初の依頼人がやってきたんだがやってきたんだが!?
「……眠い」
「えぇ、とてつもなくね」
退屈な授業を終えた俺たちはもはやそれが当然のように部室へと集まっていた。
体が向かうことを覚えてしまっている、なるほどこれが社畜の作り方か。『冴えない社畜の作り方』とか本にしたら売れるんじゃない? えっ、売れない? そうですか。
などと偏屈なことを考えてしまうほどに眠気がとんでもない。原因は明白。この空間において1人だけ隈を作らず元気な少女、八重洲飛鳥のせいである。
「なっくんもみれちゃんもなんでそんな眠そうなん? 特にみれちゃん、夜更かしは肌荒れの原因だよ」
「どの口が言ってるのどの口が……ブロックの方法だけ完璧に覚えたから今するわよ」
今にも人を殺しそうな目つきをしている湊は、机に突っ伏しながら面倒くさそうに携帯を振り回し八重洲を追い払う。この湊を見たら全校生徒の淡い幻想など一発で冷めそうだ。
しかしブロックの方法をマスターか、湊もまだまだだな。俺レベルにもなると通知オフ、非表示、退会も覚えたぞ。
「なぁ湊、今日は解散にしないか? この自動送信botのせいで眠すぎる」
「botってひどくない!?」
ひどくない。ってかbotじゃなきゃなんであんな高速で返信し、頭いいくせに誤字脱字大量で、文節もクソもない文章で、夜中2時までLINEすることなんてできるわけがない。あんなの人間じゃない。
「じゃあ聞くが、お前生前はLINEとかどうやってたんだよ? あんな一瞬で送られて、しかも会話が途切れることなく続いてたぞ。どうやって終わってたんだよ」
「ん? どうやってって言われても普通にやってるだけだしなぁ。なっくんとみれちゃんは気にしすぎなんだよ文章を。あんなのはニュアンスなんだよ。あと終わり方だけどさ、会話に隙間を見つけて『眠いから寝る』みたいに言うだけじゃん?」
何それbotよりすげぇ。ニュアンス伝わりゃいいってのはまぁ理解できるとして、なんだよ会話の隙間見つけて入れ込むって。あんな10秒にも満たない隙間なんて前の返信なんて返そうとか考えてたら消失するっての。
「黒薙君、夜中は八重洲さんから携帯取り上げてくれないかしら。なんなら破壊しても構わないわ」
「構うよ! みれちゃん眠たすぎて思考が暴力的になってるよ!」
湊の暴論に対し、白紙に『携帯取り上げ断固反対!!』と書き殴り、デモ行為のように掲げる八重洲。俺はその光景を目にしながら湊の暴論を想像してみた。──めちゃめちゃスッキリした。今夜やろうかしら。
「八重洲やめとけ。今依頼人が来たらどうする?」
「ふんだ!私はこの理不尽を解消してもらうまで断固この紙を下ろす気はないよ!!」
「八重洲さん大声出さないで。頭にくるわ」
「ねぇみれちゃん、それって頭に響くってことだよね? そっちだよね!!?」
どっちの意味でも頭にくる八重洲の大声に顔を歪ませつつ、いい加減面倒になったので立ち上がり、掲げる紙を奪い取ろうとした時、聴き慣れた扉の開閉音とともに聴き慣れた顧問の声が入り込んだ。
「おーいお前たち、依頼人を連れてきた…………ぁ?」
この探霊部の顧問こと城端先生は、掲げられた紙切れを見つめ、直後正気の抜けた顔になった。かと思えば、いきなり背後に振り返り扉の向こうに顔だけを出した。
「ん? 顔を出して、なんか喋って、扉を閉めーの、おっ、懐をごそごそとし始めた……なんかを手に持って、おっとなぜだろうこちらに向かって投球ホームをしているぞぉ。そして手に持っている何かを勢いよく投げ──」
刹那、激しい音とともに先ほどまで八重洲の声明が書かれた紙は、俺たちが掴んでいた切れ端を除いて消滅していた。
いや、背後を振り返ってみると、そこにはくしゃくしゃになった紙きれとその紙切れを正拳突きの如く叩き付しているタバコケースの姿があった。
「君たち、その紙は私たち以外からはただ浮いてるだけに見えるんだ。さぁ、これ以上の説明はいるかね?」
「「「いいえ!!! 必要ございません!!!」」」
思わず全員で敬礼をしてしまうレベルには怖かった城端先生は、笑顔でポキポキと鳴らしていた拳をポケットに戻した。
「はぁ、君たちは全く……せっかくの初依頼人だというのに締まらんな」
「そういえば依頼人連れてきたとか言ってましたね。で、それは人間なんですか?」
うちの部は名目上幽霊の方々もおいでやすスタイルにしている。しかも湊曰く結構この学校にもいるらしいので、こうして人間か幽霊かを聞いておかなくてはならないのだ。なぜならないのか、それは俺の心の持ちようである。
「安心しろ。人間な上にお前たちもよーく知っている奴さ。すぐに入れるから、出迎えの用意をしておけ」
友達のいない俺がよーく知っている人物ねぇ…………親か?
