美少女の作った料理がグロいんだが!?
家庭科室前に到着した俺たちは、鍵を開け中に入る。
コンロや包丁、まな板やボールなどが所定の場所に置かれている。カーテンなどはなく、窓からは外の様子がはっきりと伺えた。
「丸見えだなこの部屋。サッカー部の練習風景が丸見えだ」
「つまりサボっている部員を告発するのが簡単ということね」
よくわからない感想を呟きつつ、ハンバーグに使いそうな調理器具を準備していく。この時、窓の外に気を取られすぎて八重洲が普通に準備していることになんの違和感も感じなかった。
必要な器具は準備し終え、手も洗い、エプロンすらも着用済みな俺たちは城端先生を待つこと十数分。家庭科室の扉がガラガラと開き、袋を持った城端先生が現れた。
「買ってきたぞ! おっ、準備はできているな。早速始めれそうだ」
机の上に材料の入った袋を置いた先生は、家庭科室内を見渡した。そしてその視線はカーテンもない窓と、出入り口の扉に注がれてた。
まぁ気になるよな、と思いながら、俺はとりあえず買ってきてもらったことに対する謝辞を述べる。
「すいません城端先生。ありがとうございます」
「ん? 気にするな若人。私も部員のようなものだからな。これくらいはするさ。特に金だってかかってないし、せいぜいガソリン代数百円程度だ」
確かに城端先生、今回は部費で落とすって言ってたなと思い出す。部費ってこんな自由に使えるんだなとトゲのように少し引っかかった。そしてそのトゲの正体はすぐに察することができる。
「あの先生、その材料って──」
「そういえば八重洲、君この家庭科室で物運んだりしていないよな?」
俺の言葉を遮るように話を始める先生。俺の意識もそちらに動き、そしてようやく気がついた。八重洲が普通に準備していたこと、そしてこちらから見えるということはあちらからも見えるのだということ。
まぁ要するに、『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ』的展開。
「八重洲ぅ、この家庭科室はサッカー部の練習グラウンドがよく見える。それはつまりあちらからも家庭科室がよく見えるんだが、わかるかな?」
「ひゃ……ひゃい」
笑顔の明王先生、間違えた城端先生。そして苦笑いを浮かべ方をすくめ、あからさまに目線を逸らしている八重洲。その対比は見ていて面白かったが、気づかなかった俺たちにも責任がないのかと言われれば危ういので、とりあえず目線を逸らすことにした。
「はぁ。君は一体いつになったら学ぶんだ? ……ひとまず料理を作ってみると言っていたが八重洲、作るなら黒薙に憑依して作ること。いいな?」
「……はい、すいませんでした」
想像力が足りなかった。確かにこのまま続けていれば、包丁が浮いたボールが浮いた肉が勝手に形成されていく、といった怪奇事件として七不思議の一つに仲間入りしていたことだろう。
城端先生はやれやれと言いたげな表情で後頭部を掻き、そしてそのまま近くの椅子に腰掛けた。
「ほら、剱に振る舞うんだろ? だったら早く作ったほうがいいんじゃないか?」
「それもそうですね。じゃまず八重洲さん、エプロンを脱ぎなさい」
城端先生の提案に準備を始める湊たち。八重洲のエプロンを剥がそうと湊が強く引っ張っていた。石動さんはそんな彼女らを見て腹を抱えて笑っている。
俺はわいわい騒ぐ湊たちを背に、城端先生の元へと徐に近づいた。そして先程途切れてしまった言葉を先生に直接告げる。
「城端先生、部費の話って嘘ですよね? ああいうのって何に使ったかの明細みたいの必要でしょ。ハンバーグの材料が通るとはとてもじゃないが思えない。……先生もしかして実費で──」
その先の言葉を紡ごうとした時、その口元には先生の指先が一本添えられた。そして直立している俺に、座した先生は上目遣いで微笑みかけた。
「勘のいいガキは嫌いじゃないが、気づいたとしても黙っておくという美学があることを学んだほうがいい。君に気づかれてしまった私は今、超絶恥ずかしいのだからね」
俺を制止する先生の耳先は、暖かな春にも関わらずよくみると少し、赤く染まっていた。どことなく艶っぽい先生に一瞬目を逸らす俺は、若干ひねくれっぽく返答をする。
「ありがとうございます先生。また一つ賢くなりやした」
「そうか。これでまた一つ、社畜の仲間入りだなぁ。ははっ!」
短い高笑いを上げた先生は指先を俺の口元から戻し、強い力で俺の体を半周させ背中を押した。
「ちょっ、なにしてんですかいきなり?」
「何してるはこちらのセリフだぞ黒薙。君がいくべきはあっちだろ? ほれっ、早く乗っ取られにいてこい」
からかうような笑顔を浮かべながら背中を何度か叩く先生。俺はそれが鬱陶しくなり前に進んだ。なんだか馬の気分だ。
というか早く乗っ取られに行けってさらっと言われたがとんでもないよな?
