未結
義栴村の盗賊退治の夜が明けて。
役人の騎兵隊が飛び込むようにやってきたのには面喰った。
昨日の内に鳴山から預かった手紙を、村一番足の速い男が夜通しかけて運んで、受け取った役人が夜通しかけて走ってきたということだった。
彼らの代表は、武山団がまだ栄光の時代を迎えていた頃、ともに正義にまい進していた、この時代においてなお、まだマシな部類の役人という奴であり、かつての朋友の手紙を受け取り悪党を捕まえるために駆けてきたのだという。
村人達により生け捕りにされた生き残りの盗賊達が役人に引き渡され、捕り物で死んだ者達を弔う許可が下りた。落ちぶれたとはいえ元は武門の出の者たちである。平民がそれを殺せばどんなウルトラCなとばっちりがくるかわからない。
しかし、そういうことがないように、手配してくれるという。
一応は、全てに始末がついたということになるのだろうか。
剣を取って戦った。
しかし、片づけを終えてしまえば、また日常が始まる。
始めなければ、誰も畑の世話を代わってはくれないのだから。
劉鳴山を中心とした嵐のような日々は、村人たちの心を粟立たせて、そして過去のものとなる。
村のはずれで、彼を見送るのは松林、花蓮、凡の三人であった。
松林は、断られるのがわかっていて訊いた。
「劉鳴山様、私をあなたの家臣にしてもらえないだろうか。なんだってする」
涼しい顔をして、断る。
「結婚されるんでしょう?」
「花蓮は待つと言ってくれている」
「……。村長としての役目も」
「まだ爺さんは生きている。先日のことで元気を取り戻してしまったみたいで、ぴんぴんしてる」
「……やれやれ」
「忠義を向ける主を持つことは、武門の誉れのはずだ。俺は、あなたに仕えたい」
「その申し出断る。同志、義松林。武山に序列あれども主従なし、故にそなたが私に仕えることはできない。我らは既に戦友だ」
そこで、恥ずかしげに笑う。
「と言うか、私も元は西方の山岳賤民の出ですからね、家臣なんぞ持てる身分ではないのですよ。私も拾っていただいて、同じことを言って、頭領に同じことを言われました。松林さん、どうかこの村を守ってください。見ず知らずの誰かを守るために生まれたこの村を」
そうして、お互いに笑い。
そして、そして。
最後に。
「松林さん。あなたが義栴村の主となるのなら、一つ私に言うべきことがあるのではありませんか?」
それは、最後の。
「ああ……。村の男衆も兵役に駆り出され、武山団追討の任についた。ならば、仇と言える……か?」
その通り。
「大頭領屠龍刀様の遺言に従い、今まで生きながらえてきましたが、あなたがこれから村長としての人生を歩むのならば、避けて通れぬ道……」
「あんた村人殺したのか?」
「……」
「どうなんだ」
「……月独将軍は、徴兵した民兵部隊を前面に推して武山を攻めました。大頭領は先頭に立ち民兵達に戦いを止めるように説得をされ……。その最中に、月独将軍が民兵がいるにも関わらず大頭領の周りに向かって火矢を放ち……」
「劉鳴山。これからも俺達のようにどうしようもない危険に遭わされている奴らを助けてくれ。この世には正義があるって死ぬまで示してくれ。決して侠を滅ぼさないと、ここで誓ってくれ。俺はそれでいい」
そうして、笑み。
その笑みに、鳴山は一筋の涙を流し、微笑み返し。
そして、天地を振わす大音声で誓約した。
近隣の山々の枝にとまる鳥達が、驚き飛び立ち、山中の木々が揺れる。
それはまるで、山が鳴く様で。
遠く歩いて行く剣を帯びた行商人を見送る義松林の傍らには、美しい娘がいて。
「松林、剣の修業なんてどうやってするの? 村人皆素人よ?」
未だ音声に驚き両耳を塞いている、痴者が付き添う。
「耳痛い、耳痛い、耳痛い」
彼の腰には、剣が一つ。
「……山籠りでも、してみるかなあ」
古い古いかつての中華、義栴村という村があった。
今も、ある。