~隠された事実~
───────かつて
大地を震わせ、雷鳴を轟かせる程の戦争があった。
人や動物が戦慄を覚え、多くの死傷者を出した永年の戦いはある一人の男により終わりを告げた。
名を、ルストア・ニクス。
彼は称賛され、勇者としてその名を知られることとなり、そればかりか……花嫁候補を名乗り出る者も少なくなかった。
打ち倒された魔王ベアトリーチェは自ら王の座を捨て、今まで自身が犯した罪を悔いた。
神々は勇者を祝福し、何でも1つ、願いを叶えることを約束した。
勇者は言った。
「亡き者達に再び魂が宿らんことを願いたまう」
願いを聞き届けた神々はその力を以て死者を復活させた。
これでまた、平穏な日々を送れるだろう。
誰もがそう思いながら物語は最終章を迎えようとしていた。
が、しかし……事件は起こったのである。
「リーチェ、そろそろご飯にしようか」
「おや、これからが良いところだと言うのに……」
「また勇者の伝説でも話してたのかい?」
「またとはなんだまたとは!これがなければ私達はこうして暮らすこともできなかったんだぞ?」
始まった。
何回、いや……もう何百何千と聞かされてきたこの話。
勇者が魔王を倒し、死者を蘇らせて平穏な日常を取り戻したどこにでもありそうな伝説。
ただ1つ、普通の伝説と違うところがある。
それは───────、
「そうだね、ベアトリーチェ……僕達の出会いもそこから始まったのだから」
「あぁ、ルストア……今も変わらず愛しているぞ」
勇者と魔王が愛を育んだことである。
目の前でイチャイチャしている頭のおかしい奴等の話だ。
さて、ここまで来れば読者の皆様も察しがついているであろう。
俺が何者か?愚問だな。
「父さん早くご飯」
「ごめんごめん、さぁクロードもこう言っていることだし……食事にしよう」
二人の愛の結晶だよ(笑)
クロード・ニクス、正真正銘二人の血を受け継いだ子、それが俺。
「よく毎日飽きもせずにそんなことができるね」
「その減らず口、縫ってやろうかバカ息子」
腹を痛めたのかは分からないが可愛い息子になんて恐ろしいことを言う母親だろうか。
年中無休で愛の補給をしている二人はもう勇者と魔王という立場ではない。
ただの親だ。
「おぉ、私のルストアが作る料理は今日も美味しそうだな」
「ははは、そりゃあリーチェに振る舞うものだからね?愛が溢れてしまうんだよ」
訂正、バカな親だ。
魔王の座を捨てた母さんは魔力を失い、勇者だった父さんは剣を封じた。
それは自動的に能力を捨てたことになる。
まぁ、最初は二人に罵声を浴びせる者も多かっただろう。
今でこそ、伝説として語り継がれる程だからな。
しかし、二人はこうして身を隠すことでそれを逃れた。
だが、解決していない問題が1つ。
勇者と魔王の間に生まれた子どもはどちらになるのか、ということだ。
戦争が終わった今でも悪は存在し、悪を打ち消す光も存在する。
その座を降りたと言えど、1度は世界を支配した魔王。
まだまだその影響が消えることはない。
勇者として活躍していた父さんも……。
勇者の剣を振るうことができるのはその血を持つ者だけだ。
父さんは自らの意思で封じてしまったからもう勇者にはなれない。
そうなれば必然と……両者の血を受け継ぐ俺に注目が集まるだろう。
現に今も母さんの部下が訪ねてきたり、父さんを慕う者達が祭りを執り行ったりしている。
故に俺は、外出も儘ならない。
しかし、二人のお陰で俺はまだ顔も見られたことがない。
「そろそろ外にも出たいんだけど」
「何を言っている、何か不満があるのか?」
「そういうワケじゃないけど、俺ももう魔法が使えるし……そこら辺のモンスターなら倒せるから」
「クロード、僕達もできることなら思い切り外で羽を伸ばして過ごすクロードを見たいんだよ……」
