桃太郎迎撃作戦 ――鬼が島異聞――
自分では、もう少し健康的な軍記物っぽくなる予定だったのです。
桃太郎迎撃作戦 ――鬼が島異聞――
「ももたろう
昔むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおりました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこと流れて来ました。おばあさんはその桃を持って帰り、おじいさんと食べようと二つに割ったところ、中から玉のような赤ん坊が出て来ました。二人は、その子を桃太郎と名付け、大切に育てました。
桃太郎は十五歳の時、このあたりで悪さをする、鬼を退治する事を思い立ちました」
「迎撃用意!弩隊一番、二番」
「準備よし!」
「火縄隊一番、二番、三番」
「準備よし!」
「長槍隊一番、二番」
「準備よし!」
「鬼兵抜刀隊!」
「いつでも行けますよ、賊長どの」
副長の佐吉が笑いながら答えた。
賊長のシュテンドルフ=喜助は大きく頷いた。
今からの戦さを前に、シュテンドルフ=喜助は彼らが住む、この島の事を考えていた。
X
元々、瀬戸内の小島群の中にあり、どの藩にも属していないこの島は、周りを暗礁に囲まれているため、近付き難い無人島として、あまり顧みられる事のない場所だった。
ある時、嵐で三十石船が座礁し、三十人あまりの男女がこの島に命からがら上陸した。ほとんどが商人や町人であったので、島の暗礁を抜け出せる船を作る事が出来ず、島で生き抜く事となった。
島では真水の確保が難しく、苦労も多かったが、海産物が豊富だったお陰で、徐々に生活も安定して来た。
海流の加減か、難破した船の多くがこの島近辺に流れ着くので、種々な積荷や、生残者、死者も増えて行った。二年後には、岬の近くに合同の墓碑を建てて、死者を弔った。
新しい難破船の生残者や、島内で新しく生まれた子供などで、人口が少しずつ増えて来たある日、江戸へ向かっていた南蛮船が座礁し、ドイツ人が二人加わった。彼らも一緒に暮らす事となり、彼らの持つ井戸掘りの技術のお陰で、真水が確保出来る事となり、生活水準が一気に向上した。
ドイツ人二人は、岬に立って海を行く船を見る事が多くあり、近隣の漁師はその姿を見掛けて、金髪と鼻の高い異相から、
「あの島には鬼が棲んでいて、海行く船を狙っている」
という噂をし始めた。
ドイツ人達は、島内の人々に溶け込んで、子供も生まれた。生まれた子供―シュテンドルフ=喜助―も金髪と高い鼻を持っていた。島で暮らしていた幼い頃には気付きもしなかったが、十五才になり、島の外へ出るようになると、世の現実を知る事となった。
彼の姿を見た全ての者が、驚いたり恐れたりして、まともに相手をしてくれなかった。石を投げて来る子供達もいた。島の中では当たり前だと思っていた事が、違っている事を思い知らされた。
いわれのない差別を受けて、シュテンドルフは世の中を斜に見るようになった。ケンカっ早くなり、何度となく刃傷沙汰を起こした。いつしか彼だけではなく、島の者皆が鬼の一族だ、と言われるようになり、いつしか彼らの住む島も「鬼が島」と呼ばれて、忌避されるようになっていった。
やがて、金子が手に入らなくなり、日用品に事欠くようになって来ると、しばらくは難破船の積荷などを引き上げて使っていた。しかし当然すぐに予備も底をつくので、仕方なく近隣の村や行き交う船から掠め取った。時には全く知らない遠い土地まで船で行く事もあったが、小船しか持っていない彼らにとっては、命掛けともなる大遠征となる。
