幽霊少女はやかましいんだが!?
「えーっと、もう一回聞いてもいいですか? 石動さんなにをしたいって?」
先ほど聞こえたことは空耳であり、この静寂は偽物であると断言したい。そんな思いからもう1度石動さんに問いただす。
しかし現実とは非情なもので、求める人間にもたらされるは大抵碌でもない答えなのである。
「だから、ハンバーグを作りたいんだよ。生前作れなかったからさ」
「調理実習か何かで作りませんでした? カレーに続く定番だと思うんですが」
カレー、キャベツの千切り、ハンバーグは3大調理実習メニューだ。少なくとも俺の中ではそうだ。そんなメジャーな料理にも関わらず作ったことがない、いやそんなことは些細なことである。問題はそんなことで成仏していないのか? ということだ。
湊も同様の感想を抱いたのか、もう訳がわからないと言いたげな表情で質問をする。
「あの、なぜハンバーグなんて作りたいんですか? 成仏できないほどの料理ではないと思うのですが」
「あぁっとね、誤解があるようだから言っとくと、別にハンバーグを作ったことがない訳じゃないよ。ただ、作ってやるって約束した相手がいてさ、食べさしてやりたいんだ」
頬を赤らめ照れ臭そうに答えを返す石動さん。その表情は活発な少女から少女へと変貌していた。
俺は彼女の答えを聞いた瞬間ようやく思い出す。昨日見た夢にそのことが出てきていたではないか。ハンバーグと聞いた瞬間に察するべきだった。
「剱……ですよね?」
「あんれ気づいちゃった? まぁあたしの態度バレバレか」
直後、一瞬何かを言い淀んだ石動さん。彼女の瞳は何か昔懐かしむような、そんな様相が伺えた。
「そうだよ。あたし久哉にハンバーグ作ってやるって言ったまま死んじゃってさ、そのことが引っかかって成仏できずにいるんだけど、だからといってこの体じゃお肉の一つも触れれやしないから……。そんな時にこの部活を知ってさ、なんとかしてくれるんじゃないかなって」
若干物悲しく微笑んだ彼女に、俺たち3人の意思は固まった。ここまで言われて『幽霊だから諦めてさっさと成仏しろ』と言えるやつがいたらぶん殴る……は反撃されそうなので、噂を拡散してやる。
「つまり、石動さんが伝える作り方に沿ってハンバーグを作り、それを剱君に食べてもらう、これでいいのよね?」
「うん、それでお願い」
湊がまとめ、依頼人がそれを了承する。これで依頼は正式に交わされたということである。ここからは棄却はなく、成功か失敗かだ。
ではこれからどうするか? そう考えていた時、隣の八重洲が自信満々に自身の胸を突き出していた。
「なにやってんだ八重洲? それは湊に対する当て付けか?」
「八重洲さん、あなたがそんな人だなんて失望したわ。控えめに言って最低よ」
「曲解がすぎる!」
せっかく突き出した胸を萎ませた八重洲。話を進めるためからかうのはこの辺にしておくことにした。
「で、なんだったんだよ? なにが言いたかった?」
「ほら、私って多少料理できるじゃん? だから私の出番だぞぉ! って言いたかったの」
なおもしぼみ項垂れながら回答をする彼女言葉は、確かにそうだと納得できるものだった。実際八重洲は料理がうまい。しかも材料に触れることができるというお得仕様を兼ね備えている。
「んじゃあ第一候補は八重洲として、湊って料理できるのか?」
少し身を乗り出し八重洲越しの湊に尋ねた。問いただされた湊は顎に手を当て、少し考え込んだ後答えを吐いた。
「そうね、できるかできないかで言えばできるんじゃないかしら。もちろん得意とは言えないけれど、人並み程度には完璧にできるわ」
最終的に自信満々になった湊に若干の不安を抱いたが、まぁそれは実際にやってみて貰えばいいだろう。
問題はこれからである。料理をしようにも家庭科室をそう簡単に借りられるのかという問題がある。
「材料は今から買ってくるとして、問題は場所だ。幽霊のために料理をしていんですけどと言って伝わるとも思えんし……」
頭を悩ませる俺たち。そんな時、部室の扉が音を立て開き、若い聴き慣れた女性の声が耳に突き刺さる。
「そういう時こそ私を頼りたまえよ」
笑みを浮かべながら現れたのは我が探霊部の顧問、城端先生だった。いきなり現れた城端先生は何かの鍵を指で回している。
「城端先生……お疲れ様です」
「あぁお疲れ。依頼、受けたんだろ? で、君たちの目の前にその幽霊少女がいるのかね?」
