見えないものが見えたんだが!?
時刻は12時30分。退屈な授業の時間を終え、ようやく昼休みだ。俺は昼飯の菓子パンを貪りながら本を読む。すぐ近くに本を覗き込む八重洲の顔があり、正直あまり集中できていない。えっと阿部貞子がなんだって?
「なぁ八重洲、ちょっと離れてくんない? 見づらいんだが」
「あ、ごめんね」
俺の小声を正確に受け取った八重洲は顔を離しあたりをキョロキョロし始めた。恐らく手持ち無沙汰なのだろう。やることなくて辺りをキョロキョロ。俺もよくやるからすぐにわかった。
それにしても確かに手持ち無沙汰にもなるだろう。こんなに本があって、2人もいるというのに実質作業できるのは俺1人だ。これでは無駄でしかない。
どうしようか少し考えた俺は、机上に本を2冊並べる。
「八重洲、こっちはお前が読んでくれ。ページをめくりたいときは声をかけろ。俺がめくる気づいたことや情報なんかは後で俺のと一緒にまとめりゃいいだろうし」
「なるほど! さすがなっ君! それで行こうそれで!」
仕事ができたことが嬉しいのか、少し微笑みながら本と睨めっこをしている。
「んじゃ、俺も本腰入れて調べるか」
目の前の本に目線を向け調べ始める。少しして八重洲の「次……次……」という言葉にほぼ無意識的にページを捲れるようになった頃、徐に聞こえる足音と、聴き慣れた男の声が放たれる。
「やぁ黒薙君、どうしたんだいその大量の本?」
「剱……別になんでもねぇよ。なんとなく俺の中で幽霊ブームなだけだ」
「ブーム、か。……黒薙君、昨日君は預かるって言ってくれたけど、気にしなくていいからさ。そもそも死者と話せるってこと自体難しいんだろうしさ」
少しかなしそうに呟く剱。今俺たちのやっていることが意味のあることなのか疑いたくなるような悲しい笑顔だ。
「難しいだろうな。でも、幽霊は存在するんだ。だったら可能性は0には絶対ならないさ。それに、俺のモットーは『2回やって無理なら諦めろ』であって、まだ2回挑戦してないんでな」
俺の人生の指針とも言えるモットーを教えた瞬間、剱は驚いたような表情を浮かべ、一瞬硬直した。2〜3秒した頃だろうか? 急に吹き出し始め、悲しそうな笑顔はただの笑顔に変わった。
「……ふはっ! なんだそのモットー! 高校生が掲げる生き方じゃないだろ!」
「わかる〜! ……あ、次」
八重洲は片手を掲げながら剱に賛成の意を表した。
そんな八重洲の「次」という声を受けほぼ無意識的にページをめくった俺は、視線を自身の本へと再度向けた。
「いいだろ別にじじくさくても。俺はできることが少ないから、できないことを早めに切り捨てていかにゃできることまでできなくなんだよ」
「なるほど、深いね。これTritterに投稿したらバズるんじゃないか?」
「ねぇよ。バズりを舐めんな」
「変わり身がえぐい!」
千里の道も1歩からというが、そんな悠長に歩いていてはそもそもバズれない。バズりの道は険しいのだ。
「んなことより、お前の友達すんげぇ睨んでるけど戻んなくていいのか? 激おこぷんぷん丸だぞ」
「ネタが古いな。でも確かに戻らないと。じゃあまたね黒薙君たち。無理だけは絶対にしないでくれよ」
そう言って剱は自分の友達のところへと帰っていった。戻っていったグループを横目でチラリと見ると、こっちをすげぇ睨んでた。かわいそうな八重洲。
「休みは後30分か……できるとこまでとりあえず読むか。あ、そういえば──いやなんもない」
剱の別れ際のセリフ。なんだか違和感として引っかかったのだが、それがなんなのか具体的に言語化できない。そこまで真剣に覚えようとして話していなかった弊害だ。
「ま、大したことじゃないだろ」
黒薙奈月は考えるのをやめた。……使い方あってる?
