またもや舌がやられたんだが!?
「はい! じゃあ次は私の番だね! ご賞味あれ!」
腰に手を当て堂々と仁王立ちを決める八重洲。元々の自身に加え、先程の湊の失敗を見てさらに勢い付いたのだろう。すでに色々と確信したドヤ顔を彼女は見せつけた。
「八重洲の方は美味しそうだな。それでは、いただくとしよう」
さらっと辛辣な言葉を放った城端先生は綺麗な小判型のハンバーグを2つに割いていく。中から肉汁があふれ、上にかかったデミグラスがその照りをより一段と増していった。
そんなソースを半分ほどつけたハンバーグを口の中に投入する先生。何度か咀嚼し目を瞑る。そして再度口を開いた時放たれた言葉は、味の感想ではなかった。
「黒薙、ちょっと食べてみろ」
そう言って皿をこちらに移動させた先生の表情は晴れてはおらず、どころか苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
俺は八重洲の料理の旨さを知っている。だからまずいということはないはずなのだ。材料も変なものは入っていなかった。もしかすると溢れる肉汁がきつい年頃になったのかもしれない。であれば仕方がないので俺は心の中にそっと感想を止める。
「んじゃ、いただきます」
ハンバーグを一口投入する。舌に触れ歯で噛み潰し、それにより飛び込んできた感想は、『うまい!』ではなかった。
若干酸味のあるソース、肉の味がしっかりと感じる肉汁。ここまではいい。問題はここからである。
「八重洲、俺の体使っていいからちょっとこれ食べてみろ」
「へ? なんでそんな……まぁわかった」
不思議そうに近づき、俺に触れる八重洲。そして俺の意識は再びプツリと途切れた──のは一瞬で、時間にして30秒もなかっただろう。意識が戻った時には目の前で八重洲が口を抑え足をジタバタとさせていた。
「うぇぇぇ……塩っ辛い! なんで〜? 私ハンバーグで失敗したことないのに!」
大門未知子ばりの成功率を誇っていたらしいハンバーグ。しかし結果は八重洲の言ったように塩辛かった。普段料理をしないズブの素人でもわかるミス。単純な塩胡椒の入れすぎだ。
しかし料理が得意な八重洲がそんなミスするか? そう思っていたその時、石動さんが俺に近づき耳打ちしてくる。
「もしかしてあたし分量間違えてた? 正直いつもは感覚で作ってたからもしかするとちょっと多かったのかも」
不安げな表情で耳打ちをする石動さん。感覚値でレシピを書いたという彼女の発言に、なるほど料理が得意な人はそうなるよなと1人で納得していた時、八重洲の塩辛ハンバーグの原因がはっきりした。
「なぁ八重洲、もしかしていつも料理する時なんとなくで調味料とか入れてるのか?」
「ん? まぁそうだね。最初の頃はちゃんと測ってたんだけど、慣れてくると『こんなもんだよねぇ〜』って感じで適当にやっちゃうかな? それがどしたの?」
ビンゴだ。俺の読みは完璧に当たり、軌道修正をするのに完璧なアドバイスを送ることができる。完璧すぎて自分で惚れ惚れするレベルだ。将来これで食っていこうかしら。
「俺と八重洲は体格が違う。もちろん手の大きさもな。つまり、手が小さい八重洲の感覚で塩をぶち込むと、まぁ当然のように塩辛くなるってわけだ。ただ食べられる程度の辛さだったのは、所詮は人間の手もサイズ分しか違いがないからって話だ」
憑依したことによる弊害が初めて浮き彫りになった瞬間。料理が得意だからといきなり剱に食べさせなくて本当によかった。
しかし今のである程度は感覚が掴めただろう。もう1・2度作れば完璧に仕上げることができるはずである。
「八重洲、もう何回か作るぞ。そうすりゃちゃんとした味で作れるだろ」
「オッケー。今度はもうちょっとお塩とか減らしてみるよ」
俺は八重洲に憑依してもらうべく彼女に近づいく。成功までの道筋はもう見えた。何度か作り直して完成したものを剱に手渡す。恐らく剱は部活中だろうが、一瞬呼び出し、食べてもらうくらいはできるだろう。
そんなことを思考している最中、ふと石動さんが一言呟いた。それは本当に何気ないセリフ。しかしそのセリフは俺の足を立ち止まらせた。
「頑張って! 今度こそ久哉が喜ぶハンバーグ作ろうね!」
ふと足を止めた俺は、先程の石動さんの言葉に強い引っ掛かりを感じる。剱が喜ぶハンバーグ、それは果たして俺の考えたやり方でできるものなのか、と。
剱が食べたいのはあの味のハンバーグなのか? 材料、工程、焼き加減、それらが完璧ならそれでいいのか?
