一章六話
001-006.
ミナコさんの闘いが終わって寄宿舎に着いた私達三人は、早速ワシザキさんの資料を読み始める、ミナコさんに音読してもらい内容を確認していく。
そして分かった事は、この世界の人間達も元は異世界人だったという事実だ、女神に連れられこの世界にやってきた人類の始祖は、混沌に覆われていたこの世界を浄化していき今の文明を築き上げてきたのだ。
混沌との闘いは現在も続いており、幻体師が招かれた理由もそこに在る訳だが、ちゃんとした歴史を知ってしまうと考えさせられる物が在る、自分達が侵略の片棒を担がされていて、元の原住民を言われるまま悪と決め付けて虐殺しようとしていたのだから。
どうやら、ミナコさんはこの事実を知っていたようで、彼女が冒険者に成らずに幻体闘技で暮らしているのもこの辺りが理由なのかも知れない。
「なんか、殺伐とした歴史ですよね」
マナミさんの感想には私も同意だ。
「はい、お気楽な冒険世界だと思ってましたけど、私達って侵略者ですよね、ミナコさんのそれに気付いて冒険に出ないんですか」
「それは買い被りです、私は怖かったから冒険行けなかっただけです、けど、後でこの事を知って行けなくて良かったと思ってます」
「私はこの世界を少々甘く見ていました、祝福のお陰で綺麗になって、モンスターを狩っていれば英雄にもなれるって」
「でも、マナミさん、混沌の側もかなりの物ですよ、始めは対話を試みようとしたみたいですけど、彼等の基本は弱肉強食なので全く成り立たなかったと混沌について記された別の資料に有りましたから」
結局のところ混沌とは戦うしか無いようだ、自分達が侵略する側であっても今の私達はここで生きて行くしか無いのだから。
「生きるって大変ですよね」
「本当そうですね、だから出来るだけ早く稼げる幻体作って生活を安定させましょう」
そうしてまた幻体作りの作業が始まる、歴史を勉強出来たお陰でこの世界で好まれる生き物の事も解り、大分イメージが固まってきた。
あちらの世界では対して人気の無かった生き物がこの世界では聖獣として崇められている、中でも特に人気があるのがザリガニとキツツキだ。
ザリガニは混沌の沼を浄化した存在らしく、キツツキは人に住処をもたらした存在として崇められていて、街中でもこの二つをモチーフにした看板などを結構見かける事があった。
一般的に攻撃のキツツキと防御のザリガニというイメージが定着しており、キツツキの意匠を施された槍とザリガニを彷彿させる鎧は人気アイテムらしい。
解り易いは人気が出る、そうミナコさんに言われた私達はこの二匹の聖獣をモチーフに幻体を作る事にした、聖獣の加護を宿した魔法少女設定で、聖獣の姿を真似た鎧を纏う設定にした、どう割り振るかに若干難儀したが針仕事が得意なマナミさんがキツツキっぽい、という理由でマナミさんがキツツキで、私がザリガニになった。
そしてお互いにキャラクターをデザインしていったのだが、ザリガニモチーフはヒロインよりも怪人のようになってしまう、マナミさんのキツツキはあっさりと良いデザインが決まったのだが、やっぱり水棲生物は難しい。
さんざん思案した私達だが突破口は意外に近くにあった、この前の幻体闘技でミナコさん闘ったエイロボット、そう、生物ではなくロボットザリガニのイメージにすれば怪人っぽさが消えるのだ。
寄宿舎に点在している資料を参考にしながらマナミさんと二人でザリガニメカ少女のデザインを考えているとふと思い付いた、メカザリガニ鎧を着て私が闘うのはダメなのだろうかと。
試しにミナコさんに相談してみると前例はないらしい、けど、ダメでは無いだろうという話だ、そして、初めはメカを闘わせてピンチになったら合体すればいいとアドバイスを貰った、バンクのちょっとエッチな変身シーンは定番で尺も稼げるとの事だ、尺を稼ぐとかエッチなとかいう所は若干引っかかったが、中の少女をイメージしなくてよくなったので、結構楽かも知れない。
マナミさんも中の少女のイメージには難儀していたので、恥ずかしいけど取り敢えずやってみようという話になった。
前の世界では考えられない事だが、今の私達はかなり自分の容姿に自信を持っている、寄宿舎内の男達は優しくしてくれるし、街に出たなら現地人が声を掛けてくる事もある、向けられる視線が好奇な物で無く、好意的な物だという実感が確かにあり、その自身から私達は昔の自分から脱皮しようとしていた。
実際イメージを具現化してみると、ザリガニという存在は意外と作り易かった、小学校の頃に飼育係で世話をした事もあったし、兄弟も捕まえてきてよく飼っていたからだ、反対にマナミさんのキツツキは苦戦していた、実際のキツツキなど見た事も無かったし形のイメージすら曖昧だ、そんな様子を見兼ねたミナコさんは私達をある所へ連れて行ってくれた。