湊・八重洲の元に向かうと、もう準備は完全に整っていた。湊は紫の花柄エプロンを着用し、長い髪を縛り三角巾に入れている。
対する八重洲は身ぐるみ(エプロン)を剥がされ若干涙ぐんでいる。
「なっ君! この勝負絶対勝つよ! 勝って取られたエプロンの仇をとる!」
「残念だけど八重洲さん、その目に溜まった涙、何倍にもなって落涙することになると思うわ。先に言っておくわねごめんなさい」
二人の背後には業火が音を立てて燃え盛っているように見えた。そもそもはどちらにも料理を作ってもらい、出来のいい方を剱に振る舞おうと思っていたのだが、目的が変わっていってる気がする。女の戦い怖い。
女子同士が眼光をぶつけ合っている最中、俺はレシピの書かれた髪を手にとり工程をみる。流れは記憶の中にある調理実習とほとんど同じだった。ただナツメグを入れたりソースから自分で作るということから、若干の嫌な予感はする。
「まぁでも、レシピあんだし余程のことにはならんだろ」
ポンコツの湊は心配だが、料理ができる八重洲がいるから大丈夫だろう。一応の確信は持ちながら俺は二人にルールとカウントを告げる。
「おい二人とも、ハンバーグは剱に食わせるようも含めて二つ作ってくれ。材料はちゃんとあるからそこの心配はしないでくれ。あと、最終チェックは俺と先生が行う。それじゃ始めんぞ。3……2……1……開始」
直後、俺の意識はプツリと途切れた。
✳︎
意識が戻りまず初めに目に飛び込んだのは二つの肉塊だった。白い丸皿に置かれ湯気を放っているそれは、湯気に乗せ焼いた肉の匂いと上にかけられたソースの匂いを鼻腔に運ぶ。
この肉塊、この二つは全くもって同じ料理である。材料から作り方、それら全てが全く同じ。違いと言えば製作者くらいか。
さて、ここでなぜ俺が目の前の料理を肉塊と呼んだのか。それには浅い理由がある。俺から見て右の皿、これに乗っているものをハンバーグと名付けるとしよう。では左は?
ハンバーグとは、俺のイメージだと小判型だったはず。実際右手のものはそうである。しかし左手の方は……なんというかぼろぼろだった。ハンバーグというよりそぼろといった感じだ。製作者は言わずもがなである。
「湊、人並みにできるといっていたが、人並みの定義を教えてくれ」
「ッ……ゴリラやチンパンジーには作れないでしょ? つまり人並みよ」
手を後ろで組みあからさまに目線を背ける湊。その表情は『言われなくてもわかってるわよ』と言いたげだった。
俺はもう一度湊製のハンバーグを確認する。先ほども言ったが大きなそぼろといった様子で、さらに例えるなら卵焼きを作ろうとして失敗したからスクランブルエッグにした、といった感じだ。
ボロボロになった肉に申し訳程度にかけられたデミグラスが、余計に物悲しさを増長させている。
「んま、とりあえずこれはこれで食うよ。味さえしっかりしてりゃまだなんとかなる」
箸で割く必要がないという親切設計のハンバーグを掴み、中を伺う。とりあえず火が通ってないということはなさそうだ。むしろ焦げているくらい。
「……いただきます」
恐る恐る口に運ぶ。舌に触れ、噛み砕いた瞬間に溢れる肉汁──はなく、焦げた苦味と大きすぎる玉ねぎの食感が混ざり合い、しかも塩を入れすぎているのかめちゃめちゃ辛い。感想としては、食べれなくはないが美味しくない、という感じだ。これはデミグラスをつけても変わらなかった。
神妙な面持ちで口を動かす俺を見てソワソワし始める湊。感想が気になるのだろう。それはわかるが、なんていうべきなのだろうか。
「なぁ湊、調理実習ってやったことあるか?」
「え、えぇ、もちろんあるわよ。でもなぜ?」
俺の質問の意図が理解できていないのか、湊は不思議そうな表情を浮かべる。
