、まぁ十中八九朝のことですよね?」
「そうだ、あれはなんだ? 君はああいう悪目立ちはしない、どころか嫌悪しているタイプだと思っていたんだがな」
さっすが城端先生よく分かってる。その通り俺はああいうタイプは心底嫌いだ。
「で、でもほら、クラスの陽キャ連中とかあんな風に入ってくることあるじゃないですか? その時こんな風に詰め寄ってませんよね?」
「あいつらはああいう性格とポジションだからまだいいんだ。だが君みたいなタイプが急にやりだすと正直怖い。しかも君に関してはここ最近のことがあるから、余計にな」
まぁそうでしょうね。俺だって今日の俺を見たら引いていたと思う。隠キャぼっちがいきなりあんなことをすれば悪目立ちもしよう。それと城端先生はちゃんと俺を心配して言ってくれている。であればこちらも真摯に対応すべきだ。
「とりあえず、今朝のことはすいませんでした。俺個人としてもあんなことをになるとは思ってなかったんですが」
「やけに素直……というか思ってなかったとはなんだね? 誰かに命令でもされたのか?」
俺はここで選択を迫られる。素直に話すか、もしくは背負い込んで終わりか。前者であれば望む解決をする可能性はわずかだがある。
なんせ犯人ここにいますもん。「学校からコンビニ見えないね。もしかしてこの学校立地悪い?」じゃねぇよ! そうだよ立地悪いよ、だって富山だもん。どこかしこでもコンビニがあるような東京と比べないでもらえますかね? いつも俺たちの側にはいないんだよ!
おっと、考えが逸れた。とにかく前者は本人がいて、実際に見えるようになった人間がここにいる以上証明できる可能性は僅かながらある。湊玲衣は八重洲のことが見えているようだし、いざとなれば頼めばいい。それとこれを解決できれば昨日の暴力事件も解決する。
では後者はどうか。まずメリットとしてこの問題は解決するだろう、表面上として。どちらも知っているのは俺だけ。であれば俺だけが我慢すればそれで解決となる。学校が行きづらい環境にはなるだろうが今も対して変わらない。だが、一つだけ絶対に変わってしまうものがある。
それは、城端先生との関係だ。
基本的に他人との、さらに言えば学生時代の関係など卒業してしまえば消え失せるもの。残るのはいつも苦い思い出と一生開かれることのないであろうアルバムだけ。そう思っていたのだが……どうもこの人には嫌われたくない、呆れられてもいいが嫌われたくない、見捨てられたくない、そう思ってしまうのだ。そんな弱い自分が確実な選択肢に行こうとする俺を引き止めてしまう。
「俺は……その……」
迷っている。恐らく自分の中で選択は終わっているだろうに、その答えを踏み出していいものか迷ってしまう。現状、信じてもらうための材料はあるにはあるが無いに近い。
この状況を打開できる人物はそこにいる八重洲と湊玲衣のみ。八重洲はともかく湊玲衣は俺に手を貸す理由がない。城端先生に正直に話したところで、幽霊に憑かれた、なんだそれは? と一蹴されるような話だ。
何かを得るには何かを捨てる覚悟をしなければならない。関係も壊さず事実を述べて理解してもらうなんて一挙両得、やっぱ贅沢なのか?
「──黒薙」
「え、あ、はい!」
突然の声かけについおかしな返事を返してしまう。
城端先生は組んでいた腕をほどき、俺の目をまっすぐと見つめながら俺に近づく。手を伸ばせば触れられるほどの距離だ。
「な、なんですか?」
「……黒薙、私は君が今から話そうとしている内容がなんなのかは分からない。だが、君がこれからどんなことを言おうと、私はそれをしっかり聞こう。受け止めよう。もしまだ心の整理が付いていないのなら私は待とう。次の授業のことなんて気にするな! 何をしてたと聞かれたら城端の愚痴に付き合わされたとでも言っておけ。責任は私が取る、だから……ゆっくりでいいから、君の言葉を聞かせてくれ」
そう言って城端先生は俺の頭に優しく手を乗せる。その時、俺の心は足を運んだ。
「…………やっぱ、先生には嫌われたくねぇな」
「私が君を嫌う? そんなこと、君が君である限りありえないよ」
真っ直ぐすぎる言葉に、俺は顔を背け少し軽口をたたく。
「ははっ、……愛が重いっすね」
「重いかぁ……先月も言われたなぁ」
ごめんなさい地雷踏みました。先ほどまで俺を見つめていた瞳は天井を見上げ顔は引き攣っている。
その時、休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「あっ……」
思わず声を出し城端先生に目を向けると、再び黙って視線をこちらに向けた。まるでチャイムの音など聞こえていないようだ。
「城端先生……」
「……なんだね?」
「あの……俺実は……」
「うん……」
俺は鼻で息を吸い、ゆっくりと口から息を吐く。そして八重洲を指差し──
「俺実は、そこにいる幽霊に取り憑かれたんです!」
「なるほど…………」
城端先生は俺の言葉を飲み込み、徐に指差した方向に目を向ける。そして──
「…………ん?」
非常に困った顔をした。