なるべく近場で物資を調達しようとなると、旅人や商船を狙った山賊海賊行為となってしまう。一度悪名が立ってしまうと、それを頼って食い詰め者や日陰者が寄って来るようになる。何時しか彼らは巨大な賊集団となり、「鬼が島の鬼」と呼ばれ、恐れられる存在となったのである。
彼らの存在は、当然岡山藩、そして隣国の廣瀬藩の目に止まる所となり、それぞれの藩から討伐隊が派遣されたが、どちらも返り討ちにした。そもそも太平の世でぬるま湯に浸かっている旗本など、はなからお呼びではない。しかも、海上の難所であるこの島へは、そう簡単には攻め入る事も出来ない。
藩の討伐隊を退けた事により、「鬼が島」の勢力はますます大きくなった。特に、シュテンドルフが族(賊)長として元服してから生まれた第三世代は、生まれながらの賊すなわち鬼として育って来たので、罪を犯す事にあまり抵抗を感じない。畢竟賊行為も残忍性が増して来る。しかも、特に必要がないような時にでも、旅の者や商隊などを襲って、荷物を強奪したりした。
人々はやはり鬼の仕業だ、と恐れたが、それはシュテンドルフとしては本意ではなかった。盗人のような行為も、もともとはやむにやまれぬ事情から始めた事だったからだ。
第三世代の頭目は佐吉である。シュテンドルフは、佐吉を呼び出した。差しでの話し合いをする為だ。
「何か用か、喜助」
佐吉は腕を組んで、尊大な態度で口を開いた。
「ああ」対するシュテンドルフ=喜助はあくまで自然体である。「一つ言いたい事がある。お前ら、最近、頻繁に陸路や海路で追い剥ぎをやっているようだが、それは何故だ?」
「何故?何だ、おかしな事を聞くじゃねぇか」
「それに、最近は流れ者も大勢受け入れて、愚連隊を組織して、一体何を企んでいるんだ?」
「企む?人聞き悪りいな」佐吉は不敵に笑った。「俺は、盗賊に生まれた。俺達は盗賊として育った。俺達が今こうあるのは、あんたらのせいだろ?あんたらに俺達の生き方をとやかく言われる筋合いはねえよ」
「そうかな?確かに俺達は賊をやっている。だが、誰でも彼でも襲う訳ではない。それに、無闇矢鱈と働く訳でもない。賊とはいえ、俺達には矜持がある。お前らに、矜持はあるか?」
「何が矜持だ。俺達は周りの人間から見捨てられ、蔑まれ、嫌われている!俺達の存在自体が悪なんだよ!」
「たとえ他人からどう見られようと、俺達の行いには理由がある。決して闇雲な盗みや暴力が目的ではない。本当は、お前も、判ってるんだろ?腹立たしくて、認めたくないだけなんだろ?」
「そうかもな」佐吉は囗の中で呟いた。「でも俺は、納得出来ねえ。そこまで言うなら、あんたの矜持、見せてくれよ」
佐吉は陣羽折を脱ぎ捨てた。
「いいだろう。とくと見よ」
シュテンドルフはゆっくりと構えた。それを見て、佐吉はこの時、初めて賊長の覚悟の重さに気付いた。
成程。これは勝ち目がないな。
佐吉は、シュテンドルフの磐石の構えに、彼の言葉の真実を見た。
ボコボコにされた佐吉は、砂浜に大の字に寝転がっていた。完敗だった。何発か手応えのある一撃は加えたが、シュテンドルフを揺らがせるには至らなかった。拳の重みが違う、と思い知らされた。
「ほれ」
シュテンドルフが、青竹の筒に入れた冷たい清水を持って来た。島にある数少ない涌き水である。
佐吉がそれを一気に飲み干す姿を見ながら、シュテンドルフは口を開いた。
「なめ、佐吉、『桃太郎』の噂、聞いてるか?」
「ああ、吉備の山奥で、『桃から生まれた』とか言ってる奴だろう?」
「そうだ。……奴が討伐隊を編成しているって話しだ」
「本当か?」
シュテンドルフの話しに、佐吉は飛び起きた。
「ああ。岡山藩にいる俺の間者からの情報だ」
「間者…。そんなものを飼っていたのか」
「情報は戦力だからな」
シュテンドルフはにやりとした。
「はっ。やっぱりあんたには勝てねぇ」
佐吉は肩をすくめた。