これは隠キャあるあるだと思っているのだが、隠なる者というのは基本的にみんなと一緒にやる系ができない。というより混ざれない。
メインはウェーイ系が行い、準備や片付けなどは俺たちの仕事になることが往々にして存在する。そしてこれは調理実習でもそうなのだ。
「お前さ、調理実習での担当ってなんだった? 調理実習中いつも何してる?」
「調理実習なんだから料理作ったりするんじゃないん?」
ウェーイ系である八重洲は俺の問いに疑問の表情を浮かべる。対する湊は今ので察したらしく、さらに俺から視線を外した。そしてか細い声で返答をする。
「私は、その……色々やってはいるのよ? 味見だったり盛り付けだったり、他にもまな板洗いや包丁洗い、皿洗いなんかもしてるわね」
「料理してねぇじゃねぇか」
案の定、湊は調理実習で調理をしたことがない族だったのだ。しかしそのことについて責めようとは思えない。なぜならme toだからである。
「湊さ、できないならできないって言おうぜ? 別にそれで誰も責めたりしねぇよ」
「……ッ! やっぱり、できてなかったのね。まぁ、ひっくり返した瞬間に大地崩壊を引き起こした時点で察してはいたけれど」
苦笑いを浮かべながら前で指先を押し付け合わせる湊。その指には大量の絆創膏が貼られており、この一品を作るのにどれだけの努力を重ねたのかが窺えた。そしてそれは俺の中の余計なスイッチを押させることになる。
「こういうのは偉大なる主人公たちがやり尽くしてるし、キャラじゃないんだが……だぁもういったれ!」
皿を持ち、覚悟を決める。八重洲と湊、特に湊は驚きの表情を浮かべ、隣の先生は肘をつきながら笑みを浮かべている。
人に見られるってのは得意じゃないんだが、今はそんなことより目の前の皿に集中する。決まった覚悟で箸を動かし、ぼろぼろのハンバーグを思いっきりかきこんだ。強すぎる塩味に途中むせそうになったが、無理矢理堪え無事完食することに成功した。
「……ご馳走さん。感想とすりゃそうだな、フルマラソン走った後ならご褒美なんじゃないか?」
朦朧とする意識のせいであまりフォローになっていない発言をしてしまったが、しょうがないだろ許してくれ。
「フルマラソンて、何よその感想。よくわからないわ」
そう言ってフライパンに残った自身制作のハンバーグの前まで歩いて行き、崩れた肉塊の1つを箸でつまみ口に運んだ。まさにその瞬間である。
「──おえっ!」
自身の作ったものを口に含んだ瞬間に吐き出しそうな声を上げた湊。そして涙目になりながらこちらを勢いよく振り返る。
「あなたね、こんな塩辛いもの全部食べたの!? 何? 味覚障害なの? 死ぬの!?」
「散々だなおい。別に塩辛くないと思って食べたわけじゃねぇよ。ただ糖尿病になったら原因は間違いなくこれだろうな」
なんだよ、自覚ありなら正直に言やよかった。
そう思いながら口の中の塩を取り除くため水を組もうとした時、俺の目の前にコップに入れられた一杯の水が置かれる。顔を上げると、そこには少し顔を赤らめた湊がいた。
「その、ありがとう。……ちょっと嬉しかったからそのお礼よ」
「お、おう。サンキュ」
言葉を残すと湊はすぐさま八重洲の方へとそそくさと歩き去ってしまった。冷えたうまい水で喉を潤し、口の中の塩を濯ぎ流す。
その時聞こえてきた「みれちゃん塩どんだけ入れたの?」「少々って書いていたから、とりあえず中に入っていたスプーン一杯分入れたけど?」という会話で自身の体を本気心配しつつ、今度はもう一方のハンバーグに目をやった。
「次は八重洲か。ならまぁ……心配はないか」
思えばこの瞬間、1級フラグ建築士としての仕事を果たしてしまったのかもしれない。
そんなことは思いもせず、俺は再び箸を握った。




