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傷つける牙と黎明の母

作者: 香月日向

 夜が明ける前に岩屋に帰らなくては。私はそう思って足を速めた。岩屋には身籠った妻がいる。

 

 もうすぐ、私の家族が増える。私は待ち遠しくて仕方がなかった。妻には元気な仔を産んでほしい。そのためには滋養のある物を食べてもらわなくては。私はそう思って私は狩りに出たのだった。

 

 私は陽が沈み、竜たちが眠りについた頃に岩屋を出た。小柄な竜は既に寝ていた。しかし体が大きい竜はまだ起きていた。大きな体はそう簡単には冷めない。私は大きな竜に気づかれないように茂みに隠れながら移動した。

 

 大きな竜の動きが鈍くなってくる頃、私は岩屋に戻った。妻は私が持ち帰った獲物を美味そうに食べてくれた。妻の嬉しそうな顔と、大きく膨らんだお腹を見ていると、私は何とも言えない幸福を感じた。

 

 妻と、そのお腹の仔を喜ばせたい。私はそう思って夜通し狩りを続けた。獲物を獲る度に岩屋に帰り、妻に食べさせた。

 

 気が付くと、東の空が薄く白んでいた。夜が明ければ、竜たちが目覚めてしまう。私はあわてて帰ろうとした。

 

 夜が明ける前に岩屋に帰らなくてはいけない。頭ではわかっていた。

 

 私は帰り道で大きな木の下を通りかかった。そこには木の実が山のように落ちていた。恐らく、夜の間に獣が食事していったのだろう。落ちているのは食べ残しだろうか。

 

 ちょうどいい、この木の実も妻に持って行ってやろう。日は既に上り始めたが、まだ風は冷たい。もっと暖かくならなければ竜は動けない。少しの間なら大丈夫だ。私はそう思って木の実を拾い始めた。

 

 持って帰ることができる限界まで木の実を拾うと、私は再び家路についた。だいぶ日は上ってきたが、大きな竜はまだいびきをかきながら寝ている。大丈夫だ、竜はまだ起きない。

 

 もうすぐだ。もうすぐ、妻とお腹の仔らが待つ岩屋だ。私は走ろうとしたが、木の実が重くて上手く走れなかった。

 

 この茂みを出ればすぐ岩屋だ。私は茂みから顔を出した。しかし、私はすぐ顔をひっこめた。

 

 竜がいた。小柄な竜が、尻尾を振っていた。竜は岩屋の入り口に頭を突っ込んでいる。

 

 余りの恐ろしさに、私は石化したかの如く動けなくなってしまった。

 

 固まっている私には気づかずに、竜は夢中になって岩屋をほじくる。頭が大きくて入らないとわかると、竜は岩屋を形作る岩をどかそうとし始める。両手を器用に使って岩を除けると、そこにできた空間に竜は頭を突っ込んだ。

 

 気味の悪い咀嚼音が響く。骨をかみ砕く音、肉を噛み締める音が耳に張り付く。

 

 妻も、仔も死んだ。私はそう思った。その時だった。

 

 妻が岩屋から少し離れたところにある穴から出てきた。よろよろと歩く妻を私は茂みの中に呼び寄せる。恐怖のためか茫然としている妻を小突きながら私は逃げた。

 

 岩屋からだいぶ離れた小高い岩場まで逃げた。岩場には大小の岩が重なりあって出来た隙間がたくさんあった。ここなら隠れ場所にも苦労しない。

 

 私は妻の様子を見た。げっそりとした顔をしている。昨夜私からもらった獲物を食べていた時とは大違いである。

 

 妻のお腹が萎んでいるのに気が付いた。妻は私が留守の内に出産していた。

 

 しかし、生れてきたはずの我が子の姿はない。竜が岩屋を襲ってきて、妻だけが命辛々逃げてきたのだろう。生まれたばかりの赤ん坊が竜から逃げられる道理などない。

 

 岩場から麓の草原を見渡す。日もだいぶ高くなり、風も暖かくなった。草原にはすっかり体の温まった大きな竜たちが闊歩している。

 

 私が竜のように大きな体と力を持っていたら、妻を危険な目に遇わせることも無かっただろう。私が竜のように鋭い牙や固い鎧を持っていたら、我が子を無残に食い殺されることも無かっただろう。

 

 しかしそれは無い物ねだりに過ぎない。どれほど強く望んでも、無い物は無いのだ。生まれ持った物以外の物がポンと手に入ることなど有り得ない。願ったところで体は大きく強くならないし、欲したところでこの身に牙や鎧が生じることはない。

 

 結局、生まれ持った物以外は持ち得ない。生まれたままの、生まれ持ったものだけで生きていくしかないのだ。

(終)


これも病んでた時書いたヤツの供養です。とにかくシンプルな表現を追求し、恐竜を書きたかったんです。

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