「うん、分かってる……過去にあったことが原因なことくらい……、でも別に、俺は二人を否定したりしないし、恨んだりもしないから」
現実は残酷だ。
そんなこと俺が一番分かってる。
けど、友達もいない俺には外で遊ぶ楽しさというのが、まだ分からないんだ。
いくら本を読んだとしても、実験をしたとしても……その感情を知ることはできない。
「すまないな、クロード……でもお前には私達の子であることを悔やまないでほしい」
「ごちそうさま、俺もう部屋行くから」
「クロード……」
父さんが後ろで心配そうに名前を呼ぶ。
「悔やんだりなんかしないよ、寧ろ誇りに思うくらいだし」
そう笑えば二人の顔に安堵の色が浮かぶ。
「クロード、おやすみ」
「おやすみなさい」
「寝られないなら添い寝してやるぞ?」
「いらん、寝れる」
「そうか、それは残念だ」
橙色の炎が柔らかく部屋を照らしていた。
後ろ手に扉を閉めれば……薄暗い俺の部屋だ。
棚には伝説を記した多くの本が並んでいる。
「本は嘘つきだな」
勇者と魔王は互いに憎み合い続けただなんて、とんだ嘘っぱち。
勝手に書き換えてやろうか。
「ん?なんだあれ」
窓の外で何かが光っていた。
「ふむ……俺を誘き出して顔を見ようって魂胆だな?」
どこまでも続く草原に似つかわしくない布のような物が見えた。
あれは変装服の一種だろう。
「技術の進展もここまで来ると1つの武器だな」
だが、生憎俺はお前なんかの企みに乗ってやるつもりはない。
帰って頂くことにしよう。
「母さん、お客さん来てるよー」
そう一言叫べば扉の向こうでガタンと音がする。
数秒後には窓側の方で叫び声が……。
「ダメだな10点、面白味のない叫びだ」
こう思える程には客人を追い払……帰している。
こんなことを考えていると俺は母さんの子だと熟実感する。
「あ、静かになった」
今日の客人は暫く来ないだろう。
「よっ……と」
仄かに草花の香りがするベッドに潜り込んで目を閉じれば……あっという間に睡魔がやってくる。
体が沈む感覚に襲われて、俺は眠りについた。
──────カチャンッ
「リーチェ、どうだった?」
「今回も私達の知る者ではなかった」
「そう、……ここ最近やたら来るね」
「そろそろ潮時かもしれないな」
元勇者と元魔王、そしてその両者の血を引き継ぐ子は狙われていた。
その事実を、クロードは知らない。
「クロードは大丈夫かな」
「……大丈夫だろう、私達の子だぞ?」
「でも、もしものことがあったら僕は……」
ルストアの声が震えた。
「リーチェ、本当にこれしか方法はないんだろうか」
「少しばかりの辛抱だ、また直ぐに……」
会えるとは言わなかった、否、言えなかった。
ベアトリーチェはふ……と目を伏せ、息を吐いた。
「ベアトリーチェ、君と離れるのも含めて……僕には堪えきれる自信がないんだ」
「私もだルストア、しかし……狙われていることが分かった以上逃げてばかりはいられない、私達はあの子を……クロードを守らなければいけないんだ」
母親として、かつて世界を支配した王として、ベアトリーチェの瞳には決意の炎が灯っていた。
「術を解こう、ベアトリーチェ……剣は置いていく」
「魔力半減を食らったとはいえ、まだまだ使えるものだな」
ベアトリーチェは理由あってクロードに魔力を失ったと伝えていたが、実際は半減されただけだった。
術を解いてすぐに魔除けの術を組み込んだ剣は灯りに照らされ妖しく光った。
「……じゃあ、リーチェ……」
「今は名前で呼ぶところだろう?」
「2日間だけ目眩ましに魔法を使う、その間にやるべきことをやっておこう」
「ありがとうベアトリーチェ、行ってきます」
ベアトリーチェが行ってらっしゃい、と告げる間もなくルストアは消えた。
ルストアもクロードには能力が使えないと仄めかしてはいたものの、封じていただけだったのである。
そして、ベアトリーチェもその場を後にした。