6話 厳しすぎるので家出します
「なんですかそのぎこちない礼は! もっと流れるように!」
「は、はぃぃ……!」
「淑女たる者そんな返事で良いと思うのですか!」
「はい!」
もう嫌だ、なんで私がこんな目に。
ロバルトが帰った数日後から、何故か大勢の人が押しかけて来て「おめでとうございます」と口々に言われた。そして、マナーや勉強は自分のペースでゆっくりとやっていたのに、新しい先生を付けられ厳しく教えられている。
兄さんに教えて貰ったんだけど、ロバルトは婚約者探しを強制的にさせられていたようで、私の所に来る前は、そりゃあもう大勢の貴族の女の子の絵を前に座っていたらしい。その中で選んだ絵は私、シャーロットだ。
確かに私は珍しい7属性持ちで、公爵令嬢。納得が出来る。
そして私と会った日から、婚約者選びをパッタリとやめて、理由を聞けばにこりと微笑んだという。それを勘違いした人達は私を婚約者に決めたからという考えに辿り着き、王宮では、というか、貴族の間でそれはそれは噂になってるとの事。
私を第一王子の婚約者と勘違いした人達は家に押しかけ、少しでもウォーカー家と繋がりを持とうとか考えてる人達が来たり、婚約祝いとしてプレゼントが家に運ばれている。お父様に私は婚約したのかと兄さんと一緒に聞いたら、してないと首を横に振った。
家に来る人に「違うんです」と言っても話を聞いてくれない。
厳しい先生、更に勘違いして人の話を聞かない奴ら、これらのせいで精神状態がボロボロの私に微笑みかける兄さんが救いの神に見えて、思わず抱きついてしまったが息を荒くして逆に抱きつかれたので直ぐに目が覚めた。
あの時の私は本当に疲れてたわ、兄さんに抱きつくとか普段の私なら絶対にしないし。
「今日はこれくらいにしておきましょう。」
「はい……」
私にマナーを教えていた先生は優雅な足取りで部屋を出た。出た瞬間にピンと伸ばしていた背筋を丸め、近くの椅子にだらしなく座った。アリシアは直ぐに紅茶を淹れる、流石、小さい頃から一緒に居る侍女だな。
「クソ、クソが、ドS王子めぇ……!」
アリシアの前で令嬢とはとても思えない数々の言葉が私の口から出るがアリシアは何も言わない。本当にありがたい。だってこうやって少しでもストレス発散しないと、また兄さんに抱きつくような奇行に走りそうだから。
先生は厳しすぎるし、勉強で地理とか歴史は苦手なのに覚えろとか無茶苦茶な事を言ってくるカツラの先生がいて、カツラが風で飛ばされたの見て笑いを堪えてたら難しい質問されたし。もう無理だ、ヒロインはよ来て、そしてはよ王妃になって、そして私を救って。
「お嬢様、お気を確かに」
「アリシア……」
「ストレスを溜めると、お髪に影響が出ると何処かの本で読みましたので」
「それって遠回しに私は禿げるって言ってる? そう言ってるの?」
アリシアは完璧な侍女だ……何故か私の髪の毛事情を心配するけど。
「そういえば、ロバルト様からお手紙が届いております。それと花も一緒に」
「えー……めんどくっさ」
「そんな事を言っては駄目ですよ」
手紙を先に受け取り封を開ける、中に入っている紙を取り出し内容を読んだ。
「……こんなにも書かれてる内容は差し障りないのに悪意しか感じられない手紙って私、初めてだわぁ……」
手紙をアリシアに渡す、アリシアは手紙を読むと私に返した。
書かれている内容は至って普通だと思う。最近起こった事、体調はどうか、そっちの具合はどうだ、とか、普通なんだけど何故だろう? 体調とかそっちの具合が知りたいとかが念入りに書かれてるんだ。しかも出来れば返事を出して欲しいって書いてある。
可笑しいなぁ。出して欲しいって書いてあるのに、何故か返事を書いて出せっていう命令形にしか見えない。
ロバルトってドSで腹黒いから私の身の回りの事をしつこく聞いてくるのか何となく分かる。彼奴、絶対に楽しんでるわ。婚約の噂でウォーカー家と少しでも繋がりを持とうと押しかける人達。第一王子との婚約者と勘違いされ、教育が厳しくなった事。それらを全て知ってるんだ。だから身の回りの事を聞いて私がどれだけ苦労してるか知りたいんだ、そして笑いたいんだ、きっと。
「大丈夫ですよ、お嬢様。私はお嬢様が禿げようと貴方様の侍女ですから」
「何で禿げるって分かるの? アリシアには未来でも見えちゃうわけ?」
「お嬢様、こちらはロバルト様からお嬢様へと送られたゼラニウムです」
アリシアが差し出したのは赤いゼラニウムという花。私は花なんかに興味はないがタンポポとかは別、あれは吹くの楽しいから。
「赤いゼラニウムは、「君ありて幸福」が花言葉でしたね」
「へー」
つまりあれか? 今までは面白くもない生活だったけど、私という名の玩具が現れて幸福って事か?
