4話 鑑定士が来る
「シャーロット、シャーロット、起きて下さい」
ゆさゆさと誰かに揺さぶられている。だがまだ眠い私は、揺さぶっている手を思いっきり払いのけた。
「シャーロット……このままだと私はシャーロットに何をするか分かりません」
「おはよう、兄さん」
「おはよう」
あっぶねー……兄さんの場合は本当に何するか分からねぇから怖いわ。
それにしても兄さんはいつになったら自重してくれるの? いくら兄妹でも男女だよ? 同じベッドで(兄さんが一方的に)寝てるとか知れたらあらぬ噂が……っって立たないんだったー、何故か立たないんだったー。
ジト目で兄さんを睨むと、頰を赤く染めて興奮し始めたので直ぐにやめる。
「兄さん、着替えるから部屋出て」
「いや、もしシャーロットが着替えてる途中に転んだらと思うと気が気じゃないから此処で……」
「お兄ちゃんお願い」
「今直ぐに出ますっ‼︎」
……ふっ、チョロい。
この世界に転生してから五年が経った。あの赤ちゃんの頃と違い、今は歩けるし意志も示せる。
そして、兄さんのシスコンは増すばかりである。
シスコンにならないように今までしてきた私の努力とは一体。
赤ちゃんの時、一番に兄さんの名前を言わせたかったのか寝てる間はずーっと「ジェラルドジェラルドジェラルド……」って耳元で囁かれ続けたり、掴まり立ちや歩いた時とかに転んだら何故か兄さんが下に……って事があったり。
そんな事もあったけど、健やかに私は成長し、今は元気な公爵令嬢。
「……やっぱり似てない」
鏡を覗くと薄い桃色の髪に鮮緑色の瞳、正にあの悪役令嬢の幼少期なんだが何かが違う。こんな感じじゃなかった。タレ目で髪の毛はウェーブが掛かり、優しく微笑めば天使の様だった。
だが鏡に映る姿は何だ? あんな美男美女の間から産まれたのに遺伝子を受け継がなかったのか、あるいは突然変異を起こしてしまったのか十人並みの顔。タレ目はタレ目だけど気怠げな鮮緑色の瞳。薄い桃色の髪はクルンクルンと毛先が丸まってる。そう、つまり癖毛。
これって前世の私と同じじゃないか。
数日前、侍女のアリシアに「このままだといつか禿げますね」と言われた時、何故か未来の禿げた私の姿が脳裏に浮かんだ。
「お嬢様、今日も着替えの手伝いをさせて頂きます」
「ア、アリシア……!」
私はアリシアに抱きついた。急に抱きつかれたのにも関わらず、アリシアは後ろに倒れる事もなく、その場に立っている。
「私禿げないよねぇ⁉︎ 髪の毛って毎日かなりの数が生えてるんでしょ⁉︎ お願いだから私は禿げないって言ってお願いっ‼︎」
「お嬢様……私は嘘を付けない性格でございます」
「遠回しに私は将来禿げますねって言ってる? 言ってるよね?」
これが日常茶飯事。会話内容は気にしないで欲しい。
ほとんどの着替えは私が済ませるのだが、やっぱり駄目なのか所々アリシアが手直ししてくれる。最後に髪の毛を梳かすのだがこれが痛い。
「いだだだだだだっ‼︎」
「これで……お嬢様の禿げへの道が……」
私の髪の毛は髪を梳かしても直ぐに絡まるから、この行為はとても意味がないと思うんだけどアリシアは毎日しっかりと私の髪の毛を梳かす。その際に何か言ってる気がするが、聞かない方が良いって私の第六感が告げてる。本当にアリシアはいつも何を言ってるんだろうね?
