6話
『名もなき魔女』を斬れとの命を受けたものの、方向性が決まるまでは待機だというので、フィロは一時的にサンザ海砦へ帰還した。
砦に着くと、待っていましたとばかりに二人の副官に出迎えられた。
「おかえりなさいませ、隊長。お疲れさまでした」
「閣下ぁ、久しぶりの王城はいかがでしたかぁ? 今度はどこへ左遷ですかぁ? 私、空気が美味しくて食べ物が美味しければどこでも大丈夫ですよぉ」
「まだ左遷されたと決まったわけではないだろ。それで? 処分の内容はなんですか? 減俸ですか? 謹慎ですか?」
「二人とも、私は何もやらかしてなどいないし、左遷も減俸もないよ……」
「「えっ、ならどうして王城へ呼ばれたんですか?」」
こういうときばかりは、息の合う双子である。
心底不思議そうにこちらを見る二人に、さてどうしたものか、とフィロは思案する。
アルベスクからの王命は、おいそれと話していい内容ではない。それに、どう話していいかも分からないような内容だ。
興味津々な様子で迫ってくる双子に「え、あの、そのー」と狼狽えていると、フィロの背後で小さく笑う声が聞こえた。
「ウェザリア隊長って、素はそんな感じなの?」
「んっ?」
「「えっ?」」
聞こえてきた声にぎょっとして振り返れば、なぜかアルベスクがそこにいて、ひらひらと手を振っていた。
「アルッ……っ、っ、なんで貴方がここにっ!?」
「付いてきちゃった」
「いやいやいや、付いてきちゃったじゃなくて……っ」
うっかり名前を呼びそうになって、慌てて飲み込む。
どうやって付いてきたのか、いつからそこにいたのか、何も分からず混乱して目を回すフィロの脳裏で『転移魔法じゃよ』とフルーカスがのんびりとした声で応えてくれた。
(なるほど転移か。って、そうじゃなくて! この姿の陛下がこんなところに来ているなんて知られたら、それこそ左遷や減俸どころじゃない、私の首が飛ぶ!)
さぁっと血の気が引いているフィロをよそに「あらあらあら!」とカナタが歓喜の声を上げた。
「すっごい美少年じゃないですかぁ! これは将来有望ですよぉ閣下。いったいどこで見つけてきたんです?」
「ばかだな、カナタ。金髪は王家の象徴だ。きっと、王家に連なる方に違いない。そうでしょう? 隊長、ご紹介をしていただけますか?」
「う……」
スバルの鋭い指摘に、言葉が詰まる。
まさか「この国の国王です」と紹介するわけにもいかず、うろうろと視線を彷徨わせていると、こちらを見上げていたアルベスクがばっちりとウィンクをしてみせた。
任せろ、と言いたいらしい。一歩前に出た彼は、幼さの残る仕草で騎士の礼をしてみせた。
「はじめまして。ぼくの名はアーサル・エンブリザと申します。この度は騎士見習いとしてウェザリア隊長に同行させていただくことになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
にっこりと無邪気な笑みを浮かべたアルベスクに、カナタは「これはどうもご丁寧にぃ」と騎士の礼を返した。
スバルも一礼はしつつも、どこか訝しげにじっとアルベスクを見下ろした。
「エンブリザというと、司宰様のご親類かなにかで?」
「司宰であるギルト・エンブリザはぼくの養父です。……事情があり、両親のいないぼくを引き取って育ててくださいました」
「……なるほど」
すらすらと淀みなく嘘を吐くアルベスクにハラハラしていたが、スバルは彼の説明で納得してくれたらしい。
「もしかして、閣下が王都へ呼ばれたのって、この子のことで?」
「へっ? あ、あぁ、そうなんだ。彼が騎士を目指しているらしくて、見習いとして私に同行したいと。今は戦時中であるし、私は止めたんだが……」
言外に「いいから早く王城へ帰ってください」という意味を含ませると、アルベスクはフィロに縋り付いてきた。
「ご迷惑はおかけしません! ぼくは尊き国王陛下のため、国民のために騎士になりたいのです! どうか、お供させてください!」
大きな柚葉色の瞳を潤ませて懇願するアルベスクに、うっと言葉に詰まる。
騙されてはいけない。中身は立派な成人した男だ。
頭ではそうと分かっていても、天使のような少年の皮を被っているせいか、どうしても罪悪感が湧き上がってくる。
「まぁまぁ、いいじゃないですか閣下。それに、今ならいいタイミングなんじゃないですか?」
「どういうことだ?」
「……ツクヨミの使者から、一時休戦の申し入れがあったんです」
「! いつの話だ?」
「隊長が王都へ向かわれてすぐです。ツクヨミの使者を名乗る者が、天皇の信書を持って来ました。いつ隊長が戻られるか分からなかったので、代理で俺が中を確認させていただきました」
「中身は一時休戦の申し入れだった、と。……本物か?」
「ツクヨミの天皇家の紋がありました。まず間違いないかと」
元ツクヨミの軍人であるスバルが言うのだ。間違いなく、ミツキ・ツクヨミからの信書だろう。しかし。
「勝手なものだな。一方的に宣戦布告をしておいて、休戦の申し入れなど。信書を持ってきた使者は?」
「俺が信書の内容を確認したのと同時に、自害しました」
「…………そうか」
情報を与える気はない、ということか。
(それにしても、タイミングが良すぎる。私が王都へ行った直後に休戦の申し入れとは。……まるで、こちらの動きなどお見通しだと言わんばかりだ)
国力も兵力もこちらが有利であるはずだったが、どうにも、後手に回っている感が否めない。
さて、どうしたものかと思案していると。
「その使者の死体は、どこにある?」
少年の皮を脱ぎ捨てたような淡々とした口調で、アルベスクが問いかけた。一瞬、眉根を寄せたスバルだったが、すぐに「地下に保存しています」と答えた。
「いくら死体とはいえ、敵国の人間です。下手に処理すれば、いらぬ火種の元になるかと思いまして」
「ふ……、さすが戦場の狂魔女の翼。いい仕事をする」
「っ!? 貴方は、いったい……」
「いらぬ詮索はあとだ。その死体を置いている場所まで案内しろ」
もはや隠すつもりもないアルベスクの態度に、スバルは警戒をあらわにした。ちらりとフィロに視線を寄越してきたので、一つ頷いてみせる。
「大丈夫だ、私が保証する。とにかく、死体の場所まで案内を頼む」
「………了解いたしました。こちらです」
どこか憮然としながらも、スバルは歩き出した。その顔を見て、後が怖いな、と半ば諦めにも似た気持ちになりながら、フィロは彼の後に続いた。
「私にも、後でご説明していただけますよねぇ? 閣下?」
背後から声がして、フィロは乾いた笑みを零す。自陣にいながら、敵地に追いやられた心地がした。