城端先生は扉を開け、外で待たせていた依頼人を部室へと招く。そして俺は意外にもその人物がきたことに驚きを感じなかった。
「やぁ黒薙君。僕が初依頼人と聞いてなんだか嬉しいよ!」
依頼に来たのは、俺とクラスが同じで同じ男、日本育ちということくらいしか共通点がない、異世界転生してきたのでは? と思うほどのスペックを持った青年──剱久哉だった。
✳︎
探霊部を発足し、最初の依頼人がとうとうやってきた。その依頼人とはクラスのトップカーストに君臨なさっている剱久哉だ。俺はとりあえず後方に積んである椅子を、俺たちに向かい合う形で置き、剱に座るよう案内した。
「ありがとう黒薙君」
「あ、はい、どういたしまして」
ニッコニコの秒殺スマイルを放たれたことで、昨日ようやくタメ口で喋れるようになってきた俺は敬語に引き戻された。
自身のヒエラルキーの低さを自分自身で確認しながら自席に戻った俺は、とりあえず左方向にいる八重洲と港に視線を向けた。八重洲には『なんもすんなよ、大人しく座っとけ』という目線、そして湊には『お前が部長なんだから進行しろ』と言う心あたたか〜い目線を送った。若干いやそうな顔をしていたことから伝わったとみて問題ないだろう。
「えっと、まずはようこそ探霊部へ。念のため確認しておきたいのだけれどこの部活が何をするところなのかはわかっているかしら?」
湊は若干緊張しているからなのか、某最高司令官のように肘を付きながら口元を隠していた。客を前にしてのポーズとしてはだめだとは思うのだが、ここでそれを指摘すればたちまち湊はテンパり始めるだろう。それよかマシだ。
「あぁ、もちろんわかっているよ。幽霊に関することを相談できる場所でしょ?」
「えぇそうね、間違っていないわ。では依頼内容を教えて──」
「その前に1ついいかな?」
湊の話を遮った剱は、1本指を立てながら俺たちに質問をしてきた。
「問題ないわ。何を聞きたいの? 答えられる範囲なら答えるわ」
「ありがとう。じゃあさ──」
直後、剱は先ほどまで上に向けていた指を俺と湊の間に差し向けた。その席は八重洲が座っている席であ……る……からして……やべ。
「その椅子誰も座ってないけど、まだ部員っているの? いるなら挨拶しておきたいなぁって」
──刹那、出入り口からとてつもない殺気を感じ取った俺と湊。横目でうっすらとみると、城端先生がもう1つのタバコケースをニコニコと何度も上空に放っていた。
一瞬のアイコンタクト。これまでにないほどの完璧なコミュニケーションを見せる俺と湊は、咄嗟の判断で机に掛けていた鞄を取り出し、中央の椅子、もとい八重洲の両足に鞄を叩きつけた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!」
勢いよく叩きつけられた鞄は椅子、というか八重洲の両足越しで椅子から大きな音を響かせた。八重洲は俺たちを恨めしそうに睨みつけてきたが今はしょうがない。許せ。
「え、えっと……大丈夫?」
額に汗を滲ませ、息を切らす俺たちを見ての心配をする剱。そんな剱に俺たち2人は親ゆびを立てて返答する。
「「大丈夫、これ、荷物置きだ(よ)」」
「そ、そうなんだ……あんまり聞かない方がいいかな?」
「あぁ、頼む」
剱が空気を読む能力に長けていて助かった。でなくば質問攻めにあっていたことは想像に固くないだろう。にしても依頼人に気を遣わせる相談所ってその時点でだめだな。
何はともあれ一応解決したと言うことで一旦深呼吸をし、ようやく本題に入った。
「えっとごめんなさいね、本題に入りましょう。剱久哉君、あなたの依頼はなんでしょうか?」
先ほどのやり取りで緊張など泡沫のように消えたのか、手は普通に膝の上に置かれ、依頼人への対応も所謂一般生徒が抱いている湊玲衣になっていた。そのことで剱も真剣な顔つきになり、部室の空気が張り詰めた。
「実は、僕にはずっと仲の良かった幼馴染がいたんだ」
いた、と過去形で言う理由は理解できたし、昨日剱が俺にあんな相談をしてきた理由もようやく理解できた。