「終わりました」
「うん……ありがとう」
今日の髪型はいつもと同じお団子編み込みヘア、これのせいでより一層、髪の毛がクルンクルンする。本来のシャーロットは髪の毛を下ろしてるけど私は屈んだ時に髪の毛が視界に入って邪魔だからお団子にしている。
着替えが終わったので部屋を出ようとするけど、此処で一旦ストップ。まず、部屋を出る時は必ずドアの前に立たないように、立つならドアが開いた時にドアが壁を隠す所に立ちましょう。次に意を決してドアを開けます。この時、しっかりとドアの陰に隠れる所に立っているか確認しましょう。
「私の可愛いシャーロット! 十分二秒も離れていて私はとっても寂しかったです!」
ドアを開けた瞬間、物凄いスピードでドアを閉めた兄さん。それはつまり、ドアの陰に隠れてるのがバレたという訳で。
「追いかけて来んなぁぁぁぁぁああああああッ‼︎」
「おや今日もまた鬼ごっこですか良いでしょう今日も私が鬼役です!」
こ、これが日常。そう、この地獄の鬼ごっこを毎日してる。
しかも兄さん、かなり速い。でもだからって簡単に捕まらせないけどね? 兄さんに捕まらないようにこっちも必死なんだよ、毎日毎日ずっと走り回って変な体力付いたわ。
「お母様ぁーーー! お父様ぁーーー! 今日も兄さんがぁっ‼︎」
「あらあら、シャーロットは愛されてるのね?」
「シャーロットは今日も元気だね」
「なんでも良いから助けて下さいっ‼︎」
公爵令嬢にあるまじき発言、行動。九十九%は私のせいなんだけど残りの一%は親が厳しくないせいでもある。普段は強く出れないけど大切な人の為だったらどんな人にでも牙を剥き守るお父様、性格はおっとりとしていて、令嬢としてかなり評判が良いお母様。
この2人に怒られた事や注意された事なんて一度もない。そう、一度も。
だからか、だからシャーロットはあんなに凄い性格に育ったのね。そう思った瞬間であった。
「シャーロット!」
「おぎゃああああああああっ‼︎」
「二人共、席に着きなさい」
なんだろう、お父様とお母様のスルースキルが上がった気がする。
言われた通りに席に着くと運ばれて来るのは美味しそうな料理。最近、付けられた女教師に教えられた通りにナイフとフォークを使って食べる。これでも精神年齢はもう二十代行ってるんでね、こんなの簡単だわ。
「シャーロット」
「なんでしょう、お父様」
「今日は鑑定士が来るよ」
吹き出しかけた料理を何とか飲み込んだ。
「それは本当ですかお父様?」
「あぁ」
鑑定士
人の魔属性やステータスなどのやら、どんな物でも鑑定出来る人を私達はそう呼ぶ。そして鑑定士はどんな人でも鑑定する事が決まりになっている、貴族や平民関係なく。
もちろん私は鑑定なんてしなくても分かってるけど、ステータスが気になる。乙女ゲームのシャーロットは小さい頃から完璧令嬢と呼ばれ(性格さえ除けば)完璧中の完璧、一番の魔法の使い手を決める大会ではミニゲームでシャーロットと戦うけどかなり苦労した。例えば、火の魔法を使えば水の魔法、植物の魔法を使えば火の魔法と使う魔法と相性が悪い魔法を使ってくるからだ、何度リトライした事か。
それに威力とか半端なかった。最終的には物理で行ったよ、そう、殴る。
魔法より物理の方がシャーロットのHP削ってたなぁ……。
「この後来る予定だから、適当に時間を潰しておきなさい」
「はい!」
私は目の前にある料理を急いで口の中に詰め込んだ……おい、流石にこの令嬢に
あるまじき姿ぐらいは止めてくれ。あと兄さん、なんかその笑顔、綺麗な筈なのに変態性が滲み出てるね。
そう思ってる内に料理を食べ終えてしまった。
「それでは庭で景色でも眺めてます」
「身体に気をつけるんだよ」
「えぇ」
この家の庭は庭じゃない。規模が違う。何故こんなに広すぎる土地を庭の一言で済ませられるんだ。ぼんやりとそんな事を考えながら歩く。
……そろそろ来るかもしれない。
「シャーロットー!」
やっぱり。
後ろを振り向くと笑顔で走ってくる兄さん。笑顔は本当に良いんだけど走って来るスピードが尋常じゃない。人間を超えてる、兄さんが言うには風の魔法を使って速度を上げてるらしいけど、元の兄さんの脚力が凄いからじゃないの?
「庭にいると思い出します! シャーロットと私はよく此処辺りを散歩していたのですよ! その時のシャーロットはとても小さくてですね⁉︎」
「うわああああああ‼︎」
地獄の鬼ごっこが今、始まる
.
「お嬢様、鑑定士様がお見えになりました」
「アリシア! 助けてぇ‼︎」
「お嬢様、私は仲が良い2人を引き裂く事など出来ません」
「何処がっ⁉︎」
兄さんと走り続けてもう1時間、こっちは疲れてふらふらしてるのに兄さんはまだ余裕そう。本当に人間なのかって聞きたい。ていうか今までの行動からして人間な方が可笑しい。
「兄さん! 私は鑑定士様と会うからそろそろこの鬼ごっこやめません⁉︎」
「本当はもう少し鬼ごっこをしたいのですが……シャーロットは鑑定士が来る事を何よりも心待ちしてましたし、分かりました」
シャアアアアアアアッ‼︎
思わずガッツポーズを握ってしまった。私は悪くない。ようやくこの鬼ごっこが終わるって思ったら体が勝手に反応したんだ。
無理に動かしていた足の速度を落とし、ゆっくりと歩く。そのまま私はアリシアに着いて行った……兄さんも。
