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4話

なんやかんかありつつも、カターニアに案内されてたどり着いたのは、なんの変哲もない部屋の前だった。


「わたくしの案内はここまで。ここから先は、貴女ひとりで来るように言われているわ」

「了解しました。案内していただき、ありがとうございました」


頭を下げると、カターニアは嬉しそうに笑いながら、フィロの肩を軽く叩いた。


「もし、何か嫌なことがあったら、遠慮なくわたくしに申してくださいね。わたくしでよければ、いつでも力になりますから」

「ありがとうございます。将軍……いえ、師匠」

「ふふ、いいのよ。貴女はわたくしの可愛い弟子だもの」


じゃあね、と手を振って去っていく背中を見送りながら、フィロはもう一度彼女に向かって頭を下げた。


(師匠の手を煩わせるような厄介ごとなど、そうあるわけがない。師匠の心配性は相変わらずだな)


カターニアの心配性が自分自身にのみ向いていることなど、フィロは全く気づいていない。

自殺未遂をしてから、両親との仲がぎくしゃくしてしまい、ほとんど帰省しなくなったフィロにとって、カターニアは親代わりの存在ともいえる存在だ。

心配してくれることはありがたく、妙にくすぐったい気持ちになる。


「さて、と。師匠の心配が、杞憂に終わればいいが」


フィロは改めて、扉に向き合う。

身だしなみが乱れていないか確認し、扉をノックする。


「失礼いたします」


部屋へ入ると、まずフィロの目に飛び込んできたのは、太陽の光を吸い込んだような、鮮やかな金髪の少年だった。少年は、部屋の中央に置かれた机に座って、フィロと目が合うとにっこりと笑ってみせた。

年齢は、五、六歳くらいだろうか。利発そうな大きな柚葉色の瞳は、キラキラと宝石のように輝いている。新雪のような肌は中性的で、どこか危うい色気があった。

綺麗な子だ、とフィロは感嘆する。フィロの周囲には美男美女が多いが、ここまで顔の造形が整っている者はそういない。

ぼぅっと見とれていると、少年がひらひらと手を振ってきた。


「こんにちは、おねぇさん。おつとめごくろうさま」

「えっ、あっ、その……。どうも、ありがとうございます」


少年の態度に若干の違和感を覚えつつも、フィロは騎士の礼をした。


いくら年下とはいえ、ここは王城だ。少年の着ている服といい、どこぞの貴族の子どもであることは間違いないだろう。しかも、隊長格(フィロ)を招集できる地位となれば、公爵家くらいか。

貴族間において、爵位は絶対だ。上下関係がはっきりと区別されており、絶対的なルールが存在する。公爵家は、貴族の中ではトップの位置にある。となれば、とりあえず失礼のないようにしておいて損はないはずだ。


(それに……)


ちらり、と少年の後ろに控えている人物を見やる。

肩までの茶色の髪をゆるく一つに纏め、こちらのことなど意に関していないとばかりに立っている男。

ギルト・エンブリザ。

彼は司宰という立場にあり、カターニアの夫だ。司宰と言えど、彼が持つ権力はこの国の実質的なトップと言っても過言ではない。

まだ年若い現国王、アルベスク・トートレーゼの即位を後押しした人物であり、彼がいなければアルベスクの即位は成らなかったとまで言われるほどの権力者なのだ。


(彼が控えているとなれば、相応の権力者であることは間違いない)


――――と、保守的な考えを巡らせていると、少年は「ふぅん?」と不思議そうに小首を傾げた。


「戦場の狂魔女っていうから、どんな女かと思えば。案外、賢そうな顔をしているね」

「は?」


細い両足をぶらぶらとさせながら、少年はどこか愉しそうに笑っている。

値踏みするような柚葉色の瞳に、言いようのない不快感がこみ上げてきたが、ぐっと我慢する。しかし、そんなフィロを煽るように、少年はさらに続けた。


「戦場では、君の前にいる人間は全て敵とみなし、敵はおろか味方すらも切り捨てる鬼神ぶりだそうだね。敵はともかく、味方すらも切っちゃうなんて、隊長としてどうかと思うけど。……君は部下に恵まれているみたいだね。君を羽撃かせるための両翼が、ちゃんと機能している」

「っ!?」


少年の言葉に、声が詰まった。


(どうして、スバルとカナタのことを知っている!?)