その後全ての授業は終了し、ついに部活の時間だ。俺は10冊の本を抱え、部室へと足を運ぶ。
ちなみに本はギリギリ読み終えた。とはいえ八重洲の力を借りてだが。
部室に到着し扉を開けると、やはりというべきか、湊が資料を読みながら指定席で座っている。毎度のことながらこいつは一体どんなスピードでここまできているのだろうか? 俺でも相当早い部類だと思うのだが。
「おぃ〜っす」
「やっほ〜みれちゃん! 朝ぶり!」
「こんにちは黒薙君、八重洲さん。きて早々で悪いけど、早速初めてもいいかしら?」
湊の机には数冊の資料本と、色々と書き込まれた1冊の紙があった。恐らく自分なりにまとめた紙なのだろう。
「わかった。俺も早く進めたい。湊から頼めるか?」
俺と八重洲はいつもの所定の席につき、湊の言葉に耳を傾けた。
「まず結論からだけれど、基本的に降霊術というものは素人が不用意にやるべきではないようね。特別な儀式を行わなければいけなかったり、仮に呼び出せても今度はちゃんと返せないと祟られたり、とかね。本当に幽霊を下ろしたいのであればイタコさんのようなプロに頼むしかないようよ」
「やっぱそうだよな、俺も何冊か読んだがそんな感じだ。素人でもできるものとして『こっくりさん』とかも例として上がってたが、あれって狐の霊とかを呼ぶんだよな? だったら意味がない」
いくら調べても正直何も進展はなかった。代表的な降霊術やその歴史まで調べたが、結局どれも行き着く答えは『無闇にやるな』である。これは何冊読んでも変わらなかったし、恐らくこれ以上調べても同じだろう。
「やっぱ一学生程度じゃどうしようもないのか……」
これでは預かる、なんてカッコつけて剱に期待をさせてしまっているだけだ。しかし俺たちにできることは正直思いつかない。これはもう詰みか?
全く何の考えも浮かばず頭を掻いた時、隣の八重洲がぽつりと呟いた。
「その巴さんも私みたいに成仏してなかったら話は早かったんだけどなぁ」
「まぁそれは確かにそうだな。この学校にも何人かいるんだろ? 幽霊」
「えぇ、たくさんというほどではないけど、何人かはいるわよ。そういう幽霊も相談に来てねと言っているのがこの部なのだし」
八重洲が呟いたようにその石動巴さんという女生徒がこの学校に幽霊として現れてくれれば一番早い。まぁ来てもらっても多分俺には見えないんだろうが。
「わずかな希望だが学校中探してみるか? 幽霊が見えるの湊だけだから負担はデカすぎるが」
「構わないわ。ここで頭を抱えるだけよりずっとマシよ」
「すいませ〜ん」
「よ〜し! じゃあ早速探しに行こ〜!」
俺たちはわずかな可能性に縋りつつ、その彼女がいないか探すため席を立っ──
「ねぇ、今誰か違う人の声混じってなかったかい?」
混乱する頭のせいで変な口調人ってしまったことはさておき、俺たち3人以外の誰か、城端先生とも違う女性声が聞こえた気がする。確かそれは入り口の方からだ。
扉の開く音はしなかった。足音もない。しかし声は確実に俺の耳に届いた。
俺は恐る恐る扉の方に視線を向ける。するとそこには、俺が見えなかったものがそこに立っていた。
「──あ、ようやくこっち向いてくれたね! あたしは石動巴! ここって幽霊でも相談に来ていいんだっけ?」
初めてやってきた幽霊の依頼人。それは俺たち探していた石動巴そのひとだった。
幽霊が見えている、その事実だけでも驚きなのだが、それ以上に俺を驚かせたのは、彼女の容姿だ。栗色の髪も、着ている制服も、そのどれもが剱とともに夢で出てきた女生徒と同じなのだ。
「ちょっ、は……なんで……?」
困惑しているところに何発も次弾が飛んでくる中、彼女はとどめの一髪をぶち込んできやがった。
「そういえば昨日はごめんね! え〜っと確か……黒薙くん?」
面識など全くない。それは間違いないはずなのだが、彼女はなぜか俺の名前を知っていた。その事実に、俺の頭は煙を吹き出した。
「もう、わけわかんねぇ……」