「こちらで御座います」
部屋の中には青年が立っていた。私達が来たのを見るや否や頭を下げる、それに釣られるようにして私も頭を下げた……あれ? 確か令嬢の挨拶ってドレスの裾を摘まんで頭を下げるんじゃなかったっけ、あ、やっべ、前世の頃の挨拶が今になって出て来ちゃった。
慌ててドレスの裾を摘まんで頭を下げた。
「初めまして、私はシャーロット・ウォーカーです。今日は鑑定をしてくれるのですよね? よろしくお願いします」
「は、初めまして、僕、じゃなかった……! 私はトム・ブラウンです。今日はおじょ、お嬢様の鑑定をしに……」
うわ〜〜〜〜なんかオドオドしてる人が来た〜〜〜。
なんだろう、今まで年が近い人で五歳差の兄さん(シスコン)しか見てないからこういう人ってかなり新鮮だわ。
そう思っていると兄さんは私を背に隠すように一歩前に出た。
「初めまして、ジェラルド・ウォーカーです。今日は妹をよろしくお願いしますね……。私の可愛い妹に指1本でも触れて見なさい。社会的に抹殺しますよ」
「ひぃっ⁉︎」
「……兄さん」
その殺人光線と脅すのやめようか、耐性のなくて気が弱い人には効果抜群すぎるから。
兄さんを押し退け、腰が抜けたのか床に座り込んだトムさんに手を伸ばす。
「大丈夫ですか? 兄さんがすみません」
「あ、いえ……大丈夫です」
私の手を取ろうとしたトムさんはまた「ひっ!」と小さな悲鳴を上げたので、後ろを振り返って兄さんを見ると、兄さんはニコニコとした笑顔。
ちょっと兄さん、そんな私は無害ですよーって顔しても分かってるよ? どうせトムさん睨んだんでしょ? 的な意味を込めて睨むと兄さんは頰を紅くさせ息が荒くなったので直ぐにトムさんに向き直った。変態って怖い。
「兄さんの事はお気にならさず」
「は、はい……」
本当に私の兄ながら恥ずかしい。この部屋に来る前に追い返しときゃ良かった。
「で、ででででは、この水晶に手ひょ、手をかざしてくだひゃい!」
「トムさん、落ち着いて」
「はいぃ!」
「貴方は自分の仕事が上手く出来ない上にシャーロットの足を引っ張るおつもりですか?」
「すみませんすみません! 何分これが初めての仕事でして……!」
兄さんが冷たい眼差しでトムさんを睨む、うん、この瞳だ。普段のあのヤバい瞳じゃなくてこの瞳こそが何回も乙女ゲームで見て来た瞳だ、そしてなんか兄さんが乙女ゲームで見て来た、まだ仲が良くなかった時の冷徹なジェラルドに見える、凄い。いつもこんな感じでしっかりしてたら良いのに。
……じゃなかった、パニックになってるトムさんを助けよう。
「兄さん、これは私の事だから下がってくれる?」
「でもシャーロット……」
「お願い、お兄ちゃん」
「分かりました。直ぐにでも下がりますね」
本当にチョロいわー。
兄さんを下がらせた所でトムさんの方に振り返る、可哀想にトムさんはカタカタと震え上がっていた。動物で例えると猫に追い詰められて恐怖のどん底にいる鼠、今まさにそう見える。あっ、ヤバいヤバい、母性本能鷲掴みされかけたわ。
「初めての仕事なら緊張したってしょうがないですよ」
「すみません……」
謝らなくて大丈夫です。きっとそれ私の後ろにいる兄さんのせいですから。
話している途中で机の上に置いてある水晶の存在を思い出した。確かこれに手をかざせって言ってたよね? 私は今さっきまでの会話を思い出しながら水晶に手をかざした。
「トムさん、かざしましたよ」
「では、始めます」
気を取り直したトムさんは水晶に触れた。触れた瞬間、黒く輝く水晶、黒の次に赤、薄い青、青、茶、緑、グレー、黄と光る。
「えっ、えっ? 7色に光った? え、ええええええええっ⁉︎」
「凄いですよシャーロット! シャーロットは凄いって思ってましたけど、7属性持ちなんて中々いませんよ⁉︎」
「お、おぅ……」
おっと、公爵令嬢としては相応しくない反応しちまったい。
実際に分かってたから7属性持ちなんて驚いてないけど、この2人の反応に驚いてます。ちなみに部屋の隅に立っているアリシアは真顔。
「シャーロット様の属性は闇、火、水、氷、土、植物、風、雷です!」
「そうなんですか」
「魔力数も測りますね!」
今度は両手を握られた。何か熱い物が私の身体中を走り抜けた気がする。そして後ろからの視線が痛いし何故かトムさんの顔が青ざめて震えてるのは見ない振りをしておこう、うん。
「で、ました」
「はい」
「魔力、数は……」
なんだろう? 私の魔力が多いから驚いたのかな?
ゲームでのシャーロットは7属性持ちで魔力がかなり多い。私の魔力が多いのは分かってる。あぁもうイライラして来た。ハッキリ言え、気になるじゃないか。
気になった私は、トムさんに聞く事にした。
「どうなんですか?」
「ひっ」
思ったよりも圧をかけるような声が出てしまった。
今度はトムさんを怖がらせないように、できる限り笑顔で、優しい声でもう1度聞く。
「ごめんなさい。……で、魔力数は?」
「えっと、その、とても……いです」
「はい? あの、なんて言いましたか?」
余りにも聞き取れない小さな声だから、思わず耳を近づけた。
「とても……少ないです」
「え」
この日、私は七属性持ちで魔力がとても少ないと分かった。