わたしは決してあなたを忘れない
フィーフィロス・ウェザリアは魔女である。
魔女とは、研究者であり、魔法使いの総称だ。自らが定めた命題を人生をかけて追求し、回答を導き出すことを生業としている。
この世界で魔法を駆使できるのは魔女だけ。それはひとえに、過去に魔法を命題として研究してきた魔女たちが、後継者たちに引き継ぎ、今もなお続いているからだ。
ひとつのことに対して、どこまでも追求する姿勢は好ましくもあるが、あまりにも度が過ぎた探究心は、彼女たちを孤立させていった。
ゆえに、魔女に対する他者の印象は良くない。根暗で陰険で、部屋に閉じこもって研究ばかり。
――――それが、現在の魔女のイメージだった。
そんな魔女の血を引くフィーフィロス――――フィロは、今年で十七歳になる。本来であれば、婚約者ができてもおかしくない年齢であり、研究に恋に忙しい時期である。
だが、彼女がいる場所は、研究室でもなければ、いま流行っているスイーツショップでもない。
土と埃と血に塗れた、戦場であった。
「三番隊、前へ! 二番隊は私につづけ! 行くぞ!」
凛とした怒号が響く。「はい!」と答えた部下たちが、彼女のあとに続く。彼女はそれを満足げにみやって、眼前に立ちふさがっている敵を鋭く睨みつけた。
「私の前に立つ者は、すべて敵とみなす。―――覚悟」
しゃあ、ん、と鍔鳴りの音が響く。同時に閃いた一閃が、立ちふさがった敵兵を鎧ごと両断した。
あまりにも鮮やかな剣戟。バターにナイフを入れるような滑らかなそれに、敵兵どころか味方の兵士たちも嘆息した。
「あぁ、あれが、戦場の狂魔女――――フィーフィロス・ウェザリア」
その呟きごと敵兵を薙ぎ払い、一直線に戦場を駆ける彼女は、世間一般に知られている魔女のイメージを、見事に叩き割る働きをみせたのだった。
彼女の通った場所に立つ者はおらず、敵はおろか味方すらも薙ぎ倒していく。目の前の全てを破壊するまで止まらない、破壊神のごとき魔女。
戦場の狂魔女、というのがフィロのあだ名だ。
呼び始めたのは敵兵だったか、それとも味方だったか。
真意は不明だが、戦場のフィロはまさしく、狂魔女と呼ぶに相応しい様相だった。
しかし、その彼女はいま――――、波に揺られて、優雅なボード遊びに興じていた。
きぃ、きぃ、とオールを漕ぐ音が、湖畔に響く。
フィロは、剣よりも遥かに軽い日傘を差しながら、引きつった笑みを浮かべていた。
(いったい、何がどうしてこうなったんだ――――)
「どうかした?」
対面に座っていた少年が、フィロが固い表情をしているのを目ざとく見つけて、声を掛けてきた。同時に、それまで絶えず感じていた横からの視線が鋭くなり、慌てて優雅に微笑んでみせる。
「な、なんでもありませんわ」
「そう? それならよかった」
にっこりと微笑む少年は、太陽のように無邪気な顔で、湖面に跳ねた魚に喜びの声を上げていた。
(狸、いや、狐か)
その姿を見て、フィロは思わず持っていた傘の柄を握りしめる。びしり、と柄にわずかにヒビが入ったが、そんなことはどうでもよかった。
(ほんとうに、なんでこんなことをしているんだ、私は……)
太陽の光に反射してキラキラと光る水面が、痛いほど眩しい。和やかな空気に満ちているはずのこの場より、怒号飛び交う戦場が恋しくなってくるのは、きっと気の所為ではない。
小さくため息を吐きながら、フィロは数日前のことを思い出していた。
はじめまして!
初の投稿となります。よろしくお願いいたします!
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