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閑話  ~ 躊躇う月 ~ 


闇夜。

ほの明るい月が照らす湖畔を、足早に駆ける人物が一人。小柄なその人物は、きょろきょろと周囲を見渡したあと、誰もいないことを確認し、岸辺に座り込んだ。


「―――ここまで来れば、ひとまずは安心、安心っと」


弾んでいた息を整えながら、―――彼女は額に滲んだ汗を拭った。


「さぁてと、報告しなきゃ」


彼女は水面を覗き込む。そこには月が映り込んでいて、波にゆらゆらと揺れていた。彼女はそれを見て、にやっと笑う。


「ご報告いたしまーす。聞こえてますかー?」


彼女が月に向かって語りかけた瞬間、水面に映った月が大きく揺れ――――、一人の少女の顔が浮かび上がった。

癖のない漆黒の髪と、同色の瞳。陶磁器のような白さをもった肌に、薄い唇。どこか人形めいたその少女は、彼女の顔を見るなり『きこえてます』とささやくような声で答えた。


「ご命令どおりにしましたけど、良かったんですか? あれじゃ、内部に密偵がいますよって言っているようなものですよ? 兄君にお知らせしなくてよかったんですか?」

『―――だいじょうぶです。おにいさまには、わたくしからもうしあげておきますから。それより、そちらのほうこそ、ほんとうにだいじょうぶでしょうね?』

「大丈夫ですって。あの、バルドとかいう男、賢そうな顔の割にどっか抜けてるっていうか。たぶん、こちらに狙いには全然気づいていないと思いますよ」


カラカラと笑う彼女に、少女は『だといいのですが』と瞼を伏せた。

大胆なわりに、どこか心配性な主のことだ。自分の考えた作戦が本当に正しかったのか、迷っているのだろう。


(―――そういうところは年相応というか、微笑ましいというか。本来であれば、まだまだ甘えたいざかりの年頃なのに、主の両肩には国の命運がかかっているんだもんね。……なかなか、世知辛い世の中だわ)


自分よりも年下の主のことを思って、彼女―――アスカ・ミツルギは内心で嘆息した。だが、顔に出すことはせず、努めて明るく振る舞った。

そんなアスカに、主である少女はふっと小さく笑みを浮かべた。


『とにかく、いちどきかんしてください。……もうすぐ、つきがおちる』

「はいはーい」


ふっと水面から少女の姿が消えた。アスカは軽快に返事をしたあと、頭上の月を見上げた。ぼうっと夜の空に浮かぶ月は、どこか朧げで、もうすぐ雲に隠れてしまいそうだった。


「綺麗な月……。どこにいても、見える月は同じなのにね」


自嘲気味に笑ったあと、アスカは一度頭を振って、気合を入れるように己の両頬を叩いた。


「うっし! そんじゃ、帰りますか!」


アスカは勢いよく月が映る水面へ向かって飛び込んだ。とぷんっと水しぶきが上がり、湖面の月が大きく揺らいで――――――、その場には沈黙だけが残された。


閑話なのでちょっと短めです。



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