鍵を回し続ける城端先生の視線は、見えていないはずの石動さんへと向けられていた。なぜそちらに視線が入っているのかわからない。しかしそれ以上に城端先生から飛び出した『幽霊少女』というワードが引っかかる。
「見えてんすか石動さんのこと? もしかして先生って霊感ある?」
「いや、霊感はないし見えてもいないさ。ただ、たまたま部室を尋ねたら声のない第3者と話しているようだったのでな。ちょっと耳をすませば家庭科室で料理がしたいとのことじゃないか」
城端先生は大まかな事情は理解しているらしい。そんな先生に八重洲は立ち上がりいかにもな困り顔で現状の課題を伝える。
「そうなんですよ! だけど家庭科室借りられるかわからないし、借りれてもまず材料を買ってこなくちゃいけなくって」
さてどうするかと俺たちが頭を抱えている課題を聞き終えた先生は、小さく息を吐くと同時に今まで登場からずっと回していた鍵の回転を止めた。
「だから言っただろう? そういう時こそ私を頼りたまえと。──黒薙、ほれっ」
「はっ? っておわっと!」
先ほどまで回していた鍵を突如として投げ渡される。突然のことだったので当然だが俺はその鍵をキャッチし損ねた。突然のことだったので。
「おいおい、それくらいキャッチしないか。そんなんじゃ野球選手になることもゼロから始める生活を生き抜くこともできないぞ」
「野球選手なんて憧れてないし死に戻りもしませんよ。ってかこれなんの鍵なんすか? いきなり投げ飛ばしてこんなも……の」
ぶつくさと文句を言いながら拾い上げた鍵には部屋の名前が記されていた。そしてそこには俺たちの求める部屋、『家庭科室』の文字が記載されている。
俺たちはそれぞれ顔を見合わせ、それぞれ言葉を漏らした。それは驚き、感嘆、感謝、色々だ。
「先生、もしかして話を聞いてこの鍵取ってきてくれたんですか?」
「どうやってこれを借りてこれたのか……どんな方便を使ったんです?」
「すっご〜い先生!! ありがと〜感謝だよ!!」
それぞれの感想を受け取った城端先生は、これまたわかりやすくどやっている。腕を組み、口角を上げ、顎を若干突き出している。
「大したことはしてないさ。その鍵は発足したばかりの部活のレクリエーションをしたいって言ったら簡単に貸してくれたからな。ザルだったよ」
教師が自分の学校にザルと評するのはいかがなものかとは思ったが、実際そのおかげで俺たちは次に進めるのだ。ここはなにも言わないでおこう。
「そういえばそこの幽霊少女。材料はなにが必要なんだ? 言ってくれれば私が買ってきてやるが。もちろんそこの代金は部費からさっ引くがな」
どうやら城端先生は材料まで買ってきてくれるらしい。こうなるとマジで頭が上がらない。
「あ、ハンバーグを作りたいので基本のざいりょ……そっか、この先生には声聞こえないんだっけ?」
先生の問いかけに答えようとする石動さんだが、自身が幽霊であるが故の特性に慣れていないのか1度は城端先生に返答をしてしまう。しかしすぐに気が付き、視線を俺たちに戻す。
「じゃあ紙に書いていくんで材料言ってもらっていいですか? ほれ湊、お前いらん紙いっぱい持ってんだろ? メモとってくれないか?」
「えぇ、わかったわ」
湊は鞄の中に詰め込まれている大量のゴミこと紙を探り出した。碌に表面を確認することもなく白紙を上に向けペンを取り出す。そしてそのまま石動さんの話すハンバーグの材料をメモしていった。
「──って感じだね。本当にただのハンバーグって感じだけど」
材料のメモを取り終えた湊はメモしたその紙を城端先生に手渡した。そのメモを受け取った先生は一旦裏返し、苦笑いを浮かべたのち踵を翻した。
そして先生は部室の扉に手をかけながら顔だけこちらに向ける。
「私はこれから材料を買いに行くから、君たちは先に家庭科室に行っていてくれ。それと、この40点のテストについては後で話そうな湊」
去り際にメモの表面をゆらゆらと揺らしながら見せていった城端先生。先生は格好良く去っていき、湊は情けなくうなだれた。
「……とりあえず家庭科室行くぞ。先に行って準備しておくほうがいいだろ」
こうして俺たちは器具などの準備を行うため、家庭科室へと足を運んだ。湊は移動中ずっとうなだれていたが、部室と同じく別校舎にある家庭科室。放課後ということもあり誰もいなくて助かった。