動揺を隠すように少年を睨むが、逆に微笑まれてしまった。


――――両翼、というのは、スバルとカナタのことを指した暗語だ。右翼がカナタ。左翼がスバル。二人が揃って、両翼と呼ぶ。

彼らのことをそう呼んでいるのは、フィロと彼ら二人だけであり、外部に漏らしたことはない。それは、複雑な生い立ちを持つ二人を守るためであり、絶対に秘匿すべき暗語だった。


――――スバルとカナタは、トートレーゼ王国の人間ではなく、本来は敵であるツクヨミの人間だった。

だが、その生い立ちから、ツクヨミ軍の中で浮いていた二人を、フィロが密かに引き抜いたのだ。

敵国の軍人を自軍に引き入れるなど、本来ならありえないことだ。だが、何とかトートレーゼ国の戸籍を手に入れられたのは、カターニアの協力があったからこそであり、もし仮に、彼らがトートレーゼに何らかの害を及ぼした場合、フィロともども処分されることになっていた。


秘匿されるべきフィロの両翼(ふくかん)

その存在が、どこからか漏れているとしたら。


(この少年には、軍内部に内通者がいる。しかも、一般ではなく上層部に)


ごくり、と唾を飲む。

見た目が美少年とはいえ、その微笑みが油断ならないものに見えてきた。

少年の言葉にどう答えるべきか迷っていると、それまで黙っていたギルトが口を開いた。


「お戯れはそれくらいになさいませ。話がいっこうに進みません」

「まぁまぁ、いいじゃない。ちょっとした雑談だよ。ね、フィーフィロス・ウェザリア隊長?」

「……はぁ」


カラカラと笑う少年に、どうしても警戒心が拭えない。そんなフィロの様子を察しているのか、ギルトは小さくため息を吐いた。


「申し訳ありません、ウェザリア隊長。我が主は、人をおちょくって愉しむ最悪な趣味がありまして。お気を悪くされたのなら、私が代わりに謝罪いたします」


申し訳ありません、と頭を下げられ、フィロはぎょっとした。慌てて「顔をお上げください」と懇願する。

非常に心臓に悪い絵面だ。実際、心臓や胃がキリキリしてきた。いくらフィロが一部隊を預かる隊長とはいえ、階級でいえば下の中だ。階級ピラミッドのほぼ頂点にいるギルドが頭を下げるような、そんな大層な人間ではないのだ。

冷や汗が止まらないフィロに対し、ギルトはゆっくりと顔を上げると「お優しいのですね」と笑った。その笑みに、妙な引っかかりと覚える。

とってつけたような笑みに、試すような、品定めをされているような目つき。ざわ、と体中の血が騒いだ。

しかしそれも一瞬で、ギルトはまた無表情に戻った。


(気のせいか……?)


フィロは首を傾げつつも、特に害はなさそうだと判断した。それよりも、フィロには気になる点が一つあった。


(いま、ギルト様はなんて言った……?)


『我が主』


少年のことを、そう呼ばなかったか。

この国で、ギルトが主と仰ぐ人物といえば、ただ一人。


恐る恐る少年を見ると、彼はイタズラが成功した子どものような顔で。


「あぁ、そういえば、自己紹介がまだだったね。はじめまして、ぼくの名前はアルベスク・トートレーゼ。知ってのとおり、この国の王だ」


得意げに笑うその顔は、フィロには天使というより悪魔じみて見えた。


やっとヒーローの登場です!

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