あいつは自ら足を運び降霊術が使えないか尋ねてきた。それは石動さんに会いたかったからだ。そんな剱が食べたいのはただのハンバーグなのか?
「違うだろ……そうじゃないな」
何を言っているのか聞こえないほどの小声で声を漏らしてしまった俺を心配そうに覗き込む八重洲と湊。石動さんも疑問や心配などをごちゃ混ぜにしたような目線を俺に送っている。
「なっ君、どうかした? 大丈夫?」
「黒薙君? も、もしかして私が作ったあの塩の塊のようなハンバーグを食べたから体調が!? どうしましょうとりあえず保健室?」
不安そうな目線を送る八重洲に慌てふためく湊。そんな2人に俺は両手を挙げ制止を図った。そして徐に顔を挙げ、自身の間違いを吐露していく。
「違ったんだよ、俺たちは。俺たち全員間違っていた。剱が食べたいのはハンバーグじゃない」
「へ? 石動さんのハンバーグが食べたいんじゃないの?」
「そう、剱は石動さんのハンバーグが食べたいんだ。それはあの味が食べたいだなんて意味じゃない、石動さんが作ったものが食べたいんだよ」
徐に石動さんに視線を送る。そしてその後残った材料に目線を向けた。あまり料理をしないので正確にはわからないが、残り2食分と言ったところだろうか?
「足りないかもな……」
俺はポケットに入れていた財布に手を伸ばし、そしてそれを城端先生の目の前に置いた。いきなり目の前に財布ごと置かれた先生は、驚きと困惑の表情を浮かべている。
「先生、これで追加の材料買ってきてもらえませんか? コツ掴むまでに何回か失敗するかもなので」
「黒薙、君は部活の依頼のために自腹切るつもりか? なんでそこまで……」
「なんとなくですよなんとなく。それと、先生にだけは言われたくないですね」
鳩が豆鉄砲食らったかのような、そんな表情を浮かべ何度か目をパチクリさせた先生は、笑いながら徐に立ち上がった。
「確かに、それは言えてるな。だがそれはそれとして、この財布は受け取れない。生徒に払わせるわけにはいかんだろ?」
そう言いながら家庭科室の扉に手をかける先生。微笑みながら振り返り、去り際の言葉を残した。
「今日はまともなものを食べていないんだ。そのせいで余計に腹が空いてしまってな。材料は買ってくるからうまいハンバーグを作ってくれ。あ、私の分さえ作ってくれれば、残りは自由に使っていいぞ。サービスだ」
神がかり的なイケメン台詞をはき先生は家庭科室を後にした。ほんと、同じ学校の先輩とかだったらファンクラブ作ってたまであるな。もしくは告って玉砕だったろう。
城端先生に感謝のねんをより一層抱きつつ、俺は石動さんに視線と体を向ける。
「石動巴さん」
「え、あ、はい」
突然名を呼ばれたことに一瞬体をびくつかせた彼女だか、すぐに俺に視線を向ける。何をするのかと疑問を孕んだ目だ。
俺はそんな彼女に1歩ずつ近づいていき、手を伸ばせばすぐにでも触れられそうなほどの距離まで近づく。そして、彼女にしか頼めない提案を告げた。
「石動巴さん。あなたが、剱に料理を作ってやってください。あなたがいつも作り、ふるまっていたハンバーグを作ってください。そのためなら、俺はこの体を貸しますんで」
「あたしが……作る……!」
双方の依頼を達成するためにはこれしかなかった。どちらもの願望を成就させるため、俺は彼女に真剣な眼差しを向けるのだった。