「だけどその幼馴染、石動巴は去年……亡くなってしまってね。ずっと幼い頃から一緒にいて家族みたいに思ってたんだ。だけど彼女が死んで初めてわかった……僕は彼女が好きだったんだ。だけどそれは言えなかった。だから、降霊術とかをできるのなら、お願いできないかなと思ってさ」
予想通りにして予想を超える重さに、気軽にできませんとは言い難い状況になってしまった。それは湊も同様のようで、眉間に皺を寄せながら難しい顔をしている。
「えっと、剱君……その依頼だけれど」
何度も言い淀みながら言葉を紡いでいく湊。今の話を聞いてなんとかしたい、そう強く思っても無理なものは無理だと理解している。その空気は、当然だが剱にも伝わった。
「うん、大丈夫。そもそもダメ元だったんだ。どうかそこまで思い詰めないでよ」
剱はいつもの優しい笑顔で俺たちを慰める。
──なんで俺たちが慰められてんだ? 本当に辛いのは剱だろうが。
立ち上がり一礼、そして部室を出て行こうとする剱の背中に、俺は咄嗟に言葉を放っていた。
「この依頼……ちょっと預かるわ」
直後一瞬立ち止まり、驚いた表情でこちらを振り向いた剱は、すぐにまた柔らかい表情に戻った。
「優しいんだな、黒薙君って。ありがとう」
その言葉を最後に、剱は部室を後にした。
依頼人のいなくなった部室にはしばらく静寂が訪れた。その間俺はこの件に関してどう対応すべきなのかを考えていたが、どうにも眠気のせいで頭が回らない。
「くそっ、なんも浮かばん……」
俺が弱音を吐いた瞬間、それで口火を切ったのか城端先生はもたれかかっていた壁から体を離し、俺たちの元へと近づいてきた。
「君たち、今日は帰りたまえ」
「……ッ! でも先生、俺たちまだ依頼を──」
椅子を引き立ち上がろうとする俺の頭を、城端先生は撫でるような優しい手で止めた。
「社会人からのアドバイスその2だ。寝る間も惜しんで動くことがいいことだ、と思っているのかもしれないがそれは違う。よく動き、よく食べ、よく休む! これがいい仕事をするための3大要素なのさ。体が疲れていてはいい考えとやらも浮かばないぞ。ちゃんと仕事をこなしたいなら、まずは休むことの大切さから覚えたまえ」
真っ直ぐと俺たちを見つめる先生は、なんというか、すごくかっこよかった。
「さすが、人生の先輩だけありますね。すげぇ説得力でしたよ」
「だろ。私はこれでも君たちより長く生きている大人だからな。……これでもな!」
『これでも』をめちゃくちゃ強調する城端先生。ドヤ顔で自身を指さす先生は、実際その辺の生徒より綺麗に見えるから厄介だ。
思わず苦笑してしまった俺は、左手の湊と八重洲の方を見つめる。
「んじゃ、今日は帰るか」
「そうね。降霊術などに関してはまた明日考えましょ。あっ、八重洲さん鞄ごめんなさいね」
「大丈夫大丈夫! もう気にしてないから!」
と言うことは最初は気にしてたんですねごめんなさい。まじごめんなさいごめんなさい。
こうして俺たちは城端先生のおかげもあり、そこまでの重たい雰囲気ではなく帰宅をすることができた。帰りついて早々携帯を開いたが、休むことの大切さを覚えろという先生の言葉を思い出し、すぐさまベットにダイブした。相当眠たかったのか、意識が微睡の中に消えていくような、そんな不思議な感覚に陥る。
俺がもう眠るのだと察知した八重洲は、別室に続く扉のドアノブに手をかけながら挨拶をした。
「おやすみなっ君」
「あぁ、おやす……m……」
薄れゆく意識の中で扉の閉じる音がする。その瞬間、俺の意識は完全にプツリと切れた。
まるで、八重洲に乗っ取られた時のように。
これは夢なのだろうか? 現実なのだろうか? 眠ったはずの俺の目には淡く彩られた全く見覚えのない光景が広がっていた。そしてそこには1組の男女が誰かの家の前で談笑している。その男女、男の方には見覚えがあった。どころか今日あった男──剱久哉だった。
女子の方にもどことなく見覚えはあったが、あまり覚えてはいない。
そしてその女子は剱に対してすごくいい笑顔でこう言った。
『来週あんたの両親家にいないんでしょ? だったらあたしが作りに行ったんよ! あんたの好きなハンバーグ!』
その言葉を最後にこの謎の夢は終わりを告げた。