「どうしますか、この花」
「庭に埋める」
その後、ロバルトが私に花と手紙を送ったという事が噂になり、ますます教育が厳しくなったので、腹いせ程度にロバルトに手紙を送った。その手紙には少し手が加えてあって、左端の文字だけを上から下という風に読むと「二度と近づくなクソ餓鬼が」と読めるようにした。もちろん、そこを聞かれても白を切ろう、それも全力で。
次の日、ロバルトからの手紙が来たが、送られて来た荷物がドレスやら宝石やらで、今度はロバルトは私にぞっこんっていう噂が広まり、今でも厳しい教育がより
厳しくなった。
ロバルトから送られた手紙を読んでみると、これまたご丁寧に私が加えた手をそのまんま使ってる、「頑張って下さいね」、そう書かれていた。これにイラっときた私は、また手紙の返事を送りつけ、噂が広まるという悪循環に気づきながらも、左端の文字を上から下に読めばロバルトを罵倒する文章が書かれている手紙送り続けた。
「シャーロット、その手紙を少しだけ貸して下さい。誤字が無いか、失礼な事が書いてないか確認してあげます」
「いや、いいよ別に」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
あと、ちょっと面倒ごとが増えたので慰謝料でも請求してやろうと思う。
.
今日も今日でマナーの授業がキツい。
「もっとゆったりと! それでいて素早く!」
「はい!」
こうやって頑張っても頑張っても完璧にならないマナー、精神的にキツい。昨日は兄さんに抱きついて、鼻息を荒くしながら抱きしめ返されても何とも思わなくなってしまった。
「何ですかその所作は!」
「はい!」
「此処は指の先まで伸ばすのです!」
此処はこう、もっとゆったり、令嬢としても気品を持て。色んな言葉が頭の中をグルグル回る。
プチリ、頭の中で何かが切れた音がした。
「もう嫌じゃぁぁぁぁぁあああああっ‼︎」
「シャーロット様⁉︎」
マナーを教える先生の横を走り抜け、私は外へ飛び出した。走る、捕まらないように走る。人が居たら避けて、走って、とにかく走って。
ずっと、ただがむしゃらに走って、ようやく動かしていた足を止めた。
「あははっ! やっちまったぜベイベー!」
もう後悔なんてしないし反省だってしない。こうなったら散歩でもしようか。
なんて考えていたら、遠くから人の声が聞こえた。街だ、街があるぞ。店とか見たい。着てるものは来客が来ないって分かってる時に着る、かなり地味なドレスだし、5歳の公爵令嬢が此処に1人でやって来るとか普通は思わないだろ。
でも、やっぱりドレスは目立つだろと思った私は、何か羽織る物はないかと周りを見渡す。
「……あ」
少し遠くに馬車で移動している商人を見つけた。金は……ある、ドレスのポケットに何かあった時の為にと入れておいた、お父様に金が欲しいと強請り、ようやく貰った金色のコイン。どれくらいの価値があるか分からない。だけど買えるものがあれば買おう。
私は馬車に向かって走り出した。
「すみませーん! 少し商品を見せて貰ってもいいですかー!」
「……ん?」
「すみませーん! ちょっ、ちょっとー! ストーップ! 止まってー!」
「は? 子供?」
急に止まる馬車、私は更にスピードを上げて男の人に近づく。馬車から降りる若い男の人、何だ此奴って顔をしてる。
「すみません、何か羽織る物が欲しいんです」
「あ、あぁ、分かった。少し待ってろ」
混乱した顔で馬車の荷台に行った商人は、数枚の布を手に戻ってきた。
「あんたのサイズで合う羽織る物はこれくらいしか無い」
「そうですか……あ、この砂色のローブいいですね」
いかにも地味な砂色のローブを指差した、布の感触がいい。
「これで足りますか?」
お父様から貰った金色のコインを差し出すと、商人は目を見開き私とコインを何度も交互に見る。
「逆にこんなローブ何枚でも買えるわ!」
「そうなんですか、じゃあこれ下さい」
金色のコインを渡したら、金色、銀色、銅色のコインが何枚も手に握らされた。
「……あんた、何者だ?」
「家出した美しい五歳児です! あと街に行きたいんで途中まででも良いから乗せて下さい」
「家出ってお前……そんな小さいのに家出したのか」
「いや、一応帰りますけどね」
「それ家出って言うのか……?」
色々と話し合った結果、何とか馬車に乗せて貰う事が出来ました。