「桃太郎は、人外の者で、その強さは人の器を超えているという。藩は、俺達と戦う為に、化け物と手を組みやがったんだ。しかも、副将として犬養、鳥飼部の留玉、猿の楽々(ささ)森彦を集めて、大軍を組織しているらしい」
「何故そこまでの戦力を…」
「恐らく、陸海両方の街道を押さえられ、幕府から何か圧力でも掛けられたのだろう。この所、かなり頻繁に被害が出ていたからな」
「そうか」佐吉は肩を落とした。「俺達がやり過ぎちまったって事か」
「とにかく、今は俺達が一枚岩となって、桃太郎の襲撃に備えなければならん」
「判った」
シュテンドルフの言葉に、佐吉は頷いた。
世代間のわだかまりも落ち着き、今は島が一丸となって桃太郎軍の迎撃準備に当たっていた。新しい武器も導入し、それを用いる訓練も重ねて来た。
そしてついに、一通の書状が届けられた。桃太郎からの宣戦布告状である。
シュテンドルフ=喜助は、島民を一同に集め、檄を飛ばした。
「いよいよ、奴らが来る。これは、俺達の尊厳を護る為の戦いだ。全霊をもって奴らを退けろ!」
シュテンドルフはそこまで言って、ふと表情を柔らげた。
「もし、この戦いを生き抜く事が出来たら、盗みも戦いもない、平和な暮らしをしよう」
X
既に島は、桃太郎軍の大船団に包囲されていた。
「奴ら、俺達を全滅させる心算だな」
佐吉が呟いた。
「だが、奴らもこの島の暗礁をあの船で越える事は出来ん。少数乗りの早瀬舟で来るはずだ。勝機は必ずある」
そう言うシュテンドルフの目前に、巨大なはしけ船がやって来た。大型船を六隻繋いだもので、その甲板上に巨大なやぐらが組まれていた。
そのやぐらの「黍」の旗印を見たシュテンドルフの顔色が変わった。
「しまった!温羅衆だ。全員、第二防衛線まで退け!急げ!」
シュテンドルフの指令に、伝令が法螺貝を吹き鳴らした。甲の音、則ち後退である。小型船での上陸を想定して、横に広げた布陣が裏目に出た。
船上の投石やぐらが、唸りを上げて鉄球を飛ばした。弓でも届かない距離を飛来した鉄球は、地面に着弾して炎と鉄の破片をまき散らした。
「黍団子だ!」
島民兵達は逃げまどった。風切り音と共に飛来して爆発する、敵の攻撃に浮足立っていた。投石やぐらの艦砲射撃はしばらく続き、島の北西部の森や建物に火が廻り、一面火の海となっていた。
やや間があって、佐吉が気付いた。
「投石がやんだ…」
「敵上陸隊、来るぞ!第二防衛線を死守しろ!」
シュテンドルフが指示を飛ばす。既に上陸隊は、炎と煙に乗じて砂浜に上陸を始めていた。先陣は勇猛果敢で名を馳せる留玉率いる部隊であろう。雉子の旗印が翻る。
島兵は弩と火縄銃で足止めを狙うが、上陸隊は見事に訓練された疾速の移動で、あっという間に防衛線まで侵攻して来た。後続の犬養と猿の楽々も次々と上陸して来る。
圧倒的な物量及び練度の差で、桃太郎軍は鬼が島を蹂躙して行く。島の奥に撤退しながら、シュテンドルフは小高い丘の上で燃え盛る炎を背に立ち、戦場を見渡す、まだ前髪も下ろしていない若武者の姿を認めた。この大軍を指揮する化け物、桃太郎である。
シュテンドルフは歯がみをしたが、この状況を引っくり返す事は出来ず、ついに島の最深部にある、初代島民達が眠る墓の前で、自刃して果てた。大将である桃太郎には、指一本触れる事も出来なかった。
桃太郎軍は全島を掌握した。総大将の命は、
「将来への禍根を残さぬ為、根絶やしにせよ」
であったので、島民は女子供、老人に至るまで全員殺された。
この日をもって、「鬼が島の鬼」達は全滅したのである。
「桃太郎は、きびだんごを与えた犬・猿・雉子を供に鬼が島へ渡り、鬼共を退治しましたとさ。
めでたし、めでたし」
お し ま い
20171218了