女神神殿、初めに私達が召還された場所ではあるが、祭壇はあの女神のところだけではなかった、女神同様に崇められている聖獣の祭壇もあり、ザリガニとキツツキの物もちゃんとある、中でもキツツキ祭壇の聖獣像は凝っていて、実際に木をつつく動作を再現しているのだ、余りにも都合のいい展開に笑ってしまうが、キツツキは男のロマンだと講師のカンベさんは言っていた、ドリルと同じ様な感じで穴を開ける行為に惹かれる物があるらしいが、それって男だからじゃね、という気もする。
だが、カンベさんも持つロマンはこの世界の男達も同様に持っているらしい、キツツキ像の前にはそれを見守る男達の姿が有り、其奴らの目は一様に輝いていた、そして、驚いた事に像の止まり木は定期的に交換されており、像の削った木屑は幸運アイテムとして販売されているのだ。
状況に流されて、私達三人も幸運の木屑を買ってしまったが、木屑以上にここでの収穫は多かった、木をつつく為に金属で作られたキツツキ像はメカキツツキのイメージに沿うものでその怪しげな動きと合わせてマナミさんの創造力を大いに掻き立てた。
数日後、遂に闘技用幻体を完成させた私達は、ミナコさんを相手に模擬戦をやる事にした、闘技訓練用にギルドに増設された施設を借り対戦する、闘技の性質上借りている者達以外は遮断されていて完全クローズドな環境で、私とマナミさんの初めての闘いが始まる。
初めて闘う私達に配慮してか、ミナコさんのクトゥルフはかなり縮んだ状態だ、それでも私達の三倍以上の高さがあるのだが、サイズのお陰か私達でも勝ち目がありそうな気がする。
登場時のパフォーマンスとして、神像の表面が割れてメカ聖獣が現れるイメージを事前の練習通りに行うと、いよいよバトルの始まりだ、アタッカーのキツツキとタンクのザリガニという位置付けで創造しているので、初手はマナミさんが仕掛ける。
上空高く飛び上がり、回転しながらのスパイラルアタック、穴開けロマンを体現した攻撃がクトゥルフの頭部を突き破って大穴を開ける、意外と呆気なく決着かと思われたが早々甘くは無い、見る見る頭部の穴が塞がっていき再生していく、そう言えばタコの頭は目のある所で頭っぽい所は胴体だったと思っていると反撃の触手がキツツキを襲う。
キツツキの胴体に絡みつき引き寄せようとする触手に対して、横からハサミで掴んで一気に切断する、すると今度は目標をこちらに変えて絡みついてくる、柔らかい体で何故ここまでの力が出せるのは謎だがその力は凄まじく硬い甲羅がミシミシを音を立てている。
だが、締め上げる為に動きの止まったクトゥルフを放置するほど私のパートナーは甘くない、先程より明らかに回転を加えた一撃が弱点の眉間に突き刺さると猛烈な回転で突き進んでは突き破り、遂には貫通する。
弱点を貫かれたクトゥルフは力を失い、ザリガニに絡みついた触手が力を無くして離れていく、だが、安心など出来ない、あのミナコさんがこの程度の事で負ける訳が無いのだ。
辺りに黒い霧が立ち込めてクトゥルフの姿を覆い隠す、私達は霧の外まで退避するとミナコさんの出方を伺う、不気味な音が聞こえ容易ならざる事態が進行している様だが、包まれると溶かされてしまうかも知れない霧に触れる気にはなれない。
結果的に立て直しの時間を与えてしまった私達だが、相手の準備の途中で攻撃を仕掛けるのは魅せる勝負とは言えない。
ようやく霧が晴れた後に姿を表したのは、頭がクトゥルフのドラゴン、ミナコさんは先日の闘いからドラゴンの優位性を認めてクトゥルフドラゴン形態を編み出したのだ。
必殺のキツツキスパイラルアタックがクトゥドラの胸にヒットするが、貫いて行かない、ドラゴン形態は強靭な防御力を持っている様だ、今度はこちらが渾身の突撃で厚い表皮をハサミの先端で貫こうとするが、擦り傷が付いただけだ。
力の差は歴然、このままではどう足掻いても勝ち目が無い、そう、今こそアレを披露する時が来たのだ。
私達はお互いに目を合わせ頷くと、二人揃って最終手段へのキーワードを叫ぶ。
「チャームビーストセットアップ!」
まだまだ練り込みの必要はありそうだが、今は打ち合わせ通りに行動する、羽織ったマントを投げ捨てると、ピチピチレオタードを着込んだ私とマナミさんが姿を表す、腕と太腿は素肌のまま露わになるが、全身タイツバージョンよりもこちら方を選択した。
そこに上空に飛び上がって分解されたお互いのメカのパーツが装着されていく、一気に装着されるのでは無く、部分ごとに分かれて徐々に装着されていくのはお約束だ、そして、胴体のパーツが装着される時に苦しそうにチョット喘いでみる、ここも当然のお約束で大きなお友達を惹きつける為には必要な演出だ。
かなりの時間を掛けて、変身を成し遂げた私達をミナコさんのクトゥルフは大人しく待ってくれる、お約束を邪魔する事はご法度なのだ、そして、最後の決めポーズをしっかりと決めた後に戦